Neetel Inside ニートノベル
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 玉木はいまだしゃべらない。
それだけでなくハングリーストライキまでしていた。
すでにハンストは2週間続いていた。
弱りきった玉木に点滴をしようとしても暴れて失敗してしまうという。
その玉木の尋問が内藤にも回ってきた。
「すまんな、この大変なときに。」
本部長はそういって内藤の肩を叩いた。
しかし、何もしゃべらない人間が相手では尋問のしようもない。
いっそのこと自分も黙ってみようと思った。
人間は長い沈黙には耐えられない動物である。
犯人と我慢くらべといこうじゃないかと気合を入れた。
 内藤は取調室に記録係の一文字と入ると、チラリと座っている玉木を一瞥する。
玉木の顔色はあいかわらず青ざめていたが、連日の尋問と無理なハンストのせいで
疲れ果て、20は歳をとってみえた。
玉木は内藤の方を向きもせずただ宙を見続けていた。
その視界をさえぎるように玉木と正対して内藤が座る。
内藤はじっと玉木と目を合わせている。
普通ならば目をそらしてしまうところだが、玉木は逆に内藤のことをにらみ返した。
 取調室というと窓のない薄暗い部屋に、
机の上にライトがひとつだけとどうしても想像してしまうが、
内藤が今いる部屋はひとつだけ窓があり、西日が入ってきて十分明るい。
ちょうど玉木の背中側に窓があり、日が傾き始めている。
既に2時間が経過しているというのに内藤はまばたきひとつせずに玉木を凝視している。
誇張表現だと思われるかもしれないが、少なくとも玉木にはそう見えた。
この静寂の中で一文字は息がつまりそうだったが、
記録係の自分が真っ先にしゃべるわけにはいかないと仕事に集中した。
とは言っても誰かがしゃべらない限り一文字の仕事はないのだが。
 やがて玉木の影が長く伸びて内藤の体に達しようというとき、
一つの変化が起こった。
玉木の表情は逆光のためうかがい知ることはできないが、
暗闇からギョロリとこちらを向いていた両の目が忽然と消えている。
玉木はすでに限界だったのだろう、器用にも直立不動の姿勢のまま寝息をたてていた。
内藤は玉木を起こすことなく、今のうちに一文字を交代させる。
一文字もそろそろ限界だろう。
代わりの記録係として種田が入り、隅の記録用の席に着いた。
 いったいどれだけ時間がたっただろう。
玉木はうたた寝からようやく目をさまし、周りを観察し始めた。
外はもう暗いのか窓にはカーテンが掛かり、蛍光灯が煌々とあたりを照らしている。
そして痛いほどの視線の源に、内藤がいた。
まるで時間を飛び越えて来たかのように姿勢を崩さず、こちらを眺めている。
このとき玉木は初めて無言に恐怖を感じた。
「こんなことをしても無駄だ。お前達は絶対に勝てない。」
早口でまくしたてるように玉木はしゃべる。
2週間もしゃべらないと、人はしゃべり方を忘れるのだろうか。
玉木の口調はぎこちなく、しかも早口だったので
速記の得意な種田でなければ書き留められなかっただろう。
少し長いが玉木の自白をここに記しておく。
「聞こえないのか、巷に満ちているこの怨嗟の声を。
 我々はどこにでもいる。
 農村にいる、路傍にいる、地下にいる、人ごみにいる。
 警察の中にだっている。
 我々のリーダーはついに試練を乗り越えた。
 リーダーは先頭車両と2両目の連結部分に潜んでいたのに、
 お前たちは見つけることができなかった。
 俺は東京駅で連結部分にあけた穴から携帯を受け取り、
 京浜東北線に乗り、田町で降りてそこから山手線に乗った。」
そこまで言って玉木は力尽きた。
とうに限界だったのだろう。
内藤は別室に控えていた医療班を呼び寄せた。
幸いただ気絶しただけだったので、今のうちに点滴をうたせた。
玉木の説明は全部が全部、信用することはできなかったが、
筋は通っている。
 しかしこの日以来玉木は昏睡状態となり、さらなる情報を引き出すことは難しい。
玉木の容態に関しては機密事項のはずだが、
ネットにはなぜか玉木が警察によって拷問を受けているというデマが飛び交っている。
内藤の頭の中に「我々はどこにでもいる。警察の中にもいる。」という
玉木の言葉が重くのしかかっていた。

       

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