クロカミとヤマガミ
記憶の欠片
最後に言われた言葉に、俺はショックを受けたまま帰ってきてしまった。
いや無理もないだろ、意味がわからない。
あの言葉の後も、会話にならない会話が続いた。
「死んでるって……あるわけないだろ」
「あるの」
「いやいや、生きてるだろ!」
「でも、あるの」
「いやだから人は死んだら……」
「──あ、る、の」
少女は呆れたようにため息混じりに、同じ言葉で返す。そしてどこへ向かうのか、黒髪を背にして歩き出した。
俺は呆然としていた。気づけば少女は随分離れた場所にいて、もう影にしかみえない。
呆れるのはこっちだよ、電波少女め。人が死んで生き返るわけないだろ!
なんて悪態をつきながらもあの少女は……まるで嘘や冗談を言ってる素振りじゃなかった。ただ事実を淡々と述べるドクターのようだった。
そんな時の俺ときたら、なんだか不思議と知りたくないことを言われたような気分で。
とてもその子の後を追いかける気にはならなかった。追いかけられなかった。
そして、自分自身と世界のどちらがおかしくなったのか分からないような気分で帰路についた。
「ただいま」
玄関に入ると恒例の言葉だけ口から出すと、怠惰な歩調で自分の部屋へと向かう。
途中にあるリビングでは妹、由紀(ゆき)がソファに横になったままで漫画をめくっていた。
挨拶が小さかったのか声には気づいてないようだ。しかし気配でも感じたのか、ちょっとこっちを向いてこう言った。
「あ、帰ってたんだ。おかえり」
そっけない言葉を発すると、また意に返さないかのように顔を漫画に向ける。
まあ、こいつも全く心配してないってわけじゃない。
親にも迷惑かけないようにと、大事じゃない雰囲気で両親に伝えて貰うように俺があらかじめお願いしていたからだ。
定期的な精密検査の件はあくまで退院後のケアとして通うという形で通院の許可を貰ってある。
この由紀からしても、大した症状もなく退院したっていう風に聞いてるはずだ。うん、そう思いたい。
「おう、ただいま」
まだ俺としても本調子じゃない、ショッキングな出会いもあったし。だから今はこれがベストの会話だった。
すぐにまた歩き出すと、軋む木の階段を登っていた。
俺は部屋について無意識にカバンを投げ出すとベッドに仰向けになった。
今度は知っている天井だ。ちょっと肌色に近いような材質不明の天井。
先ほどまでいた病院に比べて小汚いけど、でも落ち着く。
気づいた時には夢の中に堕ちていた。俺はそこで変な夢を見た。
記憶の逆再生、いわゆるテープの巻き戻しのような感覚。
自宅のベットに倒れるところからアクロバティックに起き上がった俺は、物凄いスピードの後ろ歩きで景色を逆戻りする。
当然ながら現実では、自分の姿を自分で見れるわけがない。だから今見ているこれは現実を巻き戻す明晰夢のようだけど、完全なる空想だ。
そうして、シーンは俺が倒れていたところまで戻る。
夢の中の映像は等速再生に戻り、大粒の雨がとめどなく地面を打つ。
こんなイメージ見てしまうなんて、俺も随分疲れてるのかな。
そんなときだった、倒れた俺に近づく少女が独り。そしてその少女は、あの黒髪の少女だ。
よくできた夢だ。まるで気を失ってる間に、実際にあった出来事の流れを知ってるかのような。
そして夢の中で黒髪の少女は、俺の髪に触れたかと思うと、ふっと息を吹きかけたように見えた。
瞬間、俺の頭がちょっと光ったかと思うと、風が吹き荒れて少女の黒髪が凪いだ。
その光景はまるで、魔法のような──
そこでハッと目が覚めた。辺りはすっかり暗くなっていた。寝ている間に変な寝汗をかいたようで、枕は少し湿っていた。
母が帰ってきたらしく下からご飯が出来たよという声がここまで響いている。
凄い夢だったけど、まさか現実にあの黒髪の少女が魔女だったり黒猫だったりするわけがないよな。
◆
まだぼーっとした頭で食卓につく。
目の前には、いつにもまして無気力そうな俺を見て心配する母がいた。
「京、あんた大丈夫なの?」
「ん、ああ大丈夫だよ」
「そうは言ってもあんた、死んだ目してぼーっとしとるけど」
「大丈夫だって」
面倒くさそうに答える俺。
「そう……まあ今日退院だっていうから心配して早く帰ってきたんよ。」
「ん、ありがと」
感謝の気持ちは本当だ。言葉が少なくても伝わるだろう。
「まあいいけどね。じゃ、さっさと食べようかね」
気づいたら由紀も無言で隣の席に座っていた。
目の前には、温かさを物語る湯気が立ち昇る。そして舌なめずりしたくなるような良い匂い、肉々しさの感じるこれはハンバーグだ。
「「「いただきます」」」
家族そろっての食事。退院まで日が短かったとはいえど、久しぶりの食卓。
ああ日常は、非日常から戻ってありがたみに気づくんだなあと俺は干渉に浸っていた。
夜は11時。
俺はゆっくりと堪能した風呂からあがり、自分のベッドに横になるとあの夢を思い出していた。
夢なんて所詮は妄想だ。深い意味はないはずで、なにより全てが非現実的だ。
しかしそれに反して心の中では、あの夢を繰り返し繰り返し、まるで忘れた現実を思い出すかのように気にかけていた。
「あーもう!なんなんだよ!」
黒髪の少女。今は全ての謎が彼女に集中していた。
吐き捨てるようにいいつつ、一呼吸して頭に手を置くともう一度つぶやいた。
「一体なんなんだよ……なあ」
それは誰かに問うような、すがるような声で──
気づけばまた夢に堕ちていった。