Neetel Inside 文芸新都
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永遠の如月
最後の五日間、そして(ハルカ)

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 人間の世界には「パソコン」というものがある。膨大な量の情報を取り扱う仕事においては、サーバーにその情報のデータを保存しておき、クライアントとなっているパソコンからIDとパスワードを使うことにより、内部の人間ならば誰でもデータの管理を行えるようにするのが効率的だと言える。
 最近、私の仕事場でも同じようなシステムが導入された。下界で見かけたものとほぼ変わりない外見の端末が、オフィスに並んでいる。
 もちろん内部構造は全く違っていて、人間の理屈では説明できない技術が使われている。
 こういった技術はこの世界のあらゆるところに利用され、俗に「魔法」と呼ばれる。
 私はあまりこの呼び方が好きではない。というのも、弥生から聞いた人間の言う「魔法」の概念とはあまりにかけ離れているからだ。
 確かに超常的な力がこの技術には利用されている。だがその実態は彼らの想像よりももっと工学的なのだ。
 とにかくひとつ言えるのは、人間の運命を書類化して手書きで追記や修正をしたり、データベースのものと差し替えたりしていた頃と比べて格段に仕事の効率が上がったということだ。
 常々思うことだが、この世界は人間界の技術や体系から着想を得たもので溢れかえっている。
 ここはまるで下界の役所だ。だから私は助に自らを公務員のようなものだと言った。この世界に住む他の神たちは、公務員という概念すら知らない者も多い。
 人間界の後を追うように進歩してきた世界を見て、そして人間界を見て――ヒトが先か、それとも神が先か……そんな疑問が生まれた。
 ここでは、ヒトの世界はあらゆる面で神の世界に劣っている、と誰もが言う。
 誰もが、人間の世界に降りることは最大級の屈辱、恥辱、罰だと思っている。自らが人間ではなく神であることにしか価値を見出せない、そんな世界。
 しかし、もし下界で暮らしていくことになっても、私はそれほどの不自由を感じないだろう。むしろ、ここで息苦しくて、重くて、キーボードのタイプひとつで誰かが死ぬような仕事を続ける方が苦痛かもしれない。
 私はキーボードを使って、データベースにある彼の運命を改竄した。
 ――少し、仲良くなれたと思ったのに。
 こうしてまた一人、神の手慰みに付き合わされるのだ。私はそれを嫌って、弥生の側に降り立ったはずだったのに。

 下界の様子……いや、弥生たちの様子が気になる。
 直接会うわけにはいかない。それでも、私はじっとしていられなかった。

 二月の街の人通りに、神が一人紛れ込む。ここ数日、厳しかった寒さが和らいできているようだ。
 この世界を……この街を見て回りたかった。
 ループから解放された弥生は、私のことを忘れてしまうから。生き返った助も、何もかもを忘れてしまうから。
 そして、やがて……私も忘れてしまうから。
 手続きが終わった後の記憶の扱いについては、助に何も教えていない。
 それでもきっと、彼は気がついている。
 沙織さんが死んでしまうのを回避するだけなら、事故の起こる当日に外に出なければいい。それを必死になって、沙織さんの心をケアしようとしている。
 後悔していることをやり直す……彼はそう言っている。確かに、それも理由の一つかもしれない。
 ――でも、一回目の二月と違う行動をとれば、自分が生き返れなくなってしまう可能性があるのに?
 記憶が残っている状態で沙織さんの命を助けるだけなら、そんなリスクを冒す必要はない。
 そもそも――……沙織さんを助けるということ自体が、運命を改竄する行為に当たるというのに。
 手続きが終わった後の運命を変える人間が出てこないよう、記憶を消してしまうのは当然と言えば当然なのだ。
 
 洒落た街並みに、通りに向けて大きなガラス窓をはめ込んだ店が立ち並ぶ。
 そのショーウィンドウの中には、行き交う人々の注目を集めようと、流行の服を身にまとって必死にポーズをとっているマネキンが居たり、少しでもいい所有者に買ってもらえるよう、自らの輝きを誇示する宝石が並んでいたりする。
 私は一人、街を行く。
 人通りが孤独感を倍増させる。
 そして、こう思うのだ。
 ――こういう街で、人間として暮らしてみたい、と。

       

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