Neetel Inside 文芸新都
表紙

落下
2-C

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 唐突に放たれたジャブをガードし、ほっとしたのも束の間伸びてきた両手が胸元当たりを掴み、派手に背負い投げを食らう。ドコッ、と派手の音と共に一瞬体が浮いたところにローキックを入れられ、地面に無様に転がった。
 転がるように起き上がり、僕は大振りの回し蹴りを放つ。相手はそれを見透かしているかのようにしゃがみこんで交わすと、体勢が崩れているところを狙いタックルをかましてきた。くの字に体が折れ曲がり、自由を失う。当然相手がそれを見逃すはずなく、あざ笑うかのようにストレートを打ち込んでくる。上半身がのけぞる。激しく火花が飛び散り、それが消える間もなく追い討ちをかけるように素早くフックをもらい、最後に足払いによって再び地面に転がった。僕は諦めて、飛び上がり拳を打ち込もうとしている姿をぼんやりと見送る。
 ――K.O!
「あああああああああああ」
 僕は筐体の画面に表示されたその文字を見て、僕はレバーを握り締めたままその場で身悶えた。目の前ではどう見ても非力そうな女キャラクターが勝利を喜ぶように飛び跳ね、倒れている僕のキャラクターを見下ろしている。
 放棄されたゲームセンター。今僕はそこで一人ゲームに興じていたところだった。と言うか初心者の僕は唐突の乱入者によって、上達を感じる間もなく既に五回無様に倒れた姿を拝む羽目になっている。
 毒づきながら、もうこの格闘ゲームをするのはやめたほうがいいだろうと立ち上がり、一体対戦相手はどんな奴だったのだろうかと、裏側へと回り込んだ。相手も諦めた僕の姿を目で追っていたらしく、目が合う。そこには小さな椅子が可哀想と思えるような巨漢の男が座っていた。だがその殆どは脂肪と思われる。いかにもオタクと言った感がある男のレバーを握る手元には既に十枚ほど百円玉が重ねられており、僕は慌てて目を逸らした。五百円で諦めたのは正解だったようだ。奇跡的に勝てていたとしても、あの様子では彼と延々対戦をする羽目になっていただろう。
(つか嫌味か? 俺に対する嫌味か? その十枚すら崩す必要ないぞ、と言う俺に対するアピールか?)
 被害妄想を頭の中で繰り返しながら僕は、小休憩しようと自動販売機でジュースを買い、誰も座っていないベンチに腰掛け喉に流し込んだ。
 店内は僕には意外だったがそれなりに人の姿があった。よく見受けられるのは今まであまり暇がなかったと思われる社会人の世代の人達だった。三十代だろうと思われる人がテレビゲームだったり、パンチングマシンやガンシューティングゲーム、取ってどうするつもりなのかUFOキャッチャーなんかも――中にはガラスが割られ商品が盗まれているのもあったが、本当にどうするつもりなのだろう――人気のようだった。どうせお金なんて無用なので、この際やってみたかったものを全てやり尽くそうと言う事だろうか。僕は店内の中央付近に設置されたカウンターの裏側に大量に置かれてある安っぽい灰皿を拝借すると、あまり人気のない、乱入もされないだろうと思えるゲーム機へと向かう。百円を入れると効果音と共にゲームが始まった。咥え煙草のまま僕は導入画面を眺める。画面にはゲームの世界でのお姫様が「さぁ! 世界を救ってください!」となぜか笑顔で懇願していた。世界を救うまで一体僕の何百円が犠牲になるだろうか。
 僕は目の前に現れる敵を、ひたすら倒す。
 倒す。
 倒す。
 倒す。
 店内はゲームの効果音があり、かなり騒がしい。だがその中に人の笑い声なんかを探すのは少し難しいようだった。本当にこの状況にいたってもゲームをしたいと思っているような人はそもそもゲームに集中しているから、大して会話で盛り上がる事などないし、なんとなくやってみたかったからやってきたと思われる人達は、やはりこうやって実際に遊んだからと言ってそんなに気分が盛り上がるわけでもなかったし、一番騒がしいのは先程の僕のように、問答無用でボコボコにのされた不良が対戦相手に派手にクレームをつけている時くらいだった。
「ふざけんなよ、てめぇ!」
 僕の背中の右後ろからそんな声が聞こえる。怒声が含まれているが、僕からはやや離れたところのようだった。聞こえてくるのは一人だけなので、おそらく詰め寄られている側は、なにも言い返せずにいるのだろう。チラリと振り返ってみるが僕の座っている場所からその姿は見えなかった。その間も喚き声は続いている。店内の雰囲気がそこを中心として侵食するように、暗いものが広がっていく。誰かが「帰ろうよ」と言い、それに追随するように何人かが立ち上がり出口へと向かっていった。
