Neetel Inside 文芸新都
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チョコ・レートチャートを私色に
あなたと私の行く先は 〜展望?〜

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 放課後。ともに部活に入っていなかったので、人があまりこない立入禁止になった屋上に出るドアの前で腰掛けて話を聞いた。
「佐藤さん、実は、その、お願いしたいのだけれど、私の投資作戦に協力して欲しいんだ」
 最初、彼女が何をいっているのかよくわからなかった。
 どこがどうなったら私に『投資』なんていう言葉を向ける気になるのだろうかと。
 話を聞いていくうちに、なぜ彼女がそう思ったのかがわかってきた。どうやら、日本史の授業中に答えたことが原因らしい。国外への金の流出という経済っぽい話がでたものだから、経済にくわしいと思いこんだらしい。私は懸命に否定したのだが「実際、経済に詳しくないとしても、鋭い感覚はもっている」のだそうだ。確かに、日本史も経済も大きくみれば社会について学ぶものだけれど、中身は欠片も一致しない。だって、投資で大もうけしている日本史の学者なんて聞いたことがない。
「えっと、買いかぶりすぎだよ、私なんてそんな」
 さらに否定を続けようとするが、彼女の目をいっぱいに潤ませた表情が許さなかった。いつもは自信を帯びた顔をくずして私をじっとみつめている彼女。一つの答えをまっているようだった。
 それならば答えなければならない。いや、答えたかった。
「わかった。協力する。力になれるように努力するわ。ただ経済には疎いから、どれだけ役に立つかわからないけど」
 私は力強く答えた。口にしたら、さっきまでの不安は霞のように消え去った。歴史上の人物が大きな決断をしたときはこんな気分だったのだろうか。
 すると彼女は、ぱっと明るさを取り戻した。男性をおもわせる彼女には似つかわしくない、女性的なかわいらしさに包まれていた。それが逆にいとおしさを強める。
「協力して頑張る仲なのだから、名前で呼び合わない? 私のことは『藍理』って読んでいいから、どう?」
 すこし柔らかくなった口調で彼女が訪ねてきた。もちろん、私は即同意。今まで彼女の名前を呼びたくても、はばかれてしまい呼べなかったというのに今、実現した。自然に顔がにやけて、口が半開きになってしまう。私は口元に注意をやる。
「いいよ。えっと、藍理、さん。私のことは眞歩って呼んでいいよ」
 すると彼女、藍理は嬉しそうに、眞歩、と小さくつぶやいて頬をほのかな朱に染めた。
 うわぁ、こっちまで赤くなっちゃいそう。そんなもんじゃあない、血液の巡りが速くなって異常なほど元気になりそう。
 ところで、何をすればいいのかまだ聞いていないような。
「じ、じつは、バレンタインのことなのだけど、投資しようと思って。協力してくれない?」
 藍理のいうことは要領を得ていない気がする。こういうことは明治政府みたいに筋道をたててやらないといけないと思う。明治政府は中央集権国家を作るために、幕府が倒れたあとも残っていた藩を版籍奉還から廃藩置県と手順を踏んで政府の下におさめた。だから、手順を踏んで説明してほしい。
 私がそう伝えると彼女は言った。
「バレンタインにそれらしい男性にチョコを渡すだけで、ホワイトデーに大きなリターンが期待できるらしいんだけど、少ない投資ではじめられて年齢制限ないからどうかなって」
 どこで仕入れた情報だろう。藍理が出すにしてはあまりにも心許ないものだった。
でも耳まで真っ赤にして話す藍理をみていたら協力しなきゃと思った。
藍理が形だけとはいえ、男の子にチョコを渡すという事実は何か心につっかえるようないがらっぽさを感じた。
「う、うん、いいよ藍理」
 藍理は私の気持ちなんか知らずに、これからさきの投資に夢中のようだった。
「さっそく、チョコを買いに行こう」
 いきなり藍理が立ち上がってそう宣言したのには驚いた。だって、まだあげる相手もきまっていないのにチョコを買うなんて普通ありえない。
ただ、藍理によると、投資は資金(元手)がなければはじまらないので、一にも二に資金を準備することが必要。今回の投資(?)の場合、資金は自分の存在とチョコレートにあたり、株式や投資信託など資金運用方法はチョコを渡す相手となる男子なのだそうだ。
私は反対をするつもりはなかった。今は投資に夢中な藍理の流れになっている。こういうとき、下手になにかしても話がこじれるだけだ。日本史でも、有能な人が時代の流れに乗れず、自分の能力を発揮しきれなかった悲劇の人物は多い。だから、今は藍理の好きにしてもらう。そんな姿を見ていて楽しいから。
ちょうど放課後ということもあって、そのまま二人で買いに行くことにした。

     

 学校近くの駅から電車で三駅いって、そこから数分あるいたところにあるデパートでチョコを探すことにした私と藍理。さっそくチョコレート売り場に乗り込んだ。
 バレンタインが近いこともあって、売り場は学校帰りの学生や会社帰りのOLたちでにぎわい、人に触れないように歩くのが難しいほどの混雑ぶりだ。もたもたしているとチョコ選びに時間がかかるだろう。ここは素早く動くべき。私は人の少ないところまで藍理と移動して聞いた。
「ねぇ藍理、どんなチョコにするか決めている?」
「どうやって選べばいいかな」
 どうやら細かいことは全く考えずにチョコを買いに行こうといったみたいだ。少しだけ困った表情を浮かべる藍理を見ながらため息をついた。私に頼られても困る。だって、チョコなんて家族以外にわたしたことなんて一度もない。とはいえ、藍理をこのまま放置することもできない。
「そうだ、売れているチョコがいいんじゃない。売れているってことは人気があって喜ばれそうとみんな考えたものだから」
 無難な答え。平凡の道を歩んできたはずの私が思いついたもの。
「ああ、それがいいかもしれない。さすが眞歩だね」
 無邪気な子供がそのまま大人になったような表情で同意してきた。私はゆっくりと深呼吸して、女たちがひしめく季節限定の戦場へ突撃を開始した。私の後ろを藍理がついてくる。私より体格がいいだけあってこういうとき便利だろう。女性の波にのまれることなく、しっかりついてきている。私はしっかり波を見て注意していないと、たちまち流されてしまいそうだ。
 私は売り場を歩きながら見ていく。すると何となく傾向が見えてきた。大手菓子メーカーのブースに人が集まっているようだ。なんでもカカオ含有量を増やした生チョコを売り出し、人気を呼んでいるらしい。高カカオチョコは、これまでのチョコにないビターな味で身体によい成分が多く入っていることが人気らしい。大手菓子メーカーが手頃な価格で売り出したのが決定的だったという。
 思い出したように後ろを振り向くと、藍理が私に目配せしてきた。どうやら、藍理も私と同じ結論に至ったらしい。私たちは人並みをかきわけるように大手菓子メーカーの売り場へ向かった。
 藍理はそのまま最初に見つけたチョコを買った。
男の子にあげるチョコを買う藍理。
 私は背を向けてみないようにした。
 デパートからの帰り、私は積極的に藍理と話しようと思えなかった。

       

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