止血のため傷口に砂が塗りつけられた。傷が乾燥し血は止まる。だが、焼かれるような痛みが走る。
がたいの良い男たちが二人がかりで米俵ほどの重さがある石の板を四枚もってくる。背もたれになるように大杭を打ち、おろし金のように凹凸のついた板を敷く。下之介をその上に正座させ、縛った両手首を背がのけぞるほどきつく大杭に縛りつけた。
これは石抱きという拷問だ。さてはあの石板を一枚ずつ膝の上に積み重ねるごとに尋問するつもりだな。そう思っていると佐々木只三郎が無慈悲に一言。
「いっぺんに積め。」
リズミカルに石板が膝の上に積み上げられていく。その度すねに凹凸が食い込み、下之介の体は通電されたようにぴょんぴょんはねる。下之介に考える余裕が消え、頭の中は「痛い」という言葉で埋め尽くされた。
見ていられなくなり、
もう、いい。お前はよくやったよ。刀を奪われてもいいじゃないか。しゃべって楽になっていいんだ。下之介に嫌われても構わない。
しかし下之介は刀を隠した場所を教えておかなかった。苦しむ姿に耐え切れず、
下之介とは常に行動を共にしていた。刀を隠せる時間は限られてくる。
下之介は刀を託すと言っていた。ならばどうやって刀を隠した場所を伝えるつもりなのだろう。
下之介の足は圧迫により紫に変色し、死斑が出来かけている。
「分った、話す。どけてくれ。」
下之介は恥も外聞も捨て、みっともなく泣きわめいた。
「話したら、どかしてやろう。」
佐々木は石板に手をつき、半身を預けるようにもたれかかる。さらに石板をぐらぐらと揺すっていたぶり始めた。足の毛細血管が破裂し、痺れたような甘い痒みが広がる。
下之介の足から血の気がひき、見る間に白くなっていく。足の感覚がなくなり痛みは消えた。
今のうちに下之介は考えを整理する。古墳に埋めたという嘘をここまで早く見破られてしまったことは予想外。古墳を掘り返すことに躊躇している間に、幕府の情勢が変わるという目論見は外れてしまった。しかし現在、幕府は長州藩と戦争状態にあり、戦況しだいで下之介一人に構っていられなくなるだろう。
「長州の奇兵隊がここまで攻めてくるぞ。拙僧で遊んでいる暇があるのかな。」
「馬鹿な。確かに今は押されておるが、最後には幕府が勝つに決まっている。百姓を寄せ集めた奇兵隊などに侍が負けるはずがない。」
幕府が負けると予期するものはいなかった。薩摩藩と秘密同盟を結んで最善を尽くした当の長州藩でさえ、幕府に勝てるとは思っていなかっただろう。
だが、この時代に生きていれば肌で感じるものがある。幕府は民の心から離れ、民の心は幕府から離れてしまった。民に見捨てられた権力者の末路は一つである。幕府は命数を使い切った。
「この国の民は二百年間眠り続けたが、日は昇った。一度目覚めた民はもう目を瞑ることはない。」
「何を。民草などに何ができるか。」
「あんたらはもう終わりだ。幕府は民と諸藩から見限られた。」
下之介は凄みのある笑顔で答えた。佐々木は背筋に冷たいものが伝うのを感じ、恐怖に駆られて下之介を鞭打つ。
下之介の膝の上から石板がどけられる。人道的な措置ではなく、死んでしまっては拷問にならないからだ。
足が戻るまでは同じ石抱きを続けることはできない。かといって幕府には下之介の回復を待つ時間はなかった。
「俺が吐かせてみせましょう。」
痺れを切らした土方歳三が次の拷問から加わることになった。
下之介は衰弱し、この二日間で一気に老け込んだようだった。
後ろ手に縛られた下之介の手首に太い綱が結ばれ、土間の梁に架けられる。力自慢の男たちが三人がかりで綱を引くと、下之介の上体が持ち上がった。
一見するとただ綱で吊り上げられるだけで、これならば耐えられそうだと下之介は思った。
しかし、つま先が地から離れると同時に、両肩に激痛が走った。とうに脱臼した両肩に全体重がかかり、体は宙に浮いた状態になる。
地面から一尺(約30センチ)離されたところで、柱に綱が巻きつけられ固定される。足に踏ん張りが利かず、下之介は痛みに抗うすべを失った。
両腕をもがれるような強いショックが絶え間なく襲い、ついには失神。土方はこれを許さない。桶に井戸水を汲み、下之介の顔にぶちまけた。
むりやり現実に引き戻された下之介は咳き込み、せっかく飲んだ水を吐き出した。むせるたび反動で綱が揺れて体がきしむ。
何がいけなかったのだろう。身の程に合わぬ約束を清河と交わしたのが間違いか。そもそも僧坊を出ず、目を閉じ耳をふさいで、世を捨てて生きれば良かったのか。いや違う。もし外に飛び出さなかったら、藪を進むときの着物を擦る草の感触を下之介は知りえなかった。木陰の涼しさを、雲間から射す陽光を。
