Neetel Inside 文芸新都
表紙

Wild Wise Words
ブルー

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 海面に向かってゆらゆらと上昇していく泡。光の点る潜水艦の窓。全身がでこぼことした魚がゆっくりと泳ぎ、ぱくん、と深海ザメの口に収まる。遠くにぼんやりと鮟鱇の提灯が見える。海底孔から吹き出た熱で周囲の海水が沸騰し、その温度に透明な海老が殺されていた。
 視線をそこから少し上げると、陸に近づいて棚になった場所からぶわっと広がった珊瑚が、赤と黄色の魚に突かれて底に底にと落ちていく。それを追うように1匹の鯨が、とてつもなく長い潜水を開始する。それは地上からの光を避けるようでもあり、その先にいる恋人に会いに行くようでもある。
 再び深海に目を戻す。薄暗い、陰気な世界だが決して心地の悪い物ではなく、そこに住む生き物は皆奇妙だが憎めない奴らばかりで、私はこの海が好きだった。
 ふっと目を開け、船の上に意識を戻す。嵐の予感はなく、至って平和な海上で、近くの島を視界に捉えながら銛をぎゅっと握り直し、再び目を瞑る。
 碇を投げ入れるように、意識だけを沈めていく。海水は味こそしょっぱくて辛いが、日光を蓄えた暖かさで私を優しく迎え入れ、この狩りを咎める事も無い。広い海のド真ん中で、私だけの孤独と向き合いながら、全身で海を満喫するのは人生における悦びの最高位であるように思う。
 泡の塊を顔面に受け、潜水艦が見えた。さっきからうろちょろしているどこの物かも知らない潜水艦だ。ちょっとばかり興味が湧いて、窓に近づいて中を覗いてみると誰もいなかった。良く見れば継ぎ目は錆付いて、動きもどこかぎこちない。幽霊潜水艦、とでも言うのだろうか。「お前も海が好きなのか?」と心の中で語りかけると、潜水艦はふらふらと更に奥にと潜って行ったので、その後姿を見送る。
 健康そうな内臓の見える透明な魚が、蛸に絡まれてその命を終えようとしていた。8本の足に掴まれば逃げる事は出来ず、かといってその目は助けを求めるようでもなく、既に諦めてむしろ幸せそうだ。更に目を凝らせば、極々微小な生き物達はもっと達観した雰囲気で黙々と小魚達に食べられている。
 ようやく私は今日最初の獲物を発見した。そっと忍び寄るように近づき、水面を見上げて位置を確認する。獲物の動きが止まる瞬間をじっと待ち、その時は来た。
 意識を一気に船上に戻し、息を止めて銛を海面に突き刺す。大量の泡をたてながら、摩擦で海を燃やしつつ、一直線に銛が獲物を目指す。手ごたえ、あり、だ。わざわざ見る事すらなく、銛につけられた縄にその確かな重さを感じながら、ゆっくりと時間をかけて引き上げていく。
 銛の先にいるのは、羽を広げたままの鷲だ。頭は白く、黄色いくちばしで、羽は濡れて血が出ている。しかしその鋭い眼はまだ光を失ってはおらず、野生のままに私を睨みつけている。「悪く思うな」と語りかけつつ、海面に浮かんでからは一気に引き上げる。
 船上に打ち上げた鷲に突き刺さった銛を丁寧に外し、傷に向かって金の粉を振りかける。この粉は黄金の心臓を砕いて作った特別製で、値段は張るが生き物の怪我には滅法良く効く。すぐに鷲は意識を取り戻し、ばたばたと羽ばたいた。あるべき者は、あるべき場所に。私はその鷲を大空に解き放ち、海底を優雅に飛んでいた彼の姿を褒めた。「もう沈むんじゃないぞ」とその偉大な翼に忠告するが、多分聞こえてはないだろう。
 狩りを再開する前に、金の粉が減ってきた事に気づく。そろそろ奴に会って仕入れなければならない。

       

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