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ザク乗り

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「だからザクじゃないとダメなんだよ」と少尉は言った。いまさら何をとまた別の少尉は思いながらフラスカの中のウォッカを少しだけ飲む。酒の味がしなくなってどれだけ時間が経ったかわからないが、そんなことはもうどうでもよかった。勝てない戦争、はっきり言って開戦する前から少尉はギレン・ザビの顔がキライだった。いったいどこをどう叩いたらあのツラに未来を託す気になるのか馬鹿の気がしれない。そしてたかが首吊る勇気がないために(そして家族なんぞ持っちまったがゆえに)兵隊なんかやってる自分の気も。
 そんなことは結局、この母船のなかではどうでもいいことなのだった。少尉はザクじゃないと駄目だという少尉にため息をついた。
「わかってる。お前の言いたいことはよくわかる」
「いやお前はわかってない」とザク乗りの少尉が吐き捨てた。
「なんでわかってくれないんだ。おれはザクじゃないと駄目なんだ。ハッチ開けたときの臭いから補修したトコのネジ経までおれの頭のなかには入っているんだ。それをお前、いまさらゲゾルグに乗れだと?」
「ゲルググだ」と兵士になりたくなかった少尉が答えた。「意味はわからん。ただザコ呼ばわりはされない」
「されるよ。あんなの、ダメだ。とにかくダメだ」とザク乗りの少尉はシャアがテストした結果ララァを殺した機体を罵った。そんなどうでもいいこと、少尉は知りもしなかっただろうが。
「気に入らねぇ。グフとかドムとか、あのへんはまだよかった。俺はグフには乗ったことはないが、ザクに似ててもあれは許す。地上戦用みたいなものだしな。だがゲルベベ」
「ゲルググ」と訂正する少尉をザク乗りの少尉が手を振って遮った。
「あれはダメだ。ザクに似すぎてる」
「それのなにがいけない? 結構なことじゃないか」
「なんでもかんでもザクより上ですって顔してる。パーツも、性能も、全部よくしましたと。上位互換ですと。だから正式配備してザクはもういまあるやつだけで使い切りですよ。そんな言葉が俺の耳ン中でワンワン響いてる。くそったれ、そんなうまい話があるもんか。絶対にどこかに致命的な欠陥があるぞ。あれはそういうツラした機だ」
「だが、あの赤い彗星がテストパイロットだったらしいぞ」
「それがどうした? 赤かろうが青かろうが死にゃみんな一緒じゃねぇか。そんなことはどうでもいい、おれはただ、ゲルグルのハッチを開けたときのあの悪臭、あれが嫌だって言ってんだ!」
 そう言ってザク乗りの少尉は酒をさらに煽り、カウンターにグラスを叩きつけ脆い硝子でしかないそれは簡単に割れた。握りしめた少尉の拳の隙間から、悔し涙のような茶色い酒が流れ落ちていくのを酔えない少尉が眺めていた。
「おれは乗らんぞ。なんで国のためなんかに好きでもない機体に乗らなきゃならねぇんだ。死ににいくのは構わんが、おれの死に方にガタガタぬかす権利も資格もザビ家なんかにあるもんか。おれたちが死んでやらなきゃなにもできやしねぇじゃねぇか」
 疲れた顔色をした方の少尉が乾いた笑いを抑えきれなかった。
「お前、聞いてるのがおれじゃなかったら死んでるぞ」
「へっ、それがどうした。生きてるなんてつまらんこと、おれはいつでも捨ててやる」
 ずるずると椅子から落ちそうになるザク乗りの少尉の腕を握った少尉は、ふいに胸のなかに陽射しじみた感情が湧くのを感じた。それは敷き詰められたレンガの家のなかで、窓もないのに顔に光を浴びたときの気持ちに似ていた。こんなところに隙間があって、角度によっては太陽が糸のような照明になることを知ったときのような。だから少尉はこう言った。
「そうだろうな、お前はザクに乗るために生まれてきた男だ。時代が変わって、誰もがゲルググに乗るのが当たり前になっても、お前だけは最後までザク乗りなんだろうよ。一度覚えたらそれっきりで、あとから新しいものを更新していくなんて器用な生き方、お前にはできないものな」
 急に饒舌になった少尉の顔を見上げるザク乗りの少尉の目つきは霞がかっていて、明日にはすべて忘れてしまうことがわかっていたから、少尉は不思議と優しい声音になっていった。
「お前のような男はたまにいる。きっと変われず死ぬだろう。だが、それもいい。戦争なんて所詮、どっちが勝ったところで……」
 眠りこけた少尉を、らしくない独り言をつぶやいてしまった少尉がどこかへ運んでいった。













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