土方は気絶することも睡眠することも許さず、そのつど水をかけて下之介を起こした。これが最も下之介を追い詰めていくことになる。
拷問は永遠に続くかと思われ、底なし沼にゆっくりと沈んでいくような恐怖だった。土方は死すら許してはくれぬのではないか。
だめだ。もうおしまいだ。このままでは自分の意思に反して、いつかうわごとで口を滑らしてしまうかも知れない。そうなる前に、すべてを
下之介はかすかに残る意識の中、決意した。
「少し気分が優れませぬ。外の風に当たってきます。」
まずい、
「
「ははは。ついに狂いおった。」
役人たちは口々に罵り、笑う。誰も下之介の言葉を理解できなかった。ただ一人
下之介の叫びはいつか教えた島言葉だった。あの言葉は自分だけに向けられている。そう思うと
木の下に大事なものを隠したと島言葉で下之介は叫んだ。商家の庭に木などあったか。庭にあったのはアサガオくらいのものだ。いや、まて、
ついに刀の場所を解き明かした
土だらけになったみすぼらしい刀を抱えて
早馬が
「刀を……」
「それどころではない。上様がお隠れになられた。急ぎ京まで戻るぞ。」
慶応二年七月二十日(1866年8月29日)、この日もともと病弱だった将軍徳川家茂が死去した。戦争中に総大将が病死してしまったのである。幕府首脳はすぐに次の将軍を立てねばならず、長州征伐も中止するしかなかった。
しかし
そこにはいまだに梁から吊り下げられたままの下之介の姿があった。
長時間の拘束により手首はうっ血し、鞭打たれた体は幾何学的な模様のような跡が幾すじも走っている。血色の悪い足はでこぼこに変形し力なく垂れ下がっている。
ままよと刀を抜いて綱を断ち切る。下之介の体が赤黒く染み付いた地面に倒れこむ。ぴくりともしない下之介を
下敷きになった
下之介を冷たい土の上に寝せておくわけにはいかないと、
「医者を。医者を呼んでくれ。」
土方たちの苛烈な責めを知っている
「お前は勝ったんだ。あの幕府に。だから死ぬな。」
「あんたたちついてるな。近くの村に往診に来てたから連れて来たぜ。」
旅装束の若い男が部屋に上がりこむなり言った。どこにでも人物というものはいるものである。
「わては大阪で蘭方医しております緒方洪庵いいます。」
挨拶もそこそこに緒方は下之介を診察する。脈をとり、下之介の口に耳を近づけた。か細い息が緒方の頬にあたる。
「先生。」
「うん。処置が早くて命拾いしたね。ここでの治療は限界がある。うちに来るかい。」
「はい。今は無理ですが一生かけて必ず治療のお代は払います。」
「いや、畳代だけで結構。」
「畳? 」
緒方に言われるままに
緒方の治療により下之介は一命をとりとめる。だが足の傷が重く、立てるようになるまでには一年を要した。
立てるようになってからも絶対安静は続き、今日も下之介は布団に包まれている。唯一の楽しみは出張所の東側の開いた障子から望む富士山ぐらいのものだった。
喧騒が近づいてきて、トンボが逃げ散る。
「ええじゃないか。ええじゃないか。」
町人や田を捨てた農民たちが踊り狂う。男は女装、女は男装し、お祭り騒ぎではやし立てている。
「ええじゃないか。ええじゃないか。」
幕末期の終わりに起こったこの民衆運動はそのまま「ええじゃないか」と呼ばれた。もともとはお伊勢参りの旅人が、空からお札が降ってくるのを見たことが発端だそうだ。私見を述べさせてもらうと、世の中がひっくり返るような社会変化を、機敏に感じ取った民衆たちが起こした一種の集団パニックなのではないかと思う。
下之介は布団を這い出し、障子の枠につかまって立ち上がる。震える足で一歩一歩踏みしめて歩く。障子を大きく開けると、今帰ってきたところの
「歩くのは私がいるときだけにしろと言っただろ。」
「昔のお前みたいじゃな。」
ばつが悪いのか、照れ隠しなのか、下之介はええじゃないかに興じる男装の女を指差した。
緒方はかえって心苦しくなり、また戦があるからと二人に逃げるように言った。
「お前は足が悪いから大阪から船に乗るようにとおっしゃられた。」
「行くなら追手が来られぬように遠くが良いな。
「何もそこまで逃げなくても。
「遠かろうが近かろうがどうせ見知らぬ土地じゃ。」
下之介は下駄を履いて外へ出る。
「危ない。何をするつもりだ。」
「こうするんだ。表が出たら
下之介の蹴上げた下駄が空に舞った。