どどめ色の露
恋愛変愛
あんたは、人を好きになったことはあるだろうか。血の繋がってない女、あるいは男、いっそ血が繋がっててもいい。つまり、恋愛対象として相手をどうにかしてやりたくなるほど、好きになれたことはあるだろうか。そいつと一緒に居ないと気が済まないとか、そいつが隣に居ても何を考えてるのか気になったりとか、そいつが自分のことを本当に好きなのか疑ったりとか。
ま、あんたの話はどうでもいい。大体同じ様な答えが返ってくるんだろう。当然、その程度のことは一端の人間として経験しているってな。
大概の男はそうだ。一人の女を好きになって、それもちょっと冷静になったらそこらの女と大した差もないような子豚ちゃんをさ、そんでうっかり子供を拵えちまったら、女を地獄につき落とすか女と墓場まで一緒に行くかしなきゃならなくなる。
男と女の違いってのはそこさ。男は女を食らう。口ではなくて身体全体で味わうように、嘗め回すように食らう。そして遺伝子を植え込んで、そいつも女を食いながら成長して、子供とかいうちんまりしたモンになって、キャベツ畑だかコウノトリだかが攫って行くんだ。そうしてやっと、キャベツ畑から生まれた可愛いまっさらな赤ちゃんが出来あがるわけ。
俺は子供の頃は、もっと恋愛をロマンチックなもんだと思っていたんだが、どうもそういう訳にはいかんらしい。日本人は、平安朝から恋愛のことばっか考えてたらしいけど、話を美化しだしたのは割と最近の事みたいだな。俺はそれにまんまと嵌められた訳。
ま、でも実は俺の話も今はどうでもいいんだな。さっき、俺は男が女のことを食うって行ったけど、実はその逆もあるって話。友達って言っていいのかわからんけれど、知り合いの伝手で知り合った知り合いが、合コンで初めて顔を合わせた女とホテルに行ったきり、蒸発しちまったらしいんだ。
俺はそれに人数合わせで参加してたんだが、まあ女に顔見知りが居ないのは良いんだが、男も四人中三人知らないと言う敵陣まっただ中みたいな感じだったので、とりあえず無理矢理引っ張ってきた、たった一人の知り合いに代金を半分持って貰った酒だけ楽しんで帰ろうと、隅っこでちびちびやってた訳。その知り合いはまあ女遊びのうまい奴で、堕ろさせた事は無いとか言っていたが、何人の女を泣かせたんだかわかりゃしねえ。で、俺は今回の話を聞いて、こいつが蒸発すればよかったんじゃねえのかなとか思ったわけだけど、世の中そううまく勧善懲悪と行く訳にはいかないんだよな。残念ながら犠牲になったのは俺から見ても魅力の足りないような、飢えてるって感じの、今時珍しい肉食系男子だった。
肉食だの、草食だの男を人間扱いしない辺り、女共の厚かましさみたいなものが見え隠れするんで、あんまり好きな言葉じゃないんだが、こういう相手を貶めたい時には、陰湿な女が考えたらしい効果を発揮する。いや、自分中心に物事を考えることを非難するつもりはねえよ。厚かましいのが嫌いでも、悪いと思ってる訳じゃねえ。俺だって踏み込まれたくないこととか、相手に合わせられないことがあるからよ。
で、その不細工が一人の女に目を付けた。まあ見てらんなかったね。俺はどの女が好いとか分かんねえ性質だけど、胸がふくよかだったからな、きっとそれが気に入ったんだろう。だけど、そいつは全然相手にされなくて、流石に本人も分かってたんだろうけど、それでも健気に話しかけんのね。いや、女ってのは酷い奴だと思ったよ。話し相手になってやるくらい良いじゃねえか。その後誘われたら断ればいいんだし、思わせぶりに愛想振りまいて後でがっかりさせるよりは良いとか言うのかもしれねえけれど、合コンの間くらい楽しくやらせてやれよ。とまあ、ちょっとした同情を誘うくらいの突き放されぶりだった。
だけどよ、男ってのは、下半身でものを考えんのよ。そのおっぱい大きい娘じゃなかったんだけど、厚縁の眼鏡を掛けた、いかにも遊んでそうな奴がなにを血迷ったのか、そのブ男を誘って外へ出てった訳。そのブ男も結局いたせれば良い訳で、穴が二個付いてたらどんな怪物の尻でも追いかけるんだろう。まあ、厚縁の娘は割と整った顔だったから、言い過ぎと言えばそうなんだろうが。とにかくその節操無しは驚く俺たちを置いて二人で連れ立っていった。俺達はと言うと、大胆な奴らだなどと微妙な評価をしながらその後も数十分は飲み食いしていた。殆ど初めて顔を合わせたような連中だったけど、案外気が合ったんだと思う。それでも、お持ち帰りまで漕ぎ着けたのは案の定俺の知り合い位のものだったから、二勝二敗一分けって所かな。
