Neetel Inside ニートノベル
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幸運。
2話「デキ損ないの設備」

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 †吉野(よっしー)



「やぁ。吉野八雲」
 真っ白な部屋の中で真っ白に燃え尽きそうになっていた男は自分の名前を呼ぶボイスチェンジャーを挟んだ様なノイズが買ったやたらと高い声にピクリと反応する。
「気分はどうだい?」
 今までどんなに睨んでも話しかけても懇願しても反応しなかったはずのテレビモニタが光っている。それを見ただけで吉野に希望の光りが射した。
「須木、見てるんだろ?! 俺が悪かったよ! もういじめたりしないからここから出してくれよ。頼むよ!」
 半ば崩れるようにしてテレビに縋(すが)り付くも、モニタの中身は何の変化もない。
 なにせ、モニタに映っていたのは人影ではなく気味の悪い人形。木製のロッキンチェアに座りキィキィと音を立てて前後に揺れているだけだ。
 人形の顔は真っ白に塗りたくられており、そこに真っ黒な眼球。そして瞳孔はおどろおどろしいほど真っ赤。頬っぺたには星のマークが描かれており、髪の毛はセールスマンのようにぴっちりとした七三で分けられ、口は上下に動くのだろうか切込みが入っており腹話術の人形のようだ。体はというと真っ黒なスーツに真っ赤な蝶ネクタイ。真っ赤なハンカチーフに真っ白なワイシャツと、その姿はまるでスーツを着たピエロのようだと吉野は思った。
「吉野八雲ここが何処か分からないだろう。教えてあげよう。ここは廃工場で君は一人。助けはこない」
 吉野の呼びかけに反応を示すわけでもなく、テレビの中の小さな人形は不気味に口をパクパク動かして淡々と吉野に事実だけを伝えてくる。
「君は強欲すぎた。犠牲を知るべきだ」
「須木! おい!」
「君の目的は贖罪。制限時間は十二時間だ」
 モニタが消える。と、同時に今まで沈黙を守っていたはずの電光掲示板がカウントダウンを始める。もちろん時間は十二時間だ。
「おい、須木! 須木!」
 バンバンとテレビを叩き、Webカメラに訴えかけるが返事はやはりない。
「くそっ」
 どうしようもないと分かると吉野は壁まで歩き、拳でそれを殴る。もはや吉野の怒りを受け止めてくれるのはこの壁しかいない。
 どうしたものかと爪をかじってみるも、ただ残り時間が少なくなっていくだけで何も進展しない。
「贖罪って事はやっぱり」
 吉野が思い浮かべていたのは先ほどから何度も名前を呼んだ須木の事だった。なぜならば吉野は須木をいじめていた。周知の事実だったし、いまさら吉野にそれをなかった事には出来ない。第一、いじめられた須木がなかった事にはしてくれないだろう。そう思いながら吉野はWebカメラを眺める。
「悪かったよ、須木」
 心をこめて画面の向こう側に居るだろう須木に頭を下げる。が、反応はなし。
「悪かった。すまなかった」
 これでもかと土下座をする。が、それも反応はなし。もちろん吉野は形だけ謝った訳ではない。確かに、心のどこかでここを出たいという気持ちがなかったとが言わない。だが、吉野は吉野なりに後悔をしていたのだ。
 頭を下げ続ける事もはや数十回。吉野の顔は地面に擦り付け過ぎたせいか真っ赤になり、髪は力をなくしへたりとたれていた。
「吉野八雲」
 その声に下げていた頭をバッと勢いよくあげる。とうとうやったかとモニタを見たが、そこには電話番号が映し出されているだけだった。しかも、電波の状況が悪いのかザザザとノイズを含んでおり、今にも消えてしまいそうだ。
「ば、番号?」
 市外局番から始まっていないその番号を見て、咄嗟に携帯なのだろうと吉野は想像する。しかし、その番号に見覚えはなかった。ここで初めて吉野は自分のポケットをあさる。何か書く物は持っていなかっただろうかと慌てて手を突っ込んだのだ。
「痛っ」
 それが罠だったのかどうだったのか、刺すような痛みにあわててポケットから右手を引き抜けば、指先にはじんわりと血がにじんでいた。
 それを止血代わりと咥えながら吉野は左手で恐る恐るポケットに手を入れる。感じたのはひんやりとした感覚。だがあまりにも小さい。
 ゆっくりと何かをつまみ、ポケットから引っ張り出すと、それは柄のついていないナイフだった。大きさは小指大と小さいが刃は鋭く、指先に刺さっただけというのは幸運だったと思えるような代物だった。
 危ないと思いながらも吉野はそれをゆっくりと地面に置き、他のポケットも慎重にゆっくりとまさぐる。結果は長方形をしたお菓子のチョコレートバーが袋に入って一本だけ。それ以外は砂とほこりしか出てこない。
 お腹がすいていた吉野はチョコレートバーを見てごくりとのどを鳴らしたが、先に番号をメモするべきだとまたポケットにチョコレートをしまう。生憎と紙は見つからなかったので服を裂き、ナイフに巻きつけ柄の代わりにすることで地面に番号を刻み込む。が、地面は吉野の予想以上に硬く上手くいかない。時折手を滑らし指を切りそうになる。
「あっ」
 危ないなと思いながらやっと三桁の数字を床に刻んだところで手を滑らせた。油断した。そ思ったときには右手の人差指の先がぱっくりとわれ、血が脈を打つようにどくんどくと流れ出た。急いで止血しようと根元を押さえるが、予想以上に深く切れたらしく傷がじくじく痛む。ぽたぽたと流れる血は真っ白な地面に落ち、床を朱に染める。
 痛みに顔をしかめ、気を紛らわそうとこつこつと靴音を鳴らす吉野だったが、そこでふと気がつく。足元に落ちた血、それを踏む足。足についた血液は当然のように床に広がり、スタンプのようにぺたぺたと模様を地面に描いていた。
 これならメモの代わりにつかえるんじゃないのか。そう思って吉野は傷口を絞るようにして血を出し、左手で地面に番号をメモする。傷口はありもしない脈を打つようにドクンドクンと痛んだ。
「よし」
 メモが終わるとすぐに怪我をした指を止血する。絞ったからか、指からの血は幾分か収まり始め、止まるのは時間の問題だろうと思われた。だが、吉野にそれを待っている時間はない。電光掲示板は刻一刻と時を刻み、吉野の命を削っていく。
「携帯。はないんだったな」
 ふといつもの癖でポケットを探そうとするが、そこに携帯がない事は分かっていた。
「という事は」
 視線がテレビの隣にある黒電話に向けられる。木製の台に乗せられていたそれは早くおいでといわんばかりに吉野を誘っている。
 プッシュ式ではないダイヤル式の黒電話に一瞬惑うが、大体こうだろうと床のメモを見ながらダイヤルを回す。
 番号を回し終え、じっと待つが電話の向こうではリンリンもジリリリも何も鳴らない。無音だ。電話番号を間違えたのかともう一度メモを見てかけなおすがやはり反応はない。
 諦めるものかと何度か試すが、やはり故障中ですといわんばかりに沈黙を続ける。
「おちょくってやがるのか!」
 ここまでなんとか怒りを我慢していた吉野だったが、それも限界だった。やってられるかと受話器を叩きつけ、机を足蹴にする。
 ガチャンと音が鳴って机が倒れ、黒電話が落ちる。そしてそのままコロコロと黒電話が転がる。そう、転がったのだ。
 てっきり通話が出来るものばかりだと思っていた黒電話は単体であるだけで、地面には繋がれていないコードが延びている。しかもそれは刺さっていない。やったぞといわんばかりに黒電話を拾い上げ、意気揚々と刺さっていなかったコードを手に取るが、黒電話に差込口は見当たらない。いかにこういった物に疎い人間でも、ツルツルなボディを見ればそれが塞がれている事くらいは分かる。それどころか、手に抱えた黒電話はやけに軽いような気がした。
 不思議に思った吉野が耳を近づけ電話を振ってみると、なにやらカラカラと音がする。
 何かが入っている。電子機器なのだから中身があるのは当たり前なのだが、それとは違う何か異物。さて、これをどうするべきか。吉野は一旦黒電話を地面に置き、その場に座って考えてみる。頭の中はこうだ、この電話の中に入っている何かを取り出す代わりに最後の連絡手段をなくすか、それともWebカメラに向かって延々と頭を下げ続け、須木に許してもらえるのを待つか。
 ごくり。と生唾を飲み込む音が聞こえる。考えれば考えるほど違う考えが思い浮かぶ。もしかしたらこれはどうにかすれば使えるようになるのではないか。もしかしたらこうやって悩む姿を面白がって見たいだけで偽物なのではないのか。もしかしたら、もしかしたら。浮かんでは消えるもしもに、どうしたものかとふと顔を上げれば、電光掲示板の示す時間が一時間も過ぎていた。
「一時間」
 十二分の一は大きい。残り十一時間でどうにかしないといけない。そう思うとこれ以上は悩んでられないと決心を決めた吉野は、黒電話を震える両手で持ち上げ、大きく深呼吸。
「おらあぁ!」
 声を上げ、力いっぱい床に黒電話を叩きつけるのだった。
 ガシャンと音を立ててあっけなく黒電話は壊れた。破片が飛び散り、割れた中身にはよく分からない電子基盤と配線があり、吉野は判断を誤ったかと冷や汗を流す。
 壊れてばらばらになった破片をどかし、何かないかと探すと、それはあった。
「か、鍵?」
 ホームセンターで買えそうな安っぽい鍵が一本。それだけだった。指令のメモやメッセージはどこにもない。
 とにかく持っておこうと鍵をポケットにしまいこむ。そこで吉野は感づく。これは脱出ゲームなのではないかと。
 そうとなれば話は早い。脱出ゲームのセオリー通り、他に怪しげなところはないかと部屋を見回す。が、今思えばこの部屋にあったのはテレビとWebカメラ。黒電話にそれを乗せていた机。そして電光掲示板程度で調べる選択肢など限られていた。Webカメラを壊すのはまずい。なにせ、相手が監視しているとも限らないのだ。それなのに監視できなくしたら相手を怒らせ、最悪の結果に繋がるかもしれないのだ。
 テレビも今は電話番号だけを映し出しているだけだが、今後のメッセージを伝える重要な役割を果たす可能性があるので手を出せない。机は、ひっくり返したりしてみたが、何の変哲もないただの机だった。電光掲示板はというと、時間を教えてくれるので壊すわけにはいかない。が、壁にかけてあるのでそれを調べる程度は出来そうだった。黒電話はそう思うと壊してしまってよかったのかと思えるが、後悔しても仕方がない。
 さっそく吉野は机を足場に電光掲示板に手を触れる。縁が金属か何かで出来ていてとても重いがどうやら外せるらしく、吉野は慎重に電光掲示板を外し、ゆっくりと地面に置く。
 電光掲示板を地面に置くともう一度机に上り、電光掲示板のかかっていた壁を見つめる。塗り残しなのかそこだけが黒い。コンコンと試しに拳でノックするとボワンボワンとほかの壁とは違う音がする。
 しめたとばかりにそこを引っかくが、硬くて傷一つつかない。何かないかと上から部屋を見回し、見つけたのは壊れた黒電話だった。もう迷っている暇はないと受話器と本体をつないでいたコードを引きちぎり、受話器で壁を殴る。するとわずかだが壁がへこんだように思え、吉野は何度も何度も壁を殴りつける。
 殴りながらちらりと横目で電光掲示板を見れば、前に見たときから既に三十分が経過しようとしていた。利き手である右手を負傷しているため、左手で壁を破壊しようと奮闘していた吉野の額には玉のような汗がびっしり。疲労も相当な物になっていた。なにせ、受話器がプラスチックで出来ていたらしく、壁に思うようなダメージを与えられないのだ。
「はぁ、はぁ」
 肩で息をし、ふぅと額の汗をぬぐう吉野。目の前には真っ黒な塗装がはげた土壁が見えていた。しかも、小さくだが穴も開いている。
 吉野はそれを確認すると受話器をポケットに押し込み、左手の指でその穴を広げ始める。奥は空洞らしく、ひんやりとつめたい。片手が入りきるほどその穴が大きくなると、吉野はその中に手を突っ込み、何かないかと物色する。と、指先に何かが触れた。四角いそれは箱のようで、吉野はそれを引っ張り出そうとするも、穴の大きさが足りないのでまた指で穴を広げる。
 引き抜いたのはやはり箱で、鍵の部分には南京錠がついていた。箱を潰してもよかったのだが、中に入っているものの事を考えるとそれは出来ず、ふと吉野はポケットの鍵のことを思い出す。
 カチリ。
 鍵を差込むと音を立てて南京錠が開いた。

       

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