Neetel Inside ニートノベル
表紙

恋愛上等小悪魔理論!
人外の者だけど、質問ある?

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予想に反して、罵倒は来なかった。
ただ、憐れむような眼で見られた。
俺としてはそっちのほうが応える。

暫く、傷つけるほどに無言の沈黙が二人を押し包んでいた。
俺のガラスのメンタルがそろそろ臨界点に達するころ、漸く悪魔が口火を切る。
「……最ッ低」
ぼそっと呟いてから、「契約――結ぶわよ」とそっけなく言われた。
ああハズカシイ。
悪魔はごそごそとポケットを探り、金色の何かを取り出して俺に渡した。
受け取ってしげしげと眺める。
「それは契約期間を決めるダイスよ」
「それってサイコロ?」
「ダイスって言いなさいよ」
うん、どっちでもいい。
正十二面体の面ひとつひとつに古めかしく装飾された数字が刻まれている。
単位は一カ月、と聞く。
何を考えるでもなく宙へ投げたそれは、きらきらと綺麗な弧を描いて落ちていった。
枕で弾んでベッドの下に転がる。俺はもぐりこんで面を平行移動し、薄汚れた豆電球の下に翳した。
「インチキしてないでしょうね?」
俺は肩を竦めて首を振った。小細工する必要がどこにある?
金色のダイスは、紛れもなく「1」を上にして鈍く光っているのだから。
要するに、という冷たい悪魔の声を思い出した。
要するに俺は、あと一カ月で死ぬ。
……。
「それで彼女、どっから連れてくるんだ?」
「あんまり応えてないのね」
俺の変わり身の早さに驚いたか。
「いや、別に死んでもいいっつーか。そこまで面白い人生でもないし。生への執着感は無い。」
達観してるだろ?とニヤッと笑いかけると本気で悪魔の気に障ったらしく、「こいつすっごい痛くて惨たらしい死にかたで殺したい!」と心底おぞましそうに吐き捨てられた。
すいません自重します。
「で、話戻していーか」
問うと悪魔はすごく嫌そうな顔をした。
俺悪魔のこの顔以外見たことない気がする。
それでも息を吸い込んで、悪魔は一気にまくしたてた。
「――あたしが、あんたと付き合うの!」
ぜえぜえと肩を震わせる悪魔。何だろう、もう俺が一秒たりとも同じ地球上に存在することすら全力で拒絶するような。
「……今、なんて?」
そういえば三秒くらい前に幻聴が聞こえた気がしておそるおそる尋ねると、本気で急所を蹴り飛ばされた。
部屋の隅までもんどりうって転がり、恨みがましい眼で悪魔を見る。
「……死ねッ!死にさらせ!」
悪魔は顔を真っ赤にして叫んだ。ようやく理解が追いついた。
俺が一ヶ月間、こいつと
「ひっ!なんでお前なんだよ!」
「悪魔の事情って奴よ察しなさいよ、あと死ね!」
何を察しろと。
「なにか御不満でも?」
考えるより先にぶんぶんと首を振った。
そしてまた深い沈黙。先ほどと違うのは、二人とも顔を赤くして息を荒げていることかな。
だって驚いちゃうよ。


「ひ、左手出しなさいよ」
俺は従順に手を差し出す。
「甲じゃないほうよ馬鹿じゃないの」
謂れのない中傷。でも俺は耐えてみせるよ。
手のひらを見せると、急に無防備になった気がして眼を伏せた。
「……っツ!」
悪魔は俺の薬指に、銀のナイフで傷をつけていた。
血が滴る。極彩色のそれに少し怖くなる。ああ、俺生きてる。
そして悪魔は、なんたることか黒い万年筆を俺の傷口に突っ込んだのだ!
額に脂汗が浮かぶ。叫びだしたいが、悪魔の真剣な表情に気圧されて何も言えない。
だから俺は、精一杯悪魔を睨みつけるだけで我慢する。
悪魔は俺の血をインク代わりにして、どこからともなく取り出した羊皮紙に何か書き始めた。
「ほら、血判」
血を見た所為か朦朧とする頭で、薬指を押しつけた。
それは一瞬淡く光ったのちにもとの赤色に戻る。
悪魔が呪文を唱え始める。意識が遠のく。

     

気がつくと、俺はベッドで汚い天井をぼんやり見つめていた。
などというありがちなシチュエーション。
「いつまで気絶してるのよ、起きなさい!」
ベッドごと揺さぶられる。
「……何だよ母さん……うぇ!?」
赤と黒の瞳が俺を覗き込んでいる。
「夢じゃなかったんだ……」
試しに呟いてみたベタすぎる言葉は呆気なくスルーされた。
「契約、終わったから」
悪魔は言い捨てて部屋を出て行こうとする。
「で、出るな!」
思わず俺は引きとめた。
「っはぁ?」
「夜は母さんに見つかるだろ!」
「えっあんた母親いたの」
「俺、引き籠ってんだよ!」
恥を忍んで叫ぶと、鼻で笑われた。
記憶の確認。確かに俺は、こいつを彼女にした、気がする。それにしては態度がアレすぎるんだけど。
「お前も服、着替えろよ」
俺の精神上良くない、とは言わなかった。殴られることが眼に見えている。
「だって持ってないし」
「じゃあ、明日買いに行けばいいだろ。……行こうぜ」
「はぁー!?」
思い切り小馬鹿にした声に、むっとするより恥ずかしくなった。
「大体私、あんたの彼女でもなんでもないから」
今度は俺が怪訝な顔を浮かべる番だった。
「ちょ、待てよ。契約どこいったんだよ!」
慌てて聞くと、「だってさー」
まだこくはく、されてないしー。
そう言って悪魔はふふん、と笑った。
弄ばれている。
「なっ……おま……っ!」
いやいや、それはない。というか引き籠りにはハードすぎるだろ……
「つっ……付き合ってください」
それでも持てる勇気を総動員してぼそぼそと言うと。
なぜか、怒られた。
「は?馬鹿にしてんの?何それ?その恰好で?情緒も何もなく?風呂ぐらい入ってきなさいよ!」
久々に悪魔の機関銃攻撃を聞いた気がする。
追い出されるように部屋を出た。

     

風呂に入るには、居間を通る必要がある。
夜居間を通るには、そこにいる人と接触する必要がある。
「……融?」
母親が、幽霊でも見るような眼で俺を見た。
基本母親が働いている午前中以外に部屋から出ないので、まあ驚くのも当たり前だろう。
「ふ……風呂……入るから」
俺は聞こえるか聞こえないかの声で返答し、そのまま通り過ぎようとした。
母が強張った笑みで「バスタオル、出すわ」とソファから立ち上がった。
膝から読んでいた本が滑り落ちる。
【引きこもりを治すには】
思わず足が止まった。
「……あっ」
開き癖のあるページが、俺に見せつけるように開く。
『我慢して、じっと見守ってあげましょう。きっといつか、』
なんでだよ。
くそっ。
俺って馬鹿。
おどおどと本を片付ける母を尻目に、風呂場へと直行した。
底なし沼に引き込まれるような、ぬるい温い罪悪感。
全てシャワーで洗い流してしまえ。




「お帰りなさい」
部屋に戻ると、悪魔はおとなしく漫画を読んでいた。
「さて、」
悪魔は無言で促した。
息を吸って、吐く。
「――俺と、」
付き合ってください!とやけくそに叫んだ。
それから眼を閉じる。
ああしまった、コミュ障の分際でこんなことお願いするんじゃなかった、

「ぷっ。……あはははは!!」
おそるおそる瞼を持ち上げると、悪魔が爆笑していた。
「あーもう面白すぎ。ムードも何もないし。あー、ははは」
しつれいな、と憮然としてみる。

「いいよ」
悪魔は笑いやめて、微笑んだ。
っていうと変だけど、要するに俺に向けて笑ってくれたってこと。
思わず頬が赤くなる。
「あー、思い出すだけで笑えるわ」
また笑いの発作。
お前、笑ってるほうが可愛いと思うよ――
……は、言わないでおこう。

       

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Neetsha