俺は結構飲んだつもりだったんだが、ちょっとカクテルが飲みたくなって、他の連中とは別れて、行きつけのバーに向かった。そこでばったりあったのが例のおっぱい大きい娘だったわけ。俺は察しの通り女が苦手な訳だけれども、この時ばかりはその娘が凄く好い子に見えちまって、つい誘惑に負けた。きっと酒の所為だ。
明け方、厚縁の女とばったり会って、三人で朝食を摂る事にした。俺は彼女に、一緒に居た男はどうしたのかと聞いたが、どうにも口ごもるばかりで、要領を得ない。俺は最初役立たずになった男が先に帰ったのかとも思ったが、どうもそう言う訳でも無いらしい。とは言っても酷い頭痛がしていたので、それ以上詮索する気は毛頭なかった。
俺は、帰り際厚縁の彼女の財布に血痕らしきものが付いているのが見えたが、聞きそびれてしまった。
その後、あのブ男が行方不明になったという事を合コンをセッティングしたあの知り合いの男から聞いて、もしかすると、と思っても見たのだが馬鹿馬鹿しくて止めた。その馬鹿馬鹿しい考えってのが、例の厚縁の女にホテルで殺されちまって、金やら何やらを奪い取られて、食い物にされちまったんじゃねえかってな。そのブ男は妙に金回りが良かったようだし、あり得ねえこともないと思うんだが、まあ、一度の合コンで席を分け合ったと言うだけで、そんなに心配してやるのも筋違いなのかもしれねえが、野次馬根性でつい気になっちまうんだよな。
俺は、あんまり他人の事情に首突っ込むタイプでも無いから、気にはしつつもそれ以上の事は分からないでいた。合コンの後も何度か厚縁の子とも、おっぱい大きい子とも会う機会が有ったんだが、それでも関係が進展する事も無かったくらいだ。それが、そう言ってばかりもいられなくなった。あのブ男の行方不明が警察沙汰になったらしく、俺達も事情聴取されたし、当然一番最後まで一緒にいた厚縁の娘もかなり念入りに聴かれたらしい。女の慰め方何か知らん俺は辟易したよ。
一応女の刑事が取り調べしたらしいが、事情が事情だけに言いたくないこともあったろうに、と言うような同情をする振りだけはしておいたので彼女は幾らか落ち着いたらしい。それで、そのまま二人で酒を飲む事になって、それまでの事を蒸し返したりしながら愚痴を聞いてやっていたんだが、途中から彼女から妙な色気を感じ始めた。俺は戸惑った。その時はそれほど酔っている訳でもなかったし、呂律もしっかりしていた。しかし、相槌を打つために開いた口からホテルに誘う文句がつい零れそうになる。唯でさえ女は苦手なのに、あのブ男の件が有る。自分までが犠牲になるのはごめんだ。いや、男が殺されたとも、彼女が犯人とも決まった訳じゃないんだけどね。
だが、とうとう、彼女の方からその後を誘われた。据え膳食わぬは武士の恥という格言、俺は好きじゃないんだが、その時の俺は逆らえなかった。で、その為の施設に向かった訳だ。道々、彼女の舌が二つに割れて居る様に見えたり、伊達眼鏡の奥の瞳が縦に裂けて見えたりとか、幻覚が続いたんだが、突如として俺の頬に激痛が走った。吃驚した俺がやっと正気に戻って良く見てみると涙を瞳一杯に溜めた例のおっぱいの子が仁王立ちしてた訳。
そっからは噂に聞いた事のある修羅場と言う奴になって、俺はふらふらする頭ではっきりしたことも言えずに、不様にオロオロするばかりだった。女共が激しい言い合いをしていたんだが、どっちが好きなのか聞かれて、未遂だった事もあったしおっぱいの子の方を好きって事にしておいたら、なんだか話は付いたらしく、俺はおっぱいの子に引き摺られながら帰る事になった。厚縁の子の伊達眼鏡がけばけばしいネオンを反射していて、あの娘が何を考えてこっちを見つめているのか分からなかった。
後日談はと言えば、俺が無事だったと言う事だけだ。他に知りたい事は無いだろ、言えることもないが。