住宅マンションの屋上に借りた駐車場、そこに車を止めると、
俺は走り出しそうになる足を必死に抑えながら部屋へと戻った。
ベッドの上に上着と仕事の鞄を放り投げると、急いでテレビの前に座る。
テレビは画面がかなり小さく、しかも妙に厚みがあって、場所をとっていた。
昔はブラウン管テレビと呼ばれていたらしいが、今では殆どお目にかかれない。
俺もこんな骨董品を買い集めている訳じゃあなかったが、VHSテープを見るには、
ビデオデッキと、その接続端子を持つこのデカいブラウン管テレビが必要だったのだ。
もちろん値段も結構張る。全部揃えるのに俺の給料の半分は飛んだ。
ビデオ屋の店主が商品の内容を知らなかったのも、それらを買う金が無かったからだ。
まあ、問題は金だけでは無いんだが………。
俺はテープを取り出すと、慎重にデッキの中へと差し込む。
昔一度、赤い丸のボタンを押したがばっかりに、ビデオが駄目になった事があった。
良く原理は解らないが、赤い丸のボタンを押すと、映像も音声も無くなるらしい。
テープの内容を初期化したり消去したりする為なのだろうか?
しかしなぜそんな大事なボタンを、こんな紛らわしい形にするのか。
間違えて押してしまったら取り返しがつかないだろうに。
俺はボタンを決して間違えない様に、三角を確認し、押し込んだ。
独特の白と黒の帯が数本現れた後、一瞬、ノイズの様な音が走る。
音の方は携帯の電波が酷い時に似ていた。同じ構造なのかもしれない。
キュルキュルとデッキがテープの磁気テープを巻き取る音が数秒すると、
パッと画面が水色になり、次いで軽快な音楽が鳴り出した。
『会いたいな、会えないな、切ないな、この気持ち』
「お、おお………初めて見る子だ………」
俺は画面に映し出される白い帽子を被った茶髪の女の子に、思わず息を呑んだ。
総合防衛杖を持ちながらクルクルと踊るように舞う姿は、まさに天使の様だった。
ちなみに総合防衛杖とは、俺が勝手に名を付けた物だが、この可愛らしい少女みたいな
タイプが良く持つ武装で、どうやらレールガンや火炎放射器など、当時の最新武装が
多く詰め込まれていたらしい。非戦闘員でも簡単に扱える品物だった様だ。
さらに指紋照合機能までついており、当人以外の使用は不可能。
現代でも通用する様な軍事知識に、さすがの俺も脱帽である。
『だってー、だってー、翼、広げ二人はー』
「く、黒い髪の子も居るのか………凄いな………」
と、そこでキュルキュルと音がして、映像が止まった。
『ユニゾンし―――』
「くそ!もっと見せろ!」
俺は後ろの端子接続部分をつなげ直したり、ビデオを出したり、
後ろの磁気テープを手動で巻いてみたりした。
しかしどうやら、この動く絵はここまでしか映像として残されていない様だった。
「くそ!普通なら後三十分ぐらいはあるだろう!
もっと見せろよ………ユニゾン………くそ!」
俺は怒りのあまりに、取り出したテープを地面に投げそうになったが、
グッと堪え、テープを棚に戻した。棚は、下から三段目がテープで一杯になり、
これでちょうど九百本のテープがここにある事になる。
しかしそんな記念すべき記録も、こんな事があったんじゃあ、祝いもできない。
残り二本も同じ様な感じだった。最初の歌の途中や、その次の広告映像で終わっている。
俺は溜まっていた疲労が一気に溢れ出すのを感じ、ベッドの上にあった荷物を床にのけると、
自身の体をそのままベットに落とす。心地よい虚脱を感じていると、直ぐに睡魔に襲われた。
抗う事無く、俺はそれを受け入れる。