19 潮騒
朝起きると波の音がしてどうしたのだろうと思ったら家の前が海になっていた。観察する。水面は灰色の空を映している、そして青色、空が晴れれば。私はしばらくして波を見ていることがとても苦痛になってきた。生き物ではないだろうかといういやな考え。あれはそういう意志のない機械じみた生物ではないかという考え。白く侵食されていくような気がする私の考え。その光景はかつて見たものと似ているような気がする。■■■と会ったときのような。
「そうだよ」と、見ると少年の姿の彼がいた。「オレはさ、これまでいろいろやってきたわけ。魔を祓い鍵を開け壊すべきじゃないものを壊し、監視し、鍵をかけ、休憩してなにかに火をつけてさ……料理しようと思ってもそれもままならないから難儀なもんだぜ。それで蛹が蝶々に羽化するみたいにオレは旅立たないといけないわけ。オレは結局、放浪者という運命に収束するんだ。それはすでに確かなことだよ。違いないだろ」
私はよく分からなかったが彼が行くというなら止められないだろう。
■■■は海の中を、波を掻き分けて進んでいく。「この先だ。こっち側に対して放浪したいってこと。こういう灰色の界面へ墜ちていくのはいい気分だよ。じゃあ■■■・■■■■・■■、なすべきことをなすんだ。そんなものはないのかもしれないが」
そして私は、風に舞って来た、破けた小説のページを拾い上げた。騎士の一団が馬に乗って旅立つ場面だ。私はその話を知っていた。彼らは竜を倒しに行くのだ。ところが全員焼け死んでしまう。確か。だけどそれとは違う話かもしれない。彼らは、■■■と同じく、放浪するために、旅立ったのかもしれない。そのために生まれてきたのかも……私が再度そのページを読もうとしても、それは虚空へと消えていた。
私がある日家のドアを開けると、大群衆が熱狂の中にいる場面だった。見ているだけで血圧が高くなりそうな。
私は彼らを見下ろす宮廷のバルコニーにいた。
どうやら私は革命を成し遂げた英雄という扱いらしかった。
革命党の党首である私と、脱党者の私が一つに収束したのだろうか。
困ったことに彼らは演説を期待していた。
民衆というのは犬だとか豚だとか言われるが私の感想は違った。
彼らは蟲だ。
手足がなく生白い盲目の蟲、地底に住まう蟲、湿って涼しい場所が好きな蟲の、大群である。
死肉を食らいつくしてあとは干からびるだけの。
そういう憎しみをそのまま述べたところ予想外にうけた。私は気づいた。彼らは別に内容などどうでもよくて、熱狂できるお膳立てをしてほしいのだ。
私は背後の扉を開けて家に戻った。
私は新しく仕事を始めることにした。花屋の店員だ。
白い花を売る。白い花だけを。
白い花だけを欲しがる人向けの花屋だ。
街は白い花で覆いつくされるだろう。