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それぞれの朝 その①

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 達也の朝は早い。
 大体五時から六時の間に目覚めると、まずは顔を洗って制服に着替える。その後、隣に住むアリスの元へと向かう。扉を開けて早朝の清々しい空気を肺に取り入れて頭をすっきりとさせる。基本的に達也はあまり寝ない。だが、この生活リズムになってからは零時から一時の間には必ず寝るようにしていた。
 背中には昨日のうちに用意していたリュックを背負っている。中に入っているのはもちろん、筆記用具やノートと言った勉強道具である。
 隣までは一分もかからない。
 その間に達也は一応ポケットの中に手を突っ込み、中に鍵があるか確認する。それは安定した硬さと冷たさを抱いて、確かにそこにあった。
 ちょうどそのあたりで達也はアリスの家の扉の前に立つ。そしてドアノブを握り、回して見る。するとやはりと言っては何だが鍵はかかっていなかった。


 「ハァ……」


 またかと思いつつ、達也は扉を開く。
 自分の部屋とまったく同じ間取りの玄関から中に入ると、奥の部屋で眠るアリスを起こさないように最大限の注意を払いながら真っ直ぐ台所へ向かって行く。
 ところが、直後アリスの小さな声が聞こえてきた。


 「うぅん」
 「あれ? 起きた?」
 「………起きた」


 そう答えて布団から這い出ると立ち上がるアリス。
 パッと見、昨日着ていたジャージと同じものに見えるが気のせいだということにしておく。
 アリスは驚くほど寝起きがいい。寝つきも非常によく、夜の十時から十一時の間には必ず寝ている。その代わりと言っては何だが、眠りは非常に浅い。夜中に何度も起きることがあると前に言っていた。
 可哀そうだと思ったので、気を付けてはいるのだがいつも起こしてしまう。
 アリスはもう完全に覚醒したらしい。
 しっかりとした足取りで椅子に座ると、無言で達也のことを見る。
 それで何を言いたいか分かったのか、達也は棚から食パンを引っ張り出しながら答えた。


 「ごめん、ちょっと待って。そしたら牛乳いれるから」
 「水」
 「水より体に良いでしょ?」
 「何でもいい」
 「いいから待ってって」
 「…………」


 マイペース。
 こちらの言うことを聞いてくれない。
 だが、もう慣れたものだ。
 しょうがないので黙って待つことにした。


 取り出した食パンをトースターに突っ込み、フライパンに火をかける。温まったらいつでも焼けるように卵も二つ、シンクに置いておく。これでほんの少しだが暇ができたので、コップを取り出しそこに牛乳を注ぐ。賞味期限ぎりぎりで量も少ない。今日の帰りにでも買ってこようと決める。
 その間、アリスは動かない。
 手を伸ばしたら届く範囲にテレビのリモコンもあるがピクリとも動こうとしない。面倒くさいのだ。


 「はい、どうぞ」
 「ん」


 アリスはコップを受け取り一息で飲み干す。
 その間に達也は台所に戻り料理を再開する。
 数分後


 「はい、できたよ」
 「…………」


 ハムエッグとトースト。それだけだが、アリスからすると少し多い。
 しかしそれに関しては一切文句を言うことなく、さっそく食べ始める。トーストに目玉焼きを乗せて、同時に食べる。こうすると時間の短縮につながるからだ。
 一方の達也は少し渋い顔をしながらアリスに向かってこういった。


 「いただきますぐらい言いなよ」
 「うるさい」
 「ならいいけどさ」


 ならいいなら言うなよ、とは言わない。
 毎朝のようにこんなやり取りをしているのでもう慣れっこなのだ。
 二人とも無言のまま、淡々と食べていく。あまり会話がないが、お互いそんなこと気にしない。
 十五分後
 一足早く食べ終わったアリスは先に席を立つと布団の敷いてある部屋に行くと、そこの窓にあるカーテンレールにかけている制服に着替え始める。リビングからその着替えの様子は見えるのだが、達也は一切そちらに目を向けずに残ったトーストを食べ続ける。


 「アリス」
 「……何?」
 「今日体育あるよ」
 「知らない」
 「またさぼるの」
 「うるさい」
 「まぁ、ほどほどにな」
 「…………」


 無言で頷く。
 アリスが着替え終わる頃にはちょうど達也も食べ終わる。
 そして洗面所に向かうと、そこで歯を磨く。これはもういつものことになっているので、既に達也の歯ブラシはそこに常備されていた。「新婚みたいだね」と達也が言うと、アリスは「はぁ?」と答えていた。照れ隠しだと信じたい。
 そして、諸々の準備を終える。アリスは一足早く準備を終えて玄関に立って達也を待っていた。
 やって来た彼の顔を見て、アリスは話しかける。


 「行こう」
 「そうだね」


 こうして二人は玄関の扉を開けると外へ出て、通学路へと繰り出していった。
 これがいつもの朝だ。


22, 21

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