世界が終わるとき
河童
「大変なことになったなぁ」
逆立ちをした河童が話しかけてくる。
心の中でチッと舌打ちをしながらも僕は無視をする。聞きなれたガラガラ声にいつも通りの姿。ところどころ薄汚れた緑色の肌、腰にはふんどしのようなものを巻き付けており、股間は見えないようにしている。背中の甲羅は思ったほど大きくない、変なデザインのリュックサックのように見える。
口元はくちばしのようになっていて、目は真っ赤で燃えるような色をしている。その眼球には僕の姿以外何も映っていない。頭には河童の代名詞ともいえる皿が乗っかっていて、その周りに黒いわかめのような髪が生えている。
幼い頃、尋ねたことがある。どうして逆立ちをしているのかと、
彼はこう答えた。
「僕のいる世界はいつも晴れで、頭を上に向けていると皿が熱で割れてしまうんだ」と
皿が渇いていると死ぬというのは、少なくともこの河童については適用されないらしい。
コイツは何か
いわゆる幻覚という奴だ。
僕にしか見れないし、声も聞こえない。ここ数年、僕はこいつ(とレインコートを着たサル)のことを無視するようにしているのだが、こいつは僕が見ていることを知っている。だから気にせず話しかけてくる。
コイツはいつから見えるようになったのか。
彼女と出会ってから、こいつらは僕の世界に面倒ごとを起こしてくる。
この河童の目的は分からない。正直、ただうざいだけだ
昔は違った。
僕にとってこいつは数少ない話相手だった。
でも、ただの幻覚に過ぎないとすぐ気が付いて、それからは基本無視をしている。
しかしこいつはめげない。
朝になると起こしに来て、昼ご飯を食べてくると「旨そうだな」と言って来る。夜はお休みといい、僕が寝付くと同時に消える。まるで面倒な親みたいな印象を受ける。だが違う、こいつはただの幻覚だ。僕に話しかけてくる。非常に面倒な存在なのだ。
「…………」
ここにサルがいないことを幸運に思う。
サルは河童より出現頻度は低い。しかし、現れることには毎日のように現れる。こちらの場合、河童とはまた違う特性を持っているのだが、それについては現れた時にでも話そう。
僕は何も聞こえないふりをしながら教室に向かう。
非常に嫌な予感を抱きながら。
「しかしこんなことになるなんてな」
「…………」
「面白くなってきたじゃないか」
「…………」
「お前はどう思うんだ」
「…………」
「やれやれまただんまりか、面白くないこった」
その言葉を最後に河童はフッと消えた。
一瞬の静寂。
心の平穏が訪れる。それだけが数少ない救いだった。