Neetel Inside 文芸新都
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 ○6○
 
 貧乏神の貧ちゃん?
 凄い名前だな。
 僕は戸惑いを隠し得なかった。最近は子供にピカチューやウンコなどと名付ける奴もいるらしいが、まさか貧乏神とか。いや、ウンコよりはマシなのか。色々分からない。
 
「マスター、この子のお兄ちゃん、もしかしたらとんでもないチンピラでは。こんな破天荒な名前、まともな神経をしていたらつけられません。美人局の如く、見つかったらとんでもない額のお金をせびられるかもしれませんよ」
 彼女が僕に耳打ちしてくる。僕は頷くと、同じように彼女に耳打ちした。
「う、うぅむ……。その場合は送り届けて走り去ろう」
「マスター、耳は私の性感帯です」
「殺すぞ」ちょっとは緊張感を持て。

 貧ちゃんを挟むように、左右の手を僕と彼女で繋いで駅へと向かう。
 貧ちゃんはこうして見ると、不思議な子供だった。このクソ寒い日にも関わらず、防寒着の下は薄手の和服だし、足元は靴ではなく足袋と雪駄だ。とても今時の子供とは思えない、独特な雰囲気を感じる。
 
「それにしても、そんなに君のお兄さんと僕は似ていたのか?」
「せや。そっくりや。人の良さそうなとことか、モテなさそうなとことか、ちょっと情けなさそうなとことか、貧乏臭もただよっとるな」
「そろそろ黙ろうか」
「それに、兄ちゃん」
 貧ちゃんに手招きされたので、顔を寄せてやると、耳元でこう言われた。

「今日のために奮発したやろ?」

 貧ちゃんの指摘に、思わずビクリとする。確かに、指輪とレストランの代金、諸々を僕が出そうと思っていたので、今日はかなり予算を組んだ。おかげで貯金残高には大ダメージだ。
 
「今日、兄ちゃんと姉ちゃんにとって特別な日ぃちゃうん?」
「一応……記念日だよ」
 彼女に聞こえないよう、小声で答える。
 七年前、彼女と初めて出会った日。そして、婚約する(かも知れない)日だ。
「兄ちゃん、沢山お金使ったけど、ちぃとも後悔しとらん。人の為にお金使って満足しよる。優しいお金の使い方や」
 
 貧ちゃんは、悟っているのか、彼女に聞こえない声で僕に言う。

「ちょっとマスター! 何二人でこそこそ話してるんですか!」
「いや、ちょっと」
「姉ちゃんは、普通の人と少しちゃうな?」
 えっ、と僕達は顔を見合わせる。
「姉ちゃんは、何と言うか、ちょっと苦手な雰囲気や」
「えぇー!? 貧ちゃん私が嫌いなんですか!? 何故!」
「姉ちゃんな、神さんから加護受け取んねん。神さんがな、姉ちゃんを幸運で祝福しとんねん」
「神って言うと……キリストとか、ゼウスとか?」
「そこらへんはうちもあんまりよう知らへん。でもな、強い力を持った神さんや。うちはな、そう言う祝福の力に弱いんや」
「えぇ……、嬉しいけど、何か複雑です」
「幸運に弱いとは、まるで貧乏神みたいだな」

 話していると、突然「貧ちゃん!」と誰かが叫ぶ声がした。
 見ると、黒髪のロングヘアーをした女性が立っていた。背中に背負っているのは……ギターだろうか。彼女の近くには、友人らしき男性が二人いる。

「紅子ぉ!」
 貧ちゃんは女性を視認すると、嬉しそうな顔をして駆け出した。
「貧ちゃん!」
 ジャンプした貧ちゃんを空中キャッチする女性。
 紅子、と叫んでいた事から、この人達が貧ちゃんの探し人であることは間違いない。

「もう、貧ちゃんのバカ! どこ言ってたのよ! 死ぬほど心配したんだからっ! 心臓止まるかと思った」
「まぁ、実際五分は止まってたよ」
「すまん紅子ぉ! 心配かけたなぁ!」
「三途の川を渡る前に秋君に連れ戻されたの。本当は、天国まで探しにいくつもりだった」
「行くのは良いが、二度と戻れないと思うけどね。ちょっとは感謝してよ。なぁ竹松?」
「……」
「喋って」

「よかったですねぇ、貧ちゃん。無事に会えて」
「ああ」
 目の前で騒ぐ四人の姿を見て、彼女は嬉しそうに目を細めた。
 その優しい笑みが、どうにも光り輝いて見えて、不覚にも心臓が跳ね上がった。

 しばらくその光景を見守っていると、僕達に気付いた紅子がハッと表情を変えた。
「貧ちゃん、ひょっとしてこちらの方々は?」
「うちを保護してくれた兄ちゃんと姉ちゃんや。四越さんのデパートで会ってな、駅前の交番一緒に行くとこやってん」
「あぁ、何てお礼を言ったら良いのか……。あなた達が神? クリスマスの。どうすれば……そうだ!」

 紅子はその場で寝転び、五体投地を始める。やめろ。
「すいません、この人病気なんです」
 先ほど秋と呼ばれた男性が口を開く。
「あなたが貧ちゃんの“お兄ちゃん”ですか?」
「ええ。実の兄ではないんですが、まぁ、同居人です」

 秋の言葉に、引っかかるものを覚える。複雑な事情があるようだ。まぁ、踏み込むべき問題ではないだろう。適当に流しておく。
 彼は確かに人が良さそうで、モテなさそうで、ちょっと情けなさそうで、貧乏臭も若干ただよっていた。ただ、それ以前に何故だろうか。彼とは他人とは思えない不思議な繋がりを感じる。
 
「どこかで会った事はありませんか?」
「奇遇ですな。僕もそう感じてました」
「やはりそうでしたか」
「ええ、そのようで」

 互いに脊髄反射のやり取りをしていると「あっ、そろそろ予約の時間ですよ」と不意に彼女が腕時計を見て声を出した。確かに、そろそろ向かわねば間に合わない時間だ。
「じゃあ、無事に貧ちゃんを届けられましたし、僕達はこれで」
「これは大したお礼も言わず。本当にありがとうございました。こら、貧乏神やい。ちゃんとお礼を言いなさい」
 秋に促され、貧乏神は「せやな」と声を出す。
「姉ちゃん、ほんまにありがとう」
「貧ちゃん、元気でね。寂しいです」
「兄ちゃん、今日は絶対ええ日になるで。うち分かんねん。クリスマスの神さんが、兄ちゃんに味方してくれてる」

 その言葉は、まるで僕の心を読み解いたかの様だった。

「メリクリや、兄ちゃん」
 

 
 貧ちゃん達を見送った後、僕達は駅へと向かう。
「素敵な出会いでしたね、マスター」
「そうだな」
「交番まで行かなくて済みましたね。大事にならなくて良かったです」
「まったくだ」

 彼女と貧ちゃんと僕。
 三人で手を繋いで歩いた光景に、一瞬、未来の家族像が浮かび上がった。
 あんな感じの家庭を築ける未来が、僕達にもあるんだろうか。
 あると良いな。
 何となくそう考えながら、ポケットに手を突っ込んだ。
 そこで、足が止まる。
 
「どうしたんですかマスター?」
「……」
「顔が真っ青ですけど。ひょっとして、お腹が痛いんですか?」
「……」
「もう、漏らしちゃいましたか……」

 違う。

 ないのだ。

 指輪が、無い。


 

       

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