ラノベ習作
その9
「何が駄目だったのだろう」
帰り道、天堂帝梨がぼやいた。何がも糞もない。
「全部でしょありゃあ……左アッパーから始まる恋ってなんすか? しかも宙木のやつ後頭部打ってましたよ。馬鹿になったら可哀想じゃないすか」
「馬鹿になったらほいほい学校へ来るかもしれない」
「勉強できなくなったら本末転倒でしょうが」
「その時は……」
天堂帝梨は宙を見上げた。やってから理由や理屈を考えている時点で何かがおかしい。
「その時はおまえが面倒を見ろ」
「丸投げっすか……やってあげたいっすけど俺馬鹿だからなあ。そのへん美鳥先輩の方がいけるんじゃないすか。家で勉強とかしてるクチ」
でしょ、と言いかけて晩は自分の愚かさを知った。美鳥が視線で晩を殺そうとしていた。目が血走っている。
「あー、その、なんかすんません」
「どうせマジメなんだろみたいな態度はやめて」
「すんません。マジすんません」
「わかればいい」
ぷいっと美鳥は顔を逸らした。特攻服は虹野の店に返して今はまた制服に戻っている。
「で、どうするんすか」
ぼんやり夕陽を眺めている天堂帝梨に晩が聞いた。
「色仕掛けは失敗に終わったみたいですけど。まだ続けるんすか」
「もちろんだ」
天堂帝梨は振り返らずに言った。
「正面切って打ち崩すのは無理そうだな。帰ったら虹野にスカイプで聞いてみる」
「妙な案の仕入先は虹野さんすか。――そういやあの人とてんてーってどういう繋がりなんですか?」
「腐れ縁だ。私が白衣を新調しようと思ってあの店にいったのが最初だ。ナース服も学校によっては認められているとかなんとか言って辱められたのだ」
「ナース服……その背丈で?」
「何か文句があるか晩」
「いや、ただ犯罪だなって思っただけです」
「まったく。この星――あいや、国、ううん、町、いや違うな、えー、人間。人間はどうして服装なんかに拘るのだろうな。大切なのは中身じゃないか?」
「外見だって大事っすよ。印象ってのは魔法です」
何気なく言ったセリフだったが、天堂帝梨は雨が降ってきたような顔で振り返った。
「晩、おまえちょっとかっこいいな」
「……。まあね? うん。まあね」
「なんだおまえ。顔赤いぞ」
「夕陽っすよ」
「さっきより赤いが」
「美鳥先輩のブラがシャツ越しに見えてるだけです」
肘鉄が飛んできた。思わず肘で受け止めてしまったものだから両者悶絶の憂き目にあった。
「うおおおおお……」
「ぐあああああ……」
「馬鹿だなーおまえら。何やってるんだ?」
天堂帝梨が両手を腰に当ててため息をつく。それがまた腹立たしい。
美鳥が肘をさすりながら立ち上がった。
「あたしの許可なくあたしの下着の話をするな」
「許可取ろうって発想がまずねえっすよ」
晩もふらつきながら立ち上がった。
「お伺い立てたら立てたで殴るでしょ。美鳥先輩最近ちょっと乱暴っすよ。よくないと思います」
「……。そうかも。ちょっと反省する」
「いい心がけです。ってかてんてー、あんだけこっぴどくぶん殴られてよく無事でしたね」
「ん? ……」
天堂帝梨は立ち止まった。
「よし、じゃあひとつ教えてやろう晩、美鳥」
二人も立ち止まる。
天堂帝梨は夕陽を背に人差し指を立てた。
「吹っ飛ばされた時はな、逆らっちゃいけないんだ。力がそのまま抜けていくようにしなければならない」
「それで気を貯めてエネルギー弾を撃つんでしょ」
「茶化すなボケ。――イメージとしては風が吹き抜けていくような感じだ。体内をな。いいか、できないことじゃない。これはただの技術だ。技術は、できると信じた時から始まる」
「…………」
二人はしかつめらしく聞き始めた。
天堂帝梨は続ける。
「身体をこわばらせてはいけない。かといってぐにゃぐにゃにしても駄目だ。力が一番伝わりやすいように身体をほぐすんだ。一番通りやすいように。力のために道をあけてやる。あとは後頭部をぶつけて脳を揺らしたりしないように顎を引いておけば釘バットで殴られても問題ない。信じることだ、何事もな。すべてはそこから始まる」
二人がまだ気を取り直さないうちに、天堂帝梨は曲がり角を曲がって去っていった。
「なんだったんすかね」
「さあ」
「……ひょっとして」
「何?」
「励まそうとしたのかな、俺たちのこと」
「……。今のがどうしてあたしたちを励ますセリフになるの?」
「いや、俺もわかんないんだけど……」
ぼんやりと天堂帝梨が曲がっていった角を見つめながら、晩は呟いた。
「今のセリフ、宙木が聞いたらなんていいますかね」
美鳥は何も答えなかった。
(解説)
てんてーが長口舌を口走ってますが、このあたりから日常モノに疲れ始めていたのだと思います。