Neetel Inside 文芸新都
表紙

土の中
第10話 凪の日

見開き   最大化      


 お父さんが買ってくれたスマホは、わたしを外の世界へ連れて行ってくれる特別な板だった。
 なるべく一人になりたい今の気分とスマホはすごくマッチした。わたしは放課後や土日になると、人の目を逃れるように学校の屋上に出てスマホで文字を並べていた。土日は通常の出入口は施錠されているけれど、一箇所だけ施錠されていない扉があるのだった。
 お父さんからもらった自由律俳句の本は何度も読み返したし、そのシリーズの続きも学校の図書館にあったので借りて読んだ。わたしはすっかり自由律俳句のになったし、ただ読むだけではなく“詠む”をしたくなった。ただ、自分で上手く詠めるかは分からない。やったことがないから。五・七・五の縛りがなく、季語もない。名前のとおり自由な句だけれど、だからこそ悩んでしまう。思えばわたしのここまでの約十三年間は何かに縛られ続けてきたようなものだ。そこから自由になるというのは──。
 誰もいないから声に出しても良いのだけれど、まずはスマホのメモ帳に打ってみようと思った。
【風もなく青い空】
 ……本に書いてあるのとは、何かが違う気がする。本当に、今見上げた風景をそのまま文字にしただけだ。今日は空が雲一つなく晴れ渡っているし、風も全く吹いてこない。屋上昇降口の屋根に隠れて避けているが、陽射しも相当強い。
【太陽から身を隠す】
 これもそのまま状況を書いただけで、全然自由な感じはしない。だけど、なんだろう……心地良い。たぶん言葉のリズムが大事なんだろうと思う。
 わたしは昨日の夜、本の作者が主催している自由律俳句の投稿サイトを発見した。月毎にテーマが変わり、誰でも投稿できるという気軽さが気に入った。優秀賞や佳作が十本ほど選出されるというのも、投稿意欲を掻き立てる要素だった。これに出してみよう、と決めた。出すためには、詠まなければならない。今月のテーマは『あした』──。
【見えないし想像できない】
【諦めることができそうもない】
【夢の色が薄い】
【頑張れと言われても困る】
【朝ごはんはパンがいい】
【考えているとおりにはいかないかもしれない】
【きっと帰りたくならない】
【塞ぎ込んでも終わる一日】
 わたしなりに考えついた『あした』について書き連ねて、投稿フォームから送ってみた。賞を取ることはきっとないだろう、と思いつつ、心のどこかで取れたらいいな、とかすかな期待を抱くことは止められなかった。
 わたしは立ち上がって、歓声が響き渡るグラウンドを見下ろせる位置まで歩いた。女子がサッカーをしている。その群れの中には、一年生にしてレギュラーになったと聞くちゃんがいるのだろう。部活が充実してていいな、と思う。ここから見下ろしている分には胸が苦しくならなくていい。あんなに充実しているならわたしになんて構わなくてもいいのにな。

 七月になって毎日暑いのに、家では誰もエアコンのリモコンに手を伸ばしはしなかった。わたしと母親、そしてお父さんはそんな中テーブルに集まり、真面目な顔をしていなくてはならなかった。
 二人は目も合わせない。話がまとまりつつあるのだという。
「……すずねちゃんは」
「すーちゃんは」
 それなのに発声が同時になって、もしかしたら仲がいいんじゃないの、と軽口を叩こうかなと一瞬思ったが止めておいた。正解だろう。
「どっちについてきたい?」
 結局母親が主導権を握ったようだった。そう言われても、困る。
「……そう言われても、困る」
「……そうよね、いきなり言われてもね」
「これまではパパとママの間で話してきたんだけど、大事な話だからそろそろすーちゃんにも入ってもらおうということになったんだ」
「うん、わかってる」
「状況を説明するとね、ママとこの人は…………離婚をしようということになったの」
 いいよ、そんなに溜めなくて。そうだと思ってたから。わたしは言葉を呑み込んだ。
「それで、この家なんだけど──ママが住み続けることになったわ」
「パパはこの家を出て、駅前のマンションで暮らすことにした」
「この人からは毎月慰謝料のようなものは振り込まれるけれど、それだけでは足りないから、ママは今まで以上に“ESPとしての”活動に本腰を入れて、暮らしに困らないようにしていくつもりなの」
「……そういうことらしいよ」
 わたしは二人を見比べた、というか見定めた。親をこんな思いで見つめることになるとは、去年までのわたしは想像もしていなかった。だけど、わたしが中学校に上がる前後のタイミングで母親の活動がヒートアップしていくにつれてお父さんの目が死んでいくのは分かっていた。だから、ブカブカの制服に身を包んで以降はこういうことになる予感のようなものはあったのだった。
 二択問題は、あまり得意じゃない。わたしは、今こそ俳句を詠みたいと思い続けていた。

       

表紙

藤沢 先生に励ましのお便りを送ろう!!

〒みんなの感想を読む

Tweet

Neetsha