 僕は、視線を画面へと既に戻し、また敵を倒す作業へと戻る。
 倒す。倒す。倒す。
「もういいじゃないですか!」
 先程の不良よりも、大きな声。その声は澄み渡っていて、詰め寄られて興奮して思わず吐き出るような慌てふためいたものではなく、はっきりとした意思を込めたものだった。
「あぁ!?」
「そこまで言う事ないでしょう!?」
「お前関係ねーだろ!? あぁ!」
 話を聞いているとやはりようやく現れた仲裁者のようだった。僕は頭をかいて咥えていた煙草を取ると灰皿に押し付ける。そうしている間に僕に操られているだけの勇者は、全く身動きを取れなくなり、哀れに敵の攻撃をくらい死亡した。あらかじめ用意していた小銭を追加せずポケットへとしまう。世界を救うことは残念だが出来なかったが、違うものを救ってやる事にする。なおも続く言い合いの方へと僕は立ち上がり向き直った。我ながら面倒事には関わりたくなかったのだが、しょうがない。なんせ、仲裁者の必死の声に僕は聞き覚えがあるのだから。
 歩き出し、筐体を右に曲がったところでその姿を目撃する。周囲には見て見ない振りをしきれない、幾つかの好奇の視線がそこへと注がれていた。どうやら不良は二人組みのようで、絡まれているのは中学生くらいに思えた。彼は心底恐怖しているらしく、座ったままの姿勢で固まっているが、まさか中学生に絡んでいるとは思わなかった。そして不良二人に対峙している一人の男の背中に向けて僕は近づく。
「もうやめてあげて下さい」
「うっせーよ、どけよ、てめぇ」
 と言うのと同時だった。不良の一人が顔面を殴りつけていた。彼は殴られる事を想定していなかったわけではないと思うが、殆ど身動きできずにもろにそれをくらい後ずさる。更にそこにもう一発腹に入れられふらついた。まるでゲームで成す術もなかった先程の僕のようだが、現実の痛みは同じようには軽くなかった。
 僕は少し足を早め、彼の背中に手を添える。動きの止まった体が僕の方を振り向いた。
「大丈夫? 小林」
「や、柳君!?」
 クラスメイトの小林岳が驚きながら、僕の名前を呼ぶ。哀れにも左頬が赤くなっている小林を見て僕は溜め息を吐いた。
「お前、相変わらず人がいいのな」
 それだけ言うと小林から離れ――さすがに支えていないと立てないと言うほどでもない――不良へと向き直る。
「もう、勘弁してやってよ。ここまでやったんだからいいじゃん」
「んだ、お前、お前も殴られたいのか?」
 手を出して余計興奮しているのか、もう後にも引けなくなったのか、二人が引き下がる様子はなかった。僕は面倒くさいなぁ、と思いながら続ける。
「お前、こんな中学生に負けたくらいで一々きれんなよ、大人げねーなー」
「うっせぇ!」
 唾が飛んできそうなその剣幕を見て、口で言っても無駄だろうと僕は説得するのを諦めた。
 不意に殴りかかられないように視線はそちらへと向けたまま、僕はすぐ傍にあった椅子へと手を伸ばす。それに気付いた二人が身構えたが、僕は気にせずそれを掴むと、瞬時に抱え上げ、振り降りした。ガツン、と派手な音と共に、筐体のディスプレイが粉々に割れる。「え?」と面食らったような台詞と表情を浮かべている不良を無視して更に何回も勢いよく振り下ろす。配線が切れてしまったのか、映像が途切れ真っ暗になり、外装も無様にへこんでいく。僕は最後に今まで以上の勢いをつけ、そして椅子から手を離した。筐体のど真ん中に一際派手な音と共にぶち当たり、椅子が転がったところで、僕はようやく不良へと視線を戻す。二人は僕に気でも狂っているのか、と言う目をしていた。もう一度椅子を拾う。肩の辺りまで持ち上げる。
「もう許してやってくれない?」
「……分かったよ」
 二人はそう言って僕達に背を向けると出口へと向かっていった。僕は彼らが出て行ったのを見送ると椅子を戻し、中学生と小林の方へ振り返る。
「大丈夫だった?」
「…………」
「…………」
 返事をしない二人に、参ったなぁ、と頭をかく。
「柳君」
「お、おう」
「ありがとう、と言うべきなんだけど、ちょっと……やりすぎじゃないかな。君、大丈夫?」
 俺には返事をしなかった中学生が小林に「はい」と頷く。さすがに俺も助けてやったのは誰だ、なんて言うほど子供ではない。それになにより、誰よりも最初に助けの手を差し出したのは他でもない小林だ。
