Neetel Inside 文芸新都
表紙

物語はいつも傍らに佇みこちらを見ている
さよならフロンティア

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 この銃を使っていったい何ができるのかと、同じデパートの周りを巡りながらずっと考え続けていた。だがそれはとっくに昔に答えの出ている問題であった。それでもいつまでも考え続けていたのだ。
 人を殺せるものではない。銃といっても、実際のところはただの良く出来たモデルガンなのだった。しかしそれでも怯えさせることくらいはできるかもしれない。脅しに使える。別に発砲しなくともよい。ヤクザ映画かマフィア映画か、というような面持ちで――自分にそれを演じられるだけのスキルがあるかは分からないものの――腕を伸ばして、銃口を対象者に突きつけてやるだけで、財布くらいは差し出してくるかもしれないと思った。
 貧富の差が拡大してきているからかは知らないが、最近は日本でもスラム街で起きるような類の事件が頻発している印象がある。それは多くの人の意識の内に潜んでいる共通認識と思え、なによりも命が惜しい人達にとっては、金は命より安い、だろう。
 こんな、わざわざ、一歩間違えたら逮捕されるような危険を冒してまで、金なんて本当に必要なのか?
 ちょうどデパートの周りを十二周し終えたところで足を止めた。決行するなら今だと、脳が命令を下す。この時間、デパート沿いの道は交通量が少ない。実際、随分歩いたものの、車は一、二台通り過ぎていったのみだった。そして目の前には齢二十そこそこと思われる無闇に格好の派手な女がおり、ヒールに慣れないのかそれとも向いていないのか、危なっかしい歩様で今まさに道路沿いからデパート沿いの細い路地に入っていくところだった。
 まさにカモ。絵に描いたようなカモだった。また格好を見るに、それなりの金を持っていそうでもあった。手頃なターゲットだと、イメージのみ膨らませる。比較的少ないリスクで現金を入手できることは間違いなさそうだ。今回と似たケースを何度か経験していたこともあり、失敗する気はほとんどしなかった。
 失敗しなければ、それでいいのか。お金さえ手に入れば、それでいいのか。
 一昨日も昨日も繰り返し、そして、今日も。きっと、明日も、ずっと。
 こんなことを続けて生きていくのか――
「あのぉ、すいません」
 声色を作って話しかける。取っ掛かりの緊張感はなるべく取り除くべきだとこれまでの実戦で学んできていたのだ。背後から、知らない男に声をかけられる。女性は警戒するものだ。それも知っている。だから、なるべく無害そうな、小動物のような声色で。
 突きつける。女性が振り向いた瞬間に、玩具の銃を。引鉄に指だけ掛けておくことだけは忘れずに。
「騒がないで。僕の言うことさえ聞いてくれれば何もしないから。財布を出して、こっちに渡して」
 鈍い反応でバッグから財布を取り出そうとしている女性に苛立ちを覚えた。この女の行動のスロー加減も、アンバランスな服装、ただ立っていることさえおぼつかないくらいにヒール向きでない足、こんな状況に表情が少しも変わらない感覚の薄さなど、その全てが不愉快に思えて仕方なかった。お前それでも生きてるのか? そう説教の一つもしたくなるくらいにとにかく気に食わないのだった。
 バッグから物が次々と地面に落ちてくる。汚いティッシュ、イヤホン(なぜ袋にしまっておかない?)、折り畳み傘(今日は降水確率0%だったはず)、双眼鏡(なにに使う?)、漫画本(小説を読め!)等々が、バッグの中で女が手探りする度に落ちてきた。いつの間にか銃を下ろした。もはや役者になろうとする気力も削がれていたのだった。
 あったあった、とようやく財布を発見した女は、次の瞬間なにか思い出したような顔をした。
「さっき金使っちゃってぇ、三十円しかないんだけど」
 女はあっけらかんと言い放った。その様子があまりにも間の抜けていて、吹き出しそうになった。緊迫感なんて微塵もない。もしこれが本物の銃で、撃たれたらどうしよう、死んでしまう、なんてところまで考えが行き着いていないような。それは女がきっと財布を探すことだけ考えていたからかもしれないと思う。
 もう一度銃を突きつけたら――どういう反応を見せるだろう。
 いや、いい。やめた。
 モデルガンをパンツの尻ポケットに突っ込み、捨て台詞を残して去ることとした。
「あのさ、ヒールやめてスニーカーとかにしなよ。ぜんぜん合ってないよ」


        *        *        *


 車道を渡ってしばらく歩くと川にぶつかった。たまたま辿り着いたわけではなく、川に来たかった。色々洗い流すといえば川と相場は決まっているものだ。
 玩具の銃を、上空に向けて放り投げた。縦回転しながら飛んでいった銃はしかし重力に抗えず、やがて川の中にぽちゃんという情けない音とともに落ちて、あっという間に沈んでいった。
 投げ捨ててやっとわかったことがある。やはり楽しんでいたのだ。自問自答しながらも、楽しいから続けていたのだと。それはそうだ、楽しくなければ、とっくにやめていたはずだった。自分がいかに愚かであったとしても、それは断言できそうだった。金が欲しかっただけではないということも、一応付け加えようと思った。
 これからは嘘をついて生きていこう。気付くのが遅すぎたかもしれないが、別に構わない。すべての痛みは自分で背負うべきだと、今までにないほど素直に現実を受け止めることが出来ているように思え、少しだけ自分が大人になったような気がしたのだった。嬉しかったのだった。家に帰るまでの道すがら、これからのことを考えていこうと決めた。
 もしかしたら、あの女も大人になるために無理にヒールを履いていたのだろうか? そこまで考えてのことだったとすれば、どうか、さっきの捨て台詞は無視してほしいなと、しかめっ面で思った。

       

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