バレンタインの七日間戦争
四日目
2月10日。
明日から13日までの三日間はクレクレアピールタイムだ。
それについての計画を立てるため、俺等は再び集った。
「これから最高機密重要会議を開会する。」
笹原の号令とともに、昼休みを利用したそれは始まった。
「まず最初に、言わなければいけない事がある。」
「分かってるよ。金土日、三日連休ってことだろ?」
遠藤がそう入る。
「あぁ。その上で気をつけなければいけないのは、直接の対話が出来ないということだ。」
「なるほど…。必然的にメールでの会話のみに限られるわけか…。」
田中は手で顎を支えながらそう頷いた。
「カラオケか何かに誘う…っていうのは不可能なのか?」
俺はそう聞いた。
「やめておけ。下心丸出しと思われてしまっては、貰える物も貰えなくなってしまう。」
なるほど。笹原はそこまで考えて、敢えて大きく行動しない方法を選んだのか…。
「だけど、メールで別行動を取ったら、事故が起こる確率が大きくなってしまうぞ。」
顎にあてていた手を放し、田中が反論した。
「分かっている。だから、これからどのように動いていくかをここにいる全員に伝える。」
思わずゴクリと喉が鳴った。
なんてレベルの高い会話なのだ…。これまでに味わったことの無いほどの緊張感が辺りに漂う。
田中と笹原。この二人は、俺達の心の中に伝説として残って行くことだろう。
「さて、これからお前らにやって欲しいことがある。
自分が貰いたい女子の名前を、この用紙に書き込んで俺に渡してほしい。
自分の名前は書かなくても良いし、一人につき何人でも名前を出して構わない。」
OK。とみんなはそれぞれシャーペンを用意し、渡された紙に各々名前を書き始めた。
高野。佐々木。持木。一度、頭に浮かんだのでその三人を書いてみた。
しかしよく考えてみると、高野からはもう貰えるらしいし、佐々木には本命がいる。
持木に至っては「やらない」と本人の口からはっきりと聞いたじゃないか。
自分の思慮の浅さを少し惨めに思い、シャーペンの裏の消しゴムで躊躇なく消した。
うーん…。いざ書けとなると、こういうのって出来ないもんなんだな。
するとふと、田中の書き込んでいる用紙が偶然にも目に入った。
すぐに目を離したが、名前ははっきり見えてしまった。
持木、高野。
一緒じゃないか!っていうか持木からは貰えないって言ったはずなんだけど…。
まさかこいつ、持木のこと好きで、どうしても貰いたいんじゃないか?
聞きたい。だけど、聞いたら見たのがバレる。
いくつものルールを作り、苦にすることもなく互いにこなしてきた俺達の信頼関係を崩すわけにはいかない。
今はそれについて考えるな。自分の用紙に名前を書くことだけに集中しろ!
…しかし、貰いたい人と言ったら、やっぱ一番最初に出てくるのは持木だ。
今までずっと貰って来たのに、今年からは貰えないのだと思うと物凄くショックに思える。
かといって書くわけにはいかない。とりあえず、俺等の中でも評価が高くフリーの女子を上から3人書いておくか。
佐々木、持木、米沢。…それなら5~6位まで挙げるのみ。
木村、高野、長谷川。となると、米沢、木村、長谷川の三人か。
そこからはあまり悩むことなく、その紙を投票箱になっている笹原の机の中に入れた。
「それでは結果発表だ。読み上げるぞ…。」
特に必要もないのだが、背筋に緊張が走った。
「持木、6人。
米沢、4人。
高野、3人。
木村、2人。
長谷川、1人。以上だ。」
「!?」
馬鹿な…。俺はちゃんと伝えたはずだ…。
佐々木からは無理だとみんな理解しているのに、何故持木だけ誰も諦めない…。
「なんで…。」
俺は自然と声を漏らしてしまった。
「春登…。これから何のために作戦会議をするか分かっているのか?」
田中が俺にそう言った。
分からない。可能性がある女子から貰うために計画を立てるんじゃないのか…。
「…俺は何か間違ってるのか…?もしそうなのであれば、教えてくれ!」
「馬鹿野郎!!」「バシッ!」
田中は凄い形相で俺の右頬を思いっきりぶった。
「な、何を…。」
「今のお前は何をやっても成功しない…。義理チョコも絶対に貰えない!!
そんなに意思の無い奴は俺等の脚を引っ張るだけだ!今すぐ自分の席に帰れ!!」
ブンと手を振って、俺の机を指差した。
何を言ってるんだ。なんで俺をぶった。
それにお前はまだ知らないだろうが、俺は高野から貰えるんだ。まだ一個も解っていないお前らとは違うんだよ。
ふざけやがって…。もう田中の顔なんて見たくもない。こっちから出て行ってやる。
一時の怒りに身を任せ、俺は自分の席へと帰って行った。
一体何なんだ。どうしてここまできて上手くいかない。
全てに対しいらつく。肩の力が抜けない。
間違っていた?俺が?勘違いしてんのはお前らの方じゃないか。
やらないと言った人間から貰おうとするなんて、図々しいにもほどがあるだろ。
むこうの話が気になって、情けないと分かりながらも聞き耳を立てた。
きっと俺の悪口で盛り上がっているのだろうと思ったが、俺の名前など一度も出てこない。
坦々と、挙がった女子の攻略法について語り合っている。
今まであのグループの中にいたのかと思うと、自分が馬鹿らしく思えてきた。
遠藤が円陣の中から心配そうに俺の顔を見てきたので、急いで目をそらした。
すると今度は、女子グループで集まっていた持木と目が合った。
昨日の朝と同じ目をしている。今はその目が最高に気に食わない。
誰も周りにいないのに、俺は小さく舌打ちをして、机の上にうつ伏せになった。
その日はもう、考え事をしなかった。