「まぁ、収まったし、よしとしようか」
 苦笑、と言うより、困ったような笑いを俺に向けて、小林は微笑んだ。どうやらこれ以上俺を責める事はやめてくれたらしい。さすがはクラス一のいい人小林だ。
「ありがとう。助かったよ。正直僕一人じゃどうしていいか分からなかったし」
「いや、いいって。気にすんなよ。殴られたとこ大丈夫か?」
「うん、大して痛くはない。大丈夫だよ」
 だが、少し腫れてきている左頬を見ると、強がりにも思えた。彼はいつも自分の苦しみを笑顔で受け流す。それはとても俺には真似できない。人徳、とか懐の深さ、と言うものを体現しているのが彼なのだ。
 僕は相変わらずだな、と全てを許して貰えるような気がしてくる微笑を見る。
 周囲の視線がすっかり落ち着いてしまった事を確認したのか、少しずつ離れていく。僕達は近くの椅子に腰を下ろした。
「一人?」
「そう、ちょっと時間潰そうかなって思ってさ」
「これからなにかあるの?」
「いや、学校に行こうと思って」
 僕のその言葉に小林が「あぁ。メールの」と頷いた。
「僕もちょうどこれから行こうと思ってた」
「そうなの? じゃあ、一緒に行く?」
 時計を見る。日付は八月三日。午後三時。昨日麻奈を送ってから家に戻り、メールをすると晶は既に学校で寝泊りしていると言う返事が返ってきた。『康弘も早く来いよ!』とも。
「いいよ。そろそろ行こうと思うけどいいかな」
「あぁ、いいよ」
 そう言って立ち上がったところで、ふと背中から声をかけられた。
「あの……」
「はい?」
 振り向くとそこにいたのは、見事に膨れた腹を持っている、僕が対戦で叩きのめされた彼だった。
「えっと、なんですか?」
 苦い思い出を味合わされた相手の、僕を貫く様な視線に気圧されてたじろぎながらそう答えると、彼がすっと指指す。その方向へと目を向けると、そこには僕が粉々にしてしまったゲームの筐体があった。
「……君はあまりゲームに詳しくないだろうから、分かってないかもしれないけど」
「……へ?」
「あのゲームが稼動しているのは、近辺ではこの店だけだったんだ。やるの楽しみにしてたのに。修理も行われないだろうし、どうしてくれるんだ」
「えっと」
「…………」
 本当に怒っているのが、思わず後ずさりしてしまうほど額から吹き出ている脂汗を見て分かる。
 僕は助けを求めるように小林へと振り返るが、いかに彼でもどうしていいのか分からないようだった。
 無言の、
「あ、あの……」
 プレッシャーに、
「す……」
 僕は負けを認め、
「……すみませんでした」
 深々と頭を下げた。
 その後僕は、先程助けた中学生の所へと駆け込み、彼の格闘ゲームの腕がどれくらいかを聞いてそれなりの実力者だと分かると、今もなお、ゲームを続けている巨漢の男を指差して、あいつをゲームでボコボコに倒してくれと懇願した。それが叶ったかどうかは分からないが、我ながら大人気ない。

     

「けど意外だったよ」
 ゲームセンターを出て、自転車で移動しながらそう言われた。
「なにが?」
「なにがって……柳君が乱暴だったって事」
「いや、勘違いすんなよ。あれだけやったらやめるだろうと思っただけで、俺ケンカとかしないからな」
「まぁ、僕もそう思ってるけど」
「つか、お前も無茶あんまりするなよ」
「そうだね。ごめん。柳君のおかげで助かったようなもんだしね」
「謝るなよ。悪い事したんじゃないだろ。まぁ、それがお前のいいところだからしょうがないけどな」
 自分でもやりすぎだと思いはしたが、やりすぎても問題なんてないだろう、とどこかで思い込んでるところはあった。正直に言うとどこか気持ちのよさを感じていたのだと思う。不良に対しての牽制、と言う理由を建前に、なんだかぶち壊してしまいたいと言う欲求が膨らんできたのかもしれない。どうせ間もなく終わるこの世界で、たかだかゲーム機の一台や二台壊してしまっても誰にも罪や責任を問われるわけがない、と言う安心感。
「……けど確かにやりすぎたよ。悪い」
そんな自分に嫌悪感が沸いて僕は、小林に謝った。
「いいよ。気にしないで。しょうがないよ。そう言う事ってあると思うから」
 伝えていない俺の心情を理解したかのような言い方に救われながら、僕達は高校の駐輪場へと辿り着いた。
 僕達が通う中央高校は入り口が二箇所あり、僕達がやってきたのは運動場側の方だったが、入ってすぐのところで僕は思わず足を止めた。
「なんだこりゃ?」
 視界に飛び込んできたのは、運動場を所狭しと走り回っている二十二人のサッカーをしている集団で、その顔は僕が殆ど知らない面々だった。彼らは楽しみながらも、部活動でもしているかのように一心不乱に汗を流しており、おそらく最も運動神経がいいのだろうと思われる男がボールを持つと、果敢にドリブルを始める。
 大体高校生でディフィンスを任されると言うのは、そんな役回りとされている。花形であるフォワードは大体がスポーツに自信のある連中だ。あたふたとしている数人を彼は見事に抜き去ると、ゴールに向かって無常なほど強烈なシュートを見舞った。一歩も動けず、と言うかやる気もあんまりないだろうキーパーは、ネットに突き刺さるボールを見送る。
「ゴール」
 と言って、ガッツポーズをしながら自陣へと戻っていくおそらくこの学校の生徒を、小林と二人で見ていると「おーい!」と頭上から高らかに声が鳴り響いた。
 校舎の窓からこちらへと手を振っている晶を、降り注ぐ太陽に目を細めながら見つける。
「靴のままでいいから、早く教室来いよ!」
 その言葉に僕は手を振って振り替えし答えた。


「考える事は皆一緒だったって事」
「なるほど。どうりで」
 教室は土足厳禁と言う事で脱ぎながら、晶の言葉にそう答えた。そう言われれば納得出来る。学校に皆で集まろうと言う発想をしたのは僕達だけのクラスではなかったと言う事だ。今だけでも百人以上がこの学校で生活を送っているらしい。全校生徒の三人に一人がやってきている事になる。日数が経てば更に増えるだろう。
「あー、柳君来たんだ」
「おっす」
 久しぶりに見るクラスメイト達に挨拶をしながら、僕は机などがいつの間にか撤去されてしまっている教室へと足を踏み入れた。がらんどうしてしまった教室だが、皆が持ってきている荷物などを床にそのまま置いているので特別広いと言った印象はない。僕と小林は晶に言われるがままに教室の片隅へと足を運んだ。
 見慣れた面々と挨拶を交し合い僕達は腰を下ろす。
「昨日から来てたけど、お前ら二人で十六人目だ」
 とは言うものの今教室にいるのは十人位だった。一度顔を出して家に戻ったものもいるし、教室から校舎内のどこかをぶらついているらしい。皆思ったよりにこやかな顔をしている。教室にこうやって制服ではなく、それぞれ好きな格好をしているのはなんだか違和感を覚えた。
 改めて今いる面子を見回す。普段僕とつるんでいるのは小林を含めて四人ほどいた。自然とそちらへと顔が向く。少ない人数だがやはりグループは出来ているようで、足元に置かれているバッグなどがそれぞれの場所を主張している。
 ぐるりと見渡しながら、僕はそこでちらちと視界に写った人影に目を留める。小林がその人影に「やぁ」と声をかけた。人影――小笠原久美はその言葉に気付いているのか気付いていないのかも分からないような表情のまま、それでも小林の方へと無言のまま頷いた。
 僕が彼女と会話をした記憶は殆どない。太陽の光を浴びた事がないようなその白い肌と、鴉のような漆黒の髪が目元を隠すようにしていて、なにを考えているのかさっぱり分からない。記憶の限り、彼女が集団活動を積極的にしている姿と言うものを目撃したことがない。その通り彼女は今も、一人でぽつんと教室の隅でうずくまっているように座り込んでいた。
「小笠原さんいつ来たの?」
 小林が俺達から離れ、そう声をかける。
「さっき来たところ」
「そうなんだ。小笠原さん来るって思ってなかったよ。ちょっと意外」
「来ちゃダメだった?」
「あ、いや、ごめん。そういうつもりじゃないんだ」
「……そう」
 一人でいる彼女を放っておけなかったのか、声をかけたもののなにを話せばいいか分からず戸惑っている背中を見やる。それでも小林はなんとか彼女との会話の意図口を見つけようとしているようだった。僕は晶達とその姿に彼の性分を省みる。
「そういえばさ。気になってたんだけど」
 僕は晶へと向き直った。
「なに?」
「クラスに集まる事の言いだしっぺ誰なんだ? こん中にいるんだろ?」
「……いや、それが分からない」
「は? 晶お前誰からメールもらったんだ?」
「おれは昭雄からもらったんだけど昭雄もまた別の奴から送られただけで、最初のメールはパソコンからだったらしいんだよ」
「パソコン?」
「パソコンの、フリーメール。だから差出人が誰かとかは分かってないんだよ。あの派手なメールは、送られてきたメールに色々クラスの女達がアレンジしたんだってさ」
 そう言う晶と隣で頷いている昭雄を見ながら、僕はその言葉になんだか不安のようなものを抱く。てっきり単なる思い付きから始まった最後のお遊びだと思っていたのだが。いや、もしかすると元のメールを改変した女達はそれすら含めて楽しんでいるのかもしれないが。
 これからしばらく続くのだろう共同生活を思うが、どうにも一筋縄ではいきそうにないものを感じる。
「……相変わらずね、小林君。誰にでも優しいね」
「いや、誰にでもって訳じゃないんだけど」
「私に構ってもいいことないよ」
「別にいい事を求めて構ってるわけじゃないから」
 どうやら悪党苦戦しつつも、小林は会話を続ける事に成功しているのかもしれない。
 正直、ちょっと尊敬する。

     

「じゃあ、せっかく皆集まった事だし、夏だし、怪談話でもしようぜ」
 夜になり、新たにやってきたのを含めて二十人以上いる教室で誰かがそう言った。
 コンビニから盗んできた食品を食べていた僕達も「さんせーい」とか「私怖い話マジ無理なんだけどー」とか言いながらも乗り気そうな連中に背中を押され全員でぐるりと円を作るように座らされる。ご丁寧に教室の電気を消し、窓から入り込む廊下の電気も気に入らないらしく、どこかから持ってきた暗幕で窓をふさぐと言う徹底振りだった。
「じゃあ、俺からな!」
 いつもクラスの盛り上げ役を買って出ている小川がいかにも、と言った感じで話し始め、僕は暗幕張りでこき使われた体を適当にほぐしていた。「こらぁ! 柳! ちゃんと聞け!」とかこっちを見て小川が叫んでいるが「うるせー。さっさと続けろ」と手を振り返す。彼は調子が狂ったのかぶつぶつとなにか呟いたが、すぐに気を取り直したようで話し出した。
 よくある話。
 どこかの田舎町で電車に引かれた女がいたが、その後どこからも女性の下半身が見つかる事はなかった。事故と言う事で大した捜査もないまま打ち切られたが、その事故後夜一人歩きをしている女性の前に、蹲っている女性が現れるようになる。体調でも悪いのだろうか? 歩いている女性も同性と言う事で心配そうにその背中に声をかけるが、近づいてようやく彼女は蹲っているのではない事に気がつく。そう、彼女がかがんでいるように見えたのは、蹲っているからでもなんでもなく、下半身がなく胴体だけで地面に立っているのだ。そいつは、驚愕し立ちすくむ女へと振り替える。潰れた左目。ひん曲がった鼻。裂けて三日月のように開かれた口。黒ずんだ皮膚に大量の血をしたたらせこう言う――
「私の体……見つけたあああああああああああああああああああ」
 暗闇に包まれた教室に、ぽうっと小川のカオが浮かび上がった。その顔は左目が押さえつけられて、鼻をよじり、口をどこかに移動でもさせたいのだろうか、と思うように歪んでいる。女子生徒がそれを見て「ぎゃああああああああ」とか色気のない悲鳴を上げたり、円を崩して教室の隅へと座った姿勢のまま後ずさっていく。
 どこから準備してきたのか、小川は器用に足で挟んでいる懐中電灯を手に取ったところで、リアクションに満足したのかニヤニヤと笑っていた。
「一発目から手の込んだ事するなぁ」
 僕がぼやくようにそう言うと
「一発目が大事だろ」
 と普通の表情に戻り得意そうに返してきた。
 幸い僕は怪談など信じていないので、まだ続いている騒がしさに加わることはない。中には勘弁してくれ、と苦渋の表情を浮かべている男子もいる。
「情けねーなぁ、なぁ、晶」
「…………」
「……晶君」
 僕の隣で、銅像のように固まってしまっている晶の肩に手を置く。
「な、なんだよ」
 僕はニヤニヤと笑う。
「いやぁ、あと何発続くだろうねぇ」
「……俺、なんか寒くなってきた」
「心配すんな。男のところには表れないらしいぞ」
「……だ、だよな。俺は大丈夫だよな」
「ま、今のところな」
「俺、帰ろうかな」
 まったく。
 見えもしないものから送られる死を怖がってて、どうする。これから確実に最大の恐怖である死そのものは訪れると言うのに。


 それからも代わり代わりに披露される怪談におののいたり、つまらないと罵声が飛んだりしながら続いていたが、僕は「ちょっと出てくる」と言って立ち上がった。晶が「逃げんのか!?」と非難していたが「煙草が吸いたくなった」と言い訳し教室から出る。
 明るい廊下に目を細め、僕は何処へともなく歩き出す。他のクラスの教室を覗いてみるとそれぞれに皆で盛り上がっているようだった。皆でいる事でネガティブな感覚を忘れられているのかもしれない。それだけでもこうやって集まっている事に価値はあるように思えた。
 携帯電話を取り出す。時間は午後十時になろうかとしていた。麻奈も智史もまだ姿を見せていない。恐らく今日はもう来ないだろう。真尋はクラスが違ったが、先程廊下ですれ違った。彼女は智史は来ないのかと僕に聞き「分からない」と答えると「ふーん」と少し残念そうな顔をしていた。
 麻奈にメールをしようかと少し逡巡したが、せっついているように思われるのもあれなので、結局しまいなおすと僕は屋上へと向かう事にした。
 本当なら屋上は出入り禁止で鍵がかけられているのだが、今ではそれも外されて自由に出入り出来るようになっているらしい。階段を上りながらマルボロを取り出し火をつける。足元を見ると少ないものの、何本か吸殻が足元に落ちていた。吸っている自分が言うのもなんだが少々マナーが悪い。
(こりゃ、しばらくしたら学校がゴミ屋敷みたいになるかもなぁ)
 そんな事を考えながら階段を上りきる。僕は屋上へと続くドアを開けた。あまり使われていない事が明白なドアは錆びてしまっているのかギィ、と重い音を立てながらゆっくりと向こうへと動き出した。
 夜風が頬に当たるのを感じる。思ったより汚れていない足元に僕は「へぇ」と零す。使っていないといってもたまに掃除は行われていたのだろう。
 屋上には何人かの先客がいた。教室とは対照的に静けさに覆われている。僕はそれに倣って無言で煙を吐き出しながら、フェンスへと歩み寄った。
 グラウンドでは、夜間練習用のライトがつけられていて、今度は野球が始まっていた。バッターがここからではろくに見えないボールへと大きく振りかぶっている。体育館の電気も点いているようで、向こうもなにかやっているのだろう。ベンチに座っている連中の歓声を聞きながら僕は運動場の向こう、学校の外へと視線を移す。
 夜の学校から見下ろす風景なんて今まで見たこともなかった。住宅のまばらな明かりや、遠くにある高速道路のネオンは確かに宝石箱のようで「きれいだな」と僕は一人呟く。少し離れたところにいるカップルをチラリと見た。ここに二人で来たくなる理由もなんとなく分かる。
 明かりの分、もしくはそれ以上の人達がそこにはいるのだ。あの明かりは僕と同じの誰か、人が生きている事の証明そのもので、だからその光景を見るとこうやって感慨にふけってしまうのだろうか。
 持って来ていたペットボトルのコーラを口に含み、殆ど空になると僕はその中に煙草を捨てた。
 フェンスから離れて、教室に戻ろうかどうかと悩みながら屋上をふらふらする。
「康弘じゃん。一人でなにしてんの?」
 そう声をかけられて振り向いた。僕はそちらを見て、
「長瀬じゃん、久しぶり」
 と手を振り替えした。
「だから遥でいいって。その苗字嫌いなのよね」
 と、服装だけ見たら高校生と言うよりは水商売でもしているかのような格好をしている遥が答えた。
 肩を顕わにしたまま、僕と同じようにタバコを吸っていた彼女は、屈んだらパンツが見えそうなスカートを全く気にしていない素振りでこちらへと近づいてくる。
「なんだよ、お前来てたの? 教室に顔出してないだろ」
「だってめんどいもん」
「じゃ、なんで来てんだよ」
「うっさいなぁ。家にいてもつまらないし。こっちの方がまだ楽しそうでしょ?」
「じゃあ、教室に来ればいいのに」
「アンタね。別にクラスにこだわる必要なくない?」
 そう言って僕の胸の辺りを指差す。
「確かにそうだけど、お前どこいたの?」
「音楽室」
「はぁ? 一人で?」
「んな訳ないでしょ? バカじゃないの?」
 相変わらずズケズケと言う女だ。彼女は俗に言う不良と言う奴で、クラスの中でも少し浮いている。
 噂では、暴走族の知り合いがいるとか、円光をしているとか、あんまりよくないものが飛び交っているが、僕は彼女の、話してみるとあけっぴろげな性格は嫌いではない。
「わざわざなんでクラスの奴らといなきゃならないのよ」
「なんでってメール見て来たんだろ?」
「違うわよ。私は美和に呼ばれたの」
 その名前が誰なのか、同学年なのかもよく分からなかったが、どうやら彼女は違うグループとしてこの学校にやってきたようだ。どうやら身内だけで連絡を取り合って来る事を決めたらしい。その集団で開いている音楽室を占領したと言うわけだ。
 今更打ち解けていないクラスメイトとわざわざ仲良くしようなんて発想はないらしい。
「それ学校にする必要あんのか?」
「なんだかんだ言って好きだったんじゃない? 私はどうでもいいけど。ちょっと座ろうよ」
 僕と遥は並んで腰を下ろした。彼女は気だるそうにフェンスにもたれかかると、短くなった煙草を足元に捨てようとする。僕は無言でペットボトルを差し出した。それを見た彼女は面倒くさいと言う顔を露骨に浮かべたものの、文句を言うのも面倒くさかったのか素直にそこに煙草を落とす。
「もしかして仙道も来てる?」
「あー、来てる来てる。私あいつ苦手なんだよね」
 仙道悟。こっちは僕も苦手な男だ。と言うか彼を苦手としないやつと言うのは学校内でも一握りだと思う。
 彼の場合悪評を聞いても、それが大げさと言う事はなく、殆ど真実ばかりだ。その中には当然いい事など一つしかない。一学期終了してそのまま退学。当時は誰もがそうなる事を知っていたし、本人もそのつもりだった。先月他校の生徒を数人で襲い怪我を負わせたと言う事で、停学処分を食らったので僕はそれ以来顔を見ていない。ただ、そのまま辞めるらしいよ、と言う事を聞いただけだ。
「……誰だよ、連絡したの」
「向こうからしてきたんじゃない? 下手に嘘とかつけないっしょ」
「まぁ、そだな」
 何事もなければいいけど、恐らく無理だろう、と僕は重くため息を吐いた。遥が「まぁ、どうせ老い先短いんだし、無茶はしないんじゃない?」とか適当な事を言っている。なんだかんだで彼女は仙道のお気に入りなので自分は安全だと言う余裕があるのだろう。
 誤魔化すように煙草に火をつけると彼女の携帯がなった。
 ジャラジャラとしたストラップに、デコレーションだらけでやけに分厚い携帯だが、彼女はディスプレイを見ると舌打ちをしてまた仕舞ってしまう。
「電話?」
「うん」
「出ないの?」
「いいのいいの。出てもどうせ、つまんない奴だし」
「なんだよ、それ」
「ナンパ」
「出ないなら番号交換すんなよ」
「だってさぁ」
 しつこく鳴り響く電話に遥は「あーもう」といらだたしげに取り出し、無理やり切ってしまった。
「ナンパされた時はさ、まだ死ぬとか分かってなかったし」
「そういう問題か?」
「当たり前じゃん。金持ってそうだったし」
「あぁ」
「けど死ぬのに、金とかあってもしょうがないじゃん。こいつ話超つまらないし、おっさんだし。ださいし」
「そこまで言うか」
「しつこいし、なんか嫌味だし。こんな奴ばっか。あーあ、空しい」
「なにが?」
「アドレスの登録が二百件」
「で?」
「いらない奴ばっか。かかってきてもうっとうしい奴ばっかり。顔とか見たくもないし。けど、そんな奴ばっかじゃん、私のアドレス。これから生きてたとしたら、こいつらと遊んだりしてたんだろうけど、全然楽しくないんだろうな、どうせ」
「でも、飯とか服とか奢ってもらえるし。暇とか潰す事が出来るし」
「でもそんなのどうでもよくなったらさ、必要ないんだよね、私には。ま、向こうも私なんていてもいなくてもどうでもいいんだろうけど」
 僕は彼女へと向き直る。
 彼女が今欲しいものはなんなんだろう。
 今もきっと退屈なんだろう。だけどそれは、殆ど顔も覚えていないし、どんな性格なのかも知らない誰かと適当に潰す時間では、彼女の中ではきっとない。
「あ、そうだ。いい事思いついた。ちょっと付き合ってよ」
「なに?」
「アドレス今から消しちゃおう。いらない奴全員」
「今かよ!? 二百件だろ?」
「いいじゃん。暇でしょ? 一個ずつ見ていって、私そいつがどんな奴だったか言ってから消してくから」
 僕の返事も聞かないまま、彼女は携帯のアドレスを開く。僕は「しょうがねぇなぁ」と愚痴っているが、結局断る事はなかっただろう。どうせ空が明るくなるまで時間はまだ幾らでもあるし、暇つぶしの相手に選んで貰った事は悪い事ではないように思う。
「まずは、浅原と。あー、こいつ、思い出した。なんかちっちゃいくせに凄い偉そうなんだよね。それ全然似合ってないの。バカだよ、本物のバカ」
「はいはい」
「はい、削除。次。石井。こいつはねぇ、なんかむっつりスケベね。爽やか気取ってるけど、目がメチャクチャエロイの。男ってバカだよね、気付かれてないとか思ってるもん」
「お前の格好だったら見られてもしょうがねえだろ」
「それでも限度はあるでしょ。次。岩崎……誰だっけ」
 しばらく考え込むが、結局彼女は思い出せず「ま、いいや。削除」とあっさり消してしまう。あまりにテンポが良すぎて、そこには後悔なんて欠片もなくてむしろ清々しさすらある。
「ちょっと、酷くないか? お前。ちょっとくらい残しててもいいかな、とか思えよ。悩めよ」
「悩む奴なんていないし。いる奴はすぐいるって思うし、いらない奴はやっぱすぐいらないって思うし。はい。削除」
 二人の煙草がペットボトルに次々と放り込まれていく。
 思ったよりは早く終わりそうだった。
 僕は遥の、殆どおぼろげで、もしかしたら全然見当違いなんじゃないかと勘繰ってしまうような無数の愚痴を聞きながら、時折出る「この子はいる」と言う一転の曇りもない確信に満ち溢れた声を美しいものだと思う。

     

「削除。終わった!」
 満足げな声が静かな屋上に響き渡った。
 僕はその間に一度屋上を出て、食堂に置かれていた紙パックの自販機で買っておいたコーヒー牛乳を手渡す。
「ありがと」
 長い爪が邪魔で上手くつかめないのか、袋からストローを出そうとしている指先がもどかしげだ。横目に僕はフルーツジュースを口に含む。
 ややあってなんとかストローを取り出すことに成功した彼女は、なんだか大事をやり遂げたと言うような清々しい顔をしているのだが、延々と知りもしない誰かの愚痴を聞いていた僕は若干辟易していた。
「満足したんか?」
「なんで?」
「いらない奴ら片っ端から消して」
「あんた、バカね」
 ふん、と鼻で笑われる。
 全く、この女は感謝と言うものを知らない。
「マイナスをゼロにしただけじゃん。それでなんで満足?」
「あーあーはいはい。そうだな。じゃあ、終わった事だし教室戻るかな」
「拗ねなくてもいいじゃん。付き合ってくれてありがたかったよ」
「お前は一言二言多いんだよ」
 立ち上がろうとする僕の手を遠慮もなく掴み、無理やり座らされる。少々それを邪険に払いながら――どうせそれで彼女が傷つくような事はない――煙草に火をつける。暗闇の中にぼうっと赤い光が点った。運動場の連中はもう教室へと戻ってしまったようでライトも消されている。屋上に残っているのも僕と遥の二人だけだった。
「はいはい。アンタの好みと違って悪うございました」
「なんだそりゃ」
「こんな時間にこんなかわいい女と二人きりなのに、そんな冷たい態度取るなんてそれなりにもてるか、全然もてないかのどっちかよね。普通ならもっと優しい言葉とかかけてあげるもんじゃない?」
「自分で言うか。大体、そういう奴が嫌だからってさっきアドレス消したんだろうが」
「ま。確かにね」
 ケラケラと笑いながら、彼女は「あーよいしょ」なんて言いながら立ち上がる。煙草が切れたのかねだってきたので一本渡し、火をつけてやった。
「あー、戻ろっかな」
「おう。あんまりはしゃぎすぎんなよ」
「あんたもね」
 そう軽口を叩きあいながら怪談を降りる。音楽室は三階にあり、そこで「じゃーねー」と大きく手を振っている遥と別れると僕は教室がある二階へと再び歩き出す。静かだった屋上とは違い、校舎内はまだ少々騒がしいが、そろそろ寝静まろうとしていた。
 教室に辿り着く。既に暗幕が取り外されており、怪談は終わっていたようだった。窓越しに晶が僕を見つけると、僕が入るよりも先に廊下に出てきて、脇腹に一発食らう。僕は大げさによじれるが、晶はまだ不満げな顔をしていた。
「どこ行ってたんだよ!?」
「いや、すまん。ちょっと戻れんかった」
「あれから俺がどんだけ辛い思いしたか分かってるのか!」
「悪かった。悪かったから落ち着け」
 鼻息も荒い晶をなだめながら、僕達は教室へと戻る。クラスメイトが僕達を見て笑っていた。女子生徒が「晶君
泣きそうだったんだよー」と教えてくれ、僕が笑うと、その隣で「泣いてねーよ!」と顔を真っ赤にして叫び返す。
「結局どれくらい続いてたんだ?」
 小林にそう尋ねる。
「三十分前くらいかな。結構皆怖い話知ってるんだね。井戸に突き落とされるって話は僕もちょっと怖かったよ」
「もうやめてくれ」
 思い出したくもないという風に、晶がさえぎり「ごめんごめん」と小林が苦笑する。
 そうやってしばらく談笑をしていたが、そろそろ寝ようかと言う事になった。
 驚いた事に、教室の片隅には布団が幾重にも積み重ねられており、適当に皆使っているようだった。一体どこから用意したのか、と訪ねると初日の日に集まったメンバーでデパートから大量にくすねてきたらしい。中にはマットレスまであり――残念ながら僕の分まではなかったが――てきぱきと教室に大量の布団が敷かれていく。
「なぁ、やっぱ初日あれしたