Neetel Inside 文芸新都
表紙

まほうつかい おんな レベル1
○月×日 ヴァレンタイン・レヴァンテイン

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 バレンタインデーと言えば。チョコレートを貰えない男のコの失意ばかりが取り上げられがちですけれど。でも、渡す相手がいない女のコというのもまた、なかなかどうして……。

 こんにちは、なかなかどうしてです。
 いえ、渡したい人が居るには居るんですが……。いかんせんばっちり音信不通、帰ってきやしません。かの人は今頃どこの空の下。推察するに、もう時期的に宿代をケチる段階じゃないのでしょう。
 それに、ここアリアハンは元祖セーブポイントこと王様のおわす場所までが無駄にお長いため、会いに行くのだるい……そんな裏事情もあるのかもしれませんね。まったく勇者に優しくない造りにしてくださったものです。ダーマが、入ってすぐなので人気高し?
 あとはイシスとか……。美貌の女王様が 「しんでしまうとは かわいそう!」 たいそう慈しんでくれるそうですから。恐らくは男性陣、もう鼻の下びよーん、です。それに引き換え、ウチの王様はと言えば、死者に向かって 「しんでしまうとは ふがいない!」。ええー……。これ、ちょっと引きますよね……。なんて暴言。そして冒涜。もはや暴君。こういうパーソナリティの人間が一国のトップなんかやってて大丈夫なんでしょうか。そのうち機が熟しちゃって、ついに暴動。あわれ亡命。なんてオチにならない事を祈るのみです。

 そんなこんなで、とにかく今私の手には行く宛ての無いチョコレートがあるわけなのです。
 これどうしましょう。いっそ道具屋の中に投げ込んでしまいましょうか? あそこのおじさんには、ある意味すっごくお世話になってますしね。新薬実験におけるモルモットの関係性で、とでも言いましょうか。
 うーん。でも、変な勘違いされたらイヤだしなー。中年と少女の、甘く切ない恋物語……とか夢を見られても困ります。心の底からノーサンキューです。
 ホントどうしよっかなー。誰にあげようか I Love You。
 ――とか言って。分かってるんですけど。自分が誰にあげるか、見え見えなんですけど。だってナチュラルに足が酒場に向かってる。はい。どうせルイーダおばさんです。どうせ。他に。ターゲット居ないもん……。
 なーんか私って、けっこうおばさん好きですよねー。ちょっと悔しい。



「はい! これ!」

 ぷりぷりしながら、ハッピーバレンタイン。

「何で怒ってるの。怒りながらチョコレート差し出す人初めて見たわよ」
「いやぁ。なりゆきで」
「……楽しい子ねぇ。あなた見てると飽きないわ」
「それより、開けてみてみて」

 私に促されるまま、箱を空けるおばさん。
 ……あーしまった。どうせならビックリ箱にしておけばよかった。ミミックみたいなやつ。今思いつきました。明らかに不覚。

「あら。上手に出来てるじゃない」
「でしょ! 手作りだー。褒めていいよ」

 箱の中には小さいハート型のチョコレートが四つ。それぞれが違う向きに、ハートの先っぽをくっつけるように並べてあります。
 そうです。これはすなわち全体で四葉のクローバーを模しているって寸法なのです!
 うんうん。我ながら会心の職人芸。なんてファンシィなのでしょう。

「それで、これチョコに何を入れたの」
「え。別に。何も。入れてないよ」
「なに、入れた?」
「なに、も?」
「……そうね。ええ。ポーカーフェイスは、だいぶ上達したわね。褒めてあげる。ぱっと見、嘘ついてるとは思えないもの。でも……」

 中の一つをひょいとつまみあげ、おばさんはとっても胡散臭げな瞳。「少し強引なんじゃない?」

「何でよー」
「チョコレートはこんな風に深緑色してちゃダメでしょ」

 バレちゃった。ちぇー。つまんないの。
 どうやら私のこだわりがここに来てアダになったようです。クローバーの再現度が高過ぎたか……。

「ごめんなさい」

 素直にペコリ、頭を下げます。

「まさか、バブルスライムとか?」
「ううん。それは無理だよ。だって勝てやしないもん」

 過去に一度発想しましたけどね。

「じゃあ、何を入れたらこういう食欲をまるでそそらない色になるのよ」
「えー、と。これがやくそう。これがどくけしそう。これはまんげつそう。これがざっそう」
「……なんか変なの混じったわね?」
「まんげつそうは変じゃないよ!」
「そっちじゃない」
「うん。ごめん。……でも大丈夫だよ。雑草きちんと洗っといた」

 ジョイで。しつこい油汚れもスーイスイ。です。

「そういう問題でもない」
「んー……。じゃあ今からおばさんに雑草の魅力を懇々と説くよ」

 雑草の秘めたる可能性を侮ってはなりません。
 1階で剛剣マンジカブラをも拾う幸運な冒険者にも、いつかはやがて必ずおとずれる苦境。どうしよう! おにぎりが一つも見つからない! そんな時。非常食となりて5%満腹度を回復してくれる。なんともありがたい底力を持つアイテムなのですよ。

「説かなくて良し。……まぁ、でも、もらっとくわよ。どうもありがとう」
「えへへ。どういたしましてー。ちゃんと食べてね」

 体には良いはず。たぶん。
 料理は愛情なのです。愛さえあれば味など二の次二の次。

「雑草以外はね。それじゃ、これは私から」

 そう言うと、おばさんは大きなリボンでラッピングされた箱をこちらに寄越しました。

「なにこれ」
「何ってチョコレートよ。手作りの」
「お返しにはひと月早くない?」
「早くないわ。今日はバレンタインで、私は乙女だもの」
「……へえ」

 おばさん、乙女にカテゴライズなんだ。へえ。
 そんなにわかに信じがたい事実はひとまず置いて。カウンターでバレンタインチョコレートもらってしまいました。これほぼプレゼント交換ですよね。仲いーな。おばさん私が好きなのかしら?
 さっそくリボンをするりするり。包みを解いて中を覗いてみましたところ、そこには生チョコレートがしっとりと、佇んでおりました。
 すごい。なんかパティシエ感漂ってる。いかにも口の中でとろけてやるぞ! と言わんばかりの柔そうな質感に、上品に振られたパウダー。たいへんお高くとまっています。うう、チョコのくせに……。
 急速に、私の繰り出した 『素材を生かした4種の草チョコ』 が、えらくチープに見えてきました。あれ? ついさっきまで会心の一作だったのに……。あれ、痛恨? あたかも高級ブランドチョコレートの前のロッテガーナミルクのようです。そこはかとなく、かませ犬。
 なにをぅ。大事なのは味ですよ、お味。見た目など二の次二の次。
 ではさっさくおひとつ。ぱくりと。
 ……うん。美味しいね。予想ついてましたけど。この甘ったるさが、ちょっと腹立つくらいに私のハートをがっちりキャッチしてます。……うん。勝負になんないね。
 まこと口惜しいことですが、おばさんはお料理の腕だけはプロフェッショナル。女のコ三大ウェポンの一つを、有しておるのです。くそう……。かなり悔しい。かなり美味しい。
 ま、お世辞にも女の“コ”ではありませんけどねー。むしろどっちかって言うと年の“功”でしょう。ぱく。
 心の中でそそくさと白旗をあげたのち、かっぱえびせんの精神に則って――やめられない、とまらない――チョコをパクリパクリ食していると、ふと気づくおばさんの視線。
 見てる。もぐもぐしている私のお顔を、じいっと見つめています。
 この熱い視線……やはり、惚れてるかな。

「なに。私、キレイになっちゃった?」
「あなた……もしかして最近太ったんじゃない?」
「なっ!」

 いきなりぶすりと言葉のブレイド。
 なんということを……。
 私がけっこう食べちゃったのを見届けてから、言う。そんな狡猾さ。もう悪魔的過ぎて恐れ入ります。人は、人に、どこまで残酷になれるというのでしょうか……。
 つまりこれはザキもどきです。この人はゆるやかに私の人生にピリオドを打ちにきています。やめて。クリフトのおかぶを奪わないで!
 しかしおばさんは一握の容赦もなく、追い討ちをしかけてきます。
 私の腕をむんずと鷲づかみにし、

「ほら。二の腕が。ふよふよ」

 きゃあああ。
 甘かった。これは、ちがう。ザキなどに決してとどまっていない、既に禁断バニシュデス。 きたない。掟破りの、死亡率100パー。きったない。もう息の根を止められざるを得ないじゃないですか……。よもや100%は死亡率ならぬ体脂肪率? いやあああ。
 魔剣の突き刺さった心に問いかける。もしもし? 生きてますか? 死んでいます。そっかー……。パタリ。
 
「――へんじがない。ただのしかばねのようだ」

 魂を失くしテーブルに突っ伏した私の残骸が、さだめられし言葉を発しました。
 「あらあら」 おばさんは飽きることなく私のむくろの腕をふにふにと蹂躙し続けています。「死んじゃったわ」
 ……紛れもなく殺人だよ。あまつさえおばさんの犯行だよ。
 おぼえてろー。絶対さまようたましいになって化けて出てやるから。毎晩枕元でまごまごしてやるから。

「でも、あなた元が細すぎるから。ちょっと太るくらいが可愛いわよ」

 お、ザオリク。

「だよねー」

 ぱく。チョコはおいしーな。
 そういえば、レムオルとザキで同じ現象は起こらないの?

       

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