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The card.

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 差し出されたその手を、ヴェムコットはじっと見下ろしている。その手にはくしゃくしゃに丸められた紙切れが乗せられていた。
 折り鶴の成り損ないのように崩れたそれを、ヴェムコットは受け取らない。

「命令すればいい」

 自分のモノと思うには硬すぎる声が言う。

「それを交換しろと。新品に、何一つ傷がない状態にしろと。そう命じられれば、私はそれに従う。私はそうするために造られた道具だからだ」

 言い聞かせるように続ける。

「私は人形だ。意志などない、そう見えるかもしれないが。真嶋慶、おまえが何を期待しているのか、誤解しているのか、私にはわからない。だから言葉にして発するがいい。おまえの望みを」
「俺はお願いしてるんだ、ヴェムコット」

 真嶋慶は手の上のカードをぽんぽんと跳ねさせながら言う。

「ほかの誰でもない、ただひとりのお前にな。命令なんかじゃない。だから、断ったっていいんだぜ?」
「断る理由などない。私が……私がリザナに手を貸すと? ありえない。
 彼女のあのレイズ・デッドの時……投げ渡されたカードを咄嗟に隠しておくとは、やはりお前は抜け目がないな、真嶋慶。おめでとう。これでお前はまた一歩、勝利に向かって近づいた。きっと、お前は勝つだろう……彼女にそれは、止められない」
「そうしてお前は、まだ傍観者でいるつもりか?」
「つもりじゃない、私は徹頭徹尾、部外者だ。そうだろう? ディーラーは勝負に関与しない。それがこの蒸気船のルールだ。
 お前こそ、わかっているのか?
 私に感情があれば……ルールを逸脱してもよいというのなら、真嶋慶。今ここでお前の『お願い』を拒絶すれば、お前はせっかく手に入れた希望の欠片を失うんだぞ?」

 ヴェムコットは、ただ動じず立ち尽くす真嶋慶を見る。

「だから、命令しろ。カードを交換しろ、と。ああ、そうだ。これは彼女が『自分の意志』でお前に投げ渡したカード……それをお前がどう使おうが、お前の自由だ。そう言われてしまえば、私に拒否権などない。簡単なことだ」
「それがお前の望みか?」
「……………………」

 慶はカードを放るのをやめ、固く握り締めた。紙が軋む音が鳴る。

「ヴェムコット、俺は……ずっと、人間じゃない、ただのモノになりたかった。戦うだけの道具に。
 戦っている間は、勝負だけが俺のすべてだった。ほかのことは、何も考えなくてよかった。
 そのはず、だったのに……
 なァ、俺はいま、道具になれない。勝ちゃあいいだけの話だったはずなのに、それで全部終わるはずだったのに、このざまだ。
 部外者だ? いいや、違うね、お前にも、噛んでもらうぞヴェムコット。
 俺がお前の望みを叶えてやる。ああ、いいぜ、言ってみろ。道具になれないお前の言葉を吐いてみろ。
 俺がそれを背負ってやる」
「……真嶋、慶」
「逃がさんぞ。この船の人形どもは、どいつもこいつも卑屈だが、俺からしたらニンゲンだ。お前らが、嫌だ嫌だと首を振って逃げられるほど、感情ってのは優しくないんだ。目を背けるな。
 お前はどうしたい、ヴェムコット?」

 呆然とする。
 どうしたいか、だと?
 そんなこと、
 そんなこと……
 リザナの顔がよぎる、そしてこの蒸気船で見てきたバラストグールたちの姿、背中、靴音……
 自分は……

「私は……」

 手が伸びる、差し出されたその手、開かれた壊れたカードを、
 掴む。
 それを握り締め、ヴェムコットは、絞り出すように言葉を吐いた。

「彼女を……解放、してやってくれ」

 この呪われた船から、蟲毒と化した蒸気船の最奥から、
 亡霊の首を狩り取る、処刑人の役目から、
 解放したい。
 もしも、これが感情だとするならば、
 それがヴェムコットの願いだった。

 慶は、差し出された新しい『左腕』を受け取った。
 そのカードに託された想いも込めて……

「わかってる」


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