Neetel Inside ニートノベル
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テイルズ・オブ・オレガカク
07.精霊信仰者

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「ま、ラクにしてよ。深く考えずに」
「あ、ああ……」

 その精霊信仰者は、普通の冒険者のような格好をしていた。アージィの軽鎧に似たものをつけている。いま、アージィとカルナは「観察対象とは二人きり出会いたいから」ということで席を外してもらっている。
 診療所というより、少し物持ちな親戚の家のようなところだった。俺は絨毯のふかふか具合を何度も足で確かめながら、安楽椅子に座る信仰者と向かい合った。銀髪で、モノクルをかけている。

「アージィとは上手くやってる?」

 指先をくるくるすれ違わせながら、彼女――ミステルは言った。

「まあ、なんとか。時々ぶん殴られるけど」
「あいつは学者より格闘家のほうが向いてたからね」

 クスクス笑うミステル。そしてその視線がチラっと俺の手と、剣に注がれた。

「ふーん。凄腕の剣士だって聞いてたけど、本当なんだ」
「分かるのか?」
「ゴッツイ手をして何をおっしゃる。私も人の数は見てきたからね。苦労してきたまじめなお百姓さんか、修羅場をくぐってきた歴戦の剣士か、まァそのどっちかの手だよね」

 見せて、とミステルが俺の手を取った。道具屋が市場に出回ったマジックアイテムを見るような顔をしながら、

「で、眠れないんだっけ?」

 問診が始まった。俺は頷いた。

「ああ……ああ? いや、というか、すぐ眠っちまうんだよ」
「夜、眠ろうとして眠れないんでしょ?」
「昼間に寝ちまうとな」
「つまり眠れてないんだよ。三百年くらい前の皇帝にもいたなあ。一日に四時間睡眠を二回取るってやつ。軍議の最中に居眠りして、最後は島流しにされてたみたいだけど」

 ミステルは片眼鏡の奥の瞳をスゥっと細めた。

「……? 頭痛くなったりとかする?」
「ああ、たまにあるかな。魔物にぶっ飛ばされたりもするからそのせいかもしれないけど」
「今、痛いでしょ」
「ああ……ちょっと」

 なんか人と会ってる時に頭痛がするというのは、失礼な気がして俺はなかなか言い出せないのだった。ミステルは俺の手を放して、今度はこめかみに指を当てた。

「血脈が張ってんね。ドクドクしてる……」
「頭痛と眠り病が、関係あるのか?」
「魔法で呪われてたりするからね。ちょっと水飲んで」

 飲んでいいよじゃなく飲めと言うとは、変わった医者だなあと思いながら、俺はサイドテーブルの水差しから水をもらった。よく冷えていて美味しい。

「ぷはっ。ありがとう」
「礼には及ばん」ミステルはふざけた。
「水分はよく取ったほうがいいよ。といっても、旅暮らしじゃそうも言ってられないか。取りすぎても肝臓によくなかったりするしね」
「そうなのか?」
「肝臓は解毒する器官なんだから、悪くなったり濁ってたりする水飲めば疲弊するよ。煮立てた水ならほとんど大丈夫だけど。生水は飲むなって子供の頃に言われなかった?」
「ああ……どうだったかな?」

 最近では、村にいた頃のことは少し思い出しにくくなっている。半年間の過酷な旅暮らしのせいかと思っていたのだが、表情を少し険しくしたミステルはそうは受け取らなかったらしい。

「……。ふーん、剣士、剣士か……」

 ミステルは夢の世界にいるような顔で繰り返した。

「どうしたい?」
「え?」
「治したい? それとも、このまま様子見る?」
「そりゃ、治したいさ。パーティにも迷惑かけてるし、それに……このままじゃどの道どっかで死んじまうよ」
「なんとかして故郷に帰って家族に養ってもらえたりできない?」
「ちょっと待ってくれよ……そんな話になるほど重症なのか?」
「重症だね」ミステルは言い切った。わずかに開いた遮光カーテンから差し込んだ午後の日差しが、ミステルのブーツの先に届いていた。
「よくここまで辿り着いたと思うよ。病気もそうだけど、とても旅暮らしが出来る精神状態じゃない。寝ながら魔物、斬ったことあるでしょ?」

 あった。

「普通は死んでるからね、その時。それに生命の危険を理解しながら寝るってかなりヤバイ。三日徹夜してても、普通の人ならバッチリ目が覚めるよ。そこで眠るって何?」
「不安にさせるなよ……ビビってんだけど」
「ビビらせてんの。普通に田舎に帰って欲しいから」
「……もう、寝たきりになるのか? 俺は」
「というか、なった方がいい。でなければ、完全に治療するしかない」

 俺はミステルを見た。

「治療できるのか?」
「できるよ」
「じゃ、それをやってくれよ」
「死ぬかもしれないよ」

 ミステルは足を組みなおした。

「よく聞いて。君の心には今、魔物がとりついてる」
「……魔物?」
「精神を侵食する型の魔物。魔心とか、悪魔とか言われてる。それにとりつかれると、外科的な切ったり貼ったりじゃ治せない。精神魔術の結界を張って、誰かが君の『心の中』に飛び込んで、住み着いている魔物を倒すしかない……」
「……強いのか、それ」
「普通は倒せないね。私の記憶じゃ、この魔物に勝ったっていう話は聞かない。みんな最後は取り殺されてる」
「……怖いこと言うなってば」
「でも、寝たきりなら生きていけないこともない。ただ生きていくだけなら」
「…………」

 俺は当然、悩んだ。
 誰かに俺の心に入ってもらうっていうことは、そいつに生命を賭けてもらうってことだ。しかもいまだかつて誰かが倒したなんて話が流れてこないような強大な魔物に。そんなこと、易々と頼めるようなことじゃない。
 アージィとカルナの顔が浮かんだ。
 この旅を通じて得た仲間。村にいた頃の、牧歌的で、でもどこか冷たい、あの田舎にいた頃には得られなかったパーティ。あの二人に危険を冒せなんて、言えるか? 俺は言えない。
 でも、頼めなければ俺は死ぬ。
 俺みたいな素寒貧には、ギルドにクエストを依頼する金なんてない。普通の冒険者は雇えない。
 俺はうめいた。

「……どうすればいいんだ?」
「医者として、大地の精霊を愛するものとして、言わせてもらえば……」ミステルは言った。
「君は助けを呼んでいい」
「でも……それじゃ、二人に迷惑がかかる」
「かかっていい」
「え?」
「それが仲間じゃないの?」

 ミステルは笑った。

 ○

「……じゃ、宿に帰って、二人には伝えておいて。明日の夜、決行する」
「わかった」

 俺は立ち上がった。ミステルを見て、

「……なあ。俺の心の中にいる魔物って、どんな形をしてるんだ?」
「取り付いた魔心ごとに、いろいろ違うって聞くけど、私も実物は見たことがない。ただ……」

 机の上にある、御伽噺の本を手に取って、ミステルは言った。

「それは悪魔(ハイドラ)って呼ばれてるらしいよ」
「ハイドラ?」
「翼のないドラゴンのこと」

 俺は眩暈がした。
 剣士はいずれ、竜と闘う運命にある。
 ミステルの手の中の御伽噺には、いつでもそう書いてあることを、俺は知っていた。

       

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