草原にチーターがいた。
チーターは生まれた時から足が速かった。
かけっこで彼にかなうものはなかった。美しいライオンだって、軽やかなカモシカだって、空をかけるハゲタカだってかなわないのだ。
草原で行われる運動会のたびにチーターは英雄になれた。
ある日、チーターはジャッカルにかけっこの勝負を挑まれた。
もちろん彼は負けるわけがないから、その勝負を受け、結果は言うまでもない。
チーターがゴールテープを切ろうという瞬間、ジャッカルは遥か後方にいて勝負になどなっていなかった。
「どうしてそんなにはやいんだい?」と、ジャッカルが訊くとチーターは軽くこう答えた。
「俺は生まれたときから速いんだ。それ以上の理由があるかい」と。
ジャッカルは自信たっぷりに言い切るチーターに感心しながら、一週間後にまた勝負をする約束を取り付けた。
それから一週間の間、ジャッカルは毎日かけっこの練習をした。
チーターはそんなジャッカルの様をみていたが、のんびりと過ごしていた。負けないとわかっていたからだ。
一週間がたって二人の勝負が執り行なわれた。
やっぱりチーターがゴールしたときジャッカルはずっと後ろを走っていた。
それから毎週月曜日はチーターとジャッカルのかけっこ勝負の日となった。
負けず嫌いのジャッカルはいっぱいいっぱい練習をした。
かけっこの天才チーターはそんなことはしなかった。なぜならやらなくても勝てるからだ。
何十回、何百回勝負をしてもチーターが負けることはなかったし、差はほとんど縮まらなかった。
ある日、チーターはジャッカルに言った。
「こう言っちゃあなんだけど、そろそろあきらめたらどうだい?」
するとジャッカルは言った。
「いやいや諦めないさ。だけど、僕じゃあきみには勝てないだろう」
そこで、とジャッカルは提案した。
「今度、子どもが生まれるんだ。きみもそうだって聞いている。僕の子どもはきっと僕に似て負けず嫌いだから小さいころからかけっこの練習をさせればきっとチーターの子どもより速くなるさ」
チーターは「そりゃあ面白い」と、言って彼の提案を受け入れた。
「俺の子どもも俺に似てきっとかけっこの天才さ」
それから行われた子ジャッカルと子チーターのかけっこもやっぱり子チーターの圧勝だった。
親から受け継いだ気性で子ジャッカルは猛練習したし、親の才能をじゅうぶんに受け継いだ子チーターは練習をする必要などなかった。
結局、子ジャッカルは子チーターに勝つことはなく、次の世代へと勝負は引き継がれた。
孫チーターはやっぱり速くて、孫ジャッカルが勝つことはなかったけれど、その差は少しだけ縮まっていた。
何代も何代も時を重ねたある日ようやくジャッカルはチーターにかけっこに勝った。鼻の差でしかなかったけれど、確かにジャッカルが勝ったのだ。
喜ぶジャッカルの横で負けたチーターが親チーターに叱責されていた。
「どうしてそんなにお前は足が遅いんだ。ご先祖様はもっともっと速かったんだぞ!」
今のチーターにかつての面影はなく、またジャッカルも同様であった。
かつて草原で最速を誇ったチーターも、今はずっとずっと遅くなりもはやチーターとは呼べないのかもしれない。
かつて鈍足だったジャッカルも、今、最速の称号を手に入れもはやジャッカルとは呼べないのかもしれない。
「もっとかけっこの練習をしないか!」
親チーターは怒鳴った。
チーターは言う。
「かけっこの練習ってどうするの?」
親チーターは答えられない。
生まれた時から速かった彼らは練習なんてしてこなかった。その方法を知らなければ、速くなるノウハウもない。
ただただ、
「練習するんだよ!」
と、怒鳴りつけるしかないのである。
だが忘れないで欲しい。足の遅くなったチーターを笑っていればジャッカルだってそうなるのだということを。