崩壊
「最初はあんたも数えてたはずだ。でも、いつからか、ぼんやりし始めた。集中しているつもりで、ただ焦って混乱しているだけ。ギャンブルでそういう心理状態に陥るのは不思議じゃない。よくあることだ。頑張りたいのに、頑張れない――つらいよな」
アルクレムは、自分が書いたメモを、助けたかった誰かの死体のように見つめた。
「あれだけ手札を破棄して、気まぐれ混じりにドローして、おまけにそれが絶対に切札とくれば、動揺もする。何かイカサマ、仕掛けがあるんじゃないかと? ――そう考えるのは、正しい。俺が対戦相手で、あいつを知らなければ、疑問に思う。ただ、あいつはこの勝負、ここまでずっとフェアに勝負してきた。それは俺が保証する」
「いつからですか」
「なにが」
「いつから、――彼はカウントを破産させて、いたんですか」
アルクレムは答えた。
「さっきの勝負、それが最初。だが、おそらく、切札はずっと頭部だったと思うよ。当てられないわな、あんたはこれっぽっちも真嶋を信じていなかった。そう思われて仕方のないことを、あいつはしてきたんだ」
①……初手で破棄した枚数(見ずに)
②……ドロー後の破棄した枚数
③……追加ドローによるカウント消費(-6=1枚ドロー)
④……残ドローカウント数
「最初はあんたも数えてたはずだ。でも、いつからか、ぼんやりし始めた。集中しているつもりで、ただ焦って混乱しているだけ。ギャンブルでそういう心理状態に陥るのは不思議じゃない。よくあることだ。頑張りたいのに、頑張れない――つらいよな」
アルクレムは、自分が書いたメモを、助けたかった誰かの死体のように見つめた。
「あれだけ手札を破棄して、気まぐれ混じりにドローして、おまけにそれが絶対に切札とくれば、動揺もする。何かイカサマ、仕掛けがあるんじゃないかと? ――そう考えるのは、正しい。俺が対戦相手で、あいつを知らなければ、疑問に思う。ただ、あいつはこの勝負、ここまでずっとフェアに勝負してきた。それは俺が保証する」
「いつからですか」
「なにが」
「いつから、――彼はカウントを破産させて、いたんですか」
アルクレムは答えた。
「さっきの勝負、それが最初。だが、おそらく、切札はずっと頭部だったと思うよ。当てられないわな、あんたはこれっぽっちも真嶋を信じていなかった。そう思われて仕方のないことを、あいつはしてきたんだ」
①……初手で破棄した枚数(見ずに)
②……ドロー後の破棄した枚数
③……追加ドローによるカウント消費(-6=1枚ドロー)
④……残ドローカウント数
「なんて――意味のない」
リザナは、嫌悪と困惑の入り混じった、屈辱にも似た表情を伏せた。
「負ける気、なんて……どこまで、私を……」
「愚弄するのか、って? 本当にな。あいつはバカだよ。そのバカを、誰も治してやれなかった。……首狩りね、引くカードが全部、欲しい札か。そんな冗談が通じるほど、この世は優しくなんかない。それは真嶋も同じだよ。……『引きたくなけりゃ』、別だがな……おかげで、あいつの苦しみはずいぶん延びた」
「どうして」
リザナは恨むような目で、アルクレムを見た。
「どうして、最初に教えてくれなかったのです。何もかも、知る前に、それだけ教えてくれれば……私は……」
「ごめんな」
アルクレムは目を伏せた。視線の先に、思い出したくもない罪の宣告書があるように。
「でも、知っていて欲しかった……あんたに、全部。これは、あんたの話でもあるから。……記憶を奪われて、亡霊相手の処刑人にされたまま、あんたに終わって欲しくなかった」
「頼んだ覚えは、ありません……」
「わかってる」
アルクレムは立ち上がった。そしてシャツの懐から、今度こそ、一通の封筒を取り出した。赤い蝋で封印されたそれを、テーブルにそっと置く。今にも割れそうな卵のように。リザナはそれを、無表情に見下ろした。
「これが、あなたの言う、『私の欲しいもの』……?」
「あとで開けなよ。どうするかは、あんたに任せる」
「不要です」
「なら、捨ててくれ。全部、あんたに委ねる」
「……勝手な人」
アルクレムの目がぴくっと引きつり、それから、老人のような、笑い疲れたような表情を浮かべてから、そのすべてを消して、アルクレムとしてリザイングルナの前に立った。
「俺さ、結局、たった一言、あんたに言いたくて来たんだと思う」
「……なんですか。彼を赦せ、とでも? 事情があった、環境があった、決して根っからの悪人じゃない――そんなところですか?」
「あんたは、あいつを赦さなくていいんだ」
リザナは虚を突かれたように、二の句を継げなかった。視線を逸らし、組んだ腕を握り締める。
「何を……ここまで聞いて、赦せるわけがないでしょう。私が、あの人を? どうやって……」
「言葉なんて意味ないよ。あんた、優しいから」
リザナはアルクを見上げた。
アルクは言う。
「だから、これから、ギリギリの土壇場で、あいつを赦そうと思っちまうかもしれない。でも……いいんだ。いいんだよ、あんたは。あいつを嫌って、憎んで、呪っていい。あいつはそれだけのことを、あんたにしたんだ。そうされて仕方ないほど、あんたに何もしてやれなかったんだ。何も……それだけは、確かだ」
「……アルク、レム?」
「それだけ、わかって欲しかった。……もっと前に言えりゃよかったんだけどな。いつも打つ手が遅いんだ、俺ってなァ……どうしようもねぇんだな、ほんと」
ふう、と、言いたいことを語り尽くした者のため息を残して、アルクレムは、じゃ、と手を上げて、船室を出て行こうとした。ちょっと茶飲み話をしにきただけ――そんな背中で。実際に、かかった時間もその程度だったかもしれない。終わってみれば、あっという間――いつでも、なんでも。
リザナは、その背中に声をかけた。
「私はきっと、あなたのような人と一緒になればよかったのですね」
なんの気なしの、ただの感想、そんな言葉だったのだが――
それを聞いたであろうアルクレムはくるっと振り返り、
ずんずんずんと歩幅も大きく、
椅子に腰かけたリザナの身体が浮くほどの勢いで戻ってくると、ぐっと顔を近寄せてこう言った。
「あんたさ……あんた、気づいてないんだろうけど、結構、残酷なこと、言ってるぞ!」
それだけ嵐のように言い残して、今度こそ、去って行った。