2週間が経ち、実行犯の男の取調べは既に始まっていたが、男はまったくしゃべらない。
黙秘権というものがあるが、自分の名前さえ名乗らない。
異常だ。
所持していた免許証から、男が"玉木猛士"という名前で、
山口県東萩で塾講師をしていたことが分かった。
玉木が所持していた携帯からは証拠となるアプリが発見されたが、
メールや着信履歴はすべて消されていた。
携帯電話から玉木以外の指紋が付いていたので、
前科者の指紋リストと照合したが該当者はいなかった。
それ以上捜査は進展せず、日数だけが無為に過ぎていった。
そんななか、ニュー速板が恐ろしいことになっていた。
再び犯人からと思われる書き込みがあったのだ。
"約束通り、総理大臣を貰い受ける。
1月10日、玉木のもっていた携帯を総理大臣に持たせて、
池袋のマンガ喫茶「プリズン」までひとりで来い。"
「今度は池袋か。」
このことは桜田総理の耳にも入ったらしく、
人質になっている孫のためにも犯人の条件をのむことを承知したが、
内藤たち捜査本部は止めた。
「犯人が交渉材料である人質を殺害することはありえない。」
と説得し、まともな要求をしてくるまで様子をみようということになった。
が、1月10日が過ぎて数日後、桜田総理あてに小さな封筒が届いた。
その中には切断された小指が入っていた。
DNA鑑定の結果、指は桜田総理の孫のものだということが分かった。
桜田総理は血相変えて警視庁に猛抗議した。
警視庁に一番近い食堂で、内藤と本部長は少し遅い昼食をとっていた。
総理に直接応対した本部長が話の顛末を語っている。
「総理はもしあんな事件がなければ、
その翌日の12月26日にお孫さんの家に遊びに行く予定だったそうだ。」
「総理大臣といっても普通のじいさんと同じだな。」
「家族っていうのはそういうもんさ。
小指が送りつけられてから、たらことかソーセージが食べれなくなったらしい。」
内藤は気分を悪くして箸を置く。
「すまん、すまん。食事中にする話じゃなかったな。
しかし小指を送りつけるなんて、昔の右翼みたいだな。
案外、右翼の組織ぐるみの犯行じゃないか。」
「自分の指を送りつけたなら右翼っぽいが、人質の指だからなぁ。
右翼に偽装しているだけじゃないか? 確かに俺もひっかかってんだ。
例えば切断面が丁寧で、犯人の中に医療の心得がある人間がいると思うんだ。
野口の殺害に使われた注射器や毒薬も、医療関係者なら容易に手に入るだろう。」
「しかし野口の体に残っていた針と一致する注射器は、医療用の中に無かったというし、
該当する毒薬もここ一年で購入者もいないし、盗難届も出されていない。」
「そうなんだよなぁ、玉木の携帯からも証拠はでないし、手詰まりだよ。」
内藤はそう言うと食べかけのB定食を残して席を立った。
「おいおい、残すのかよ。もったいねぇなぁ。」
本部長はそう言いながら、内藤の残したたらことソーセージをたいらげた。
犯人の目的はいまだに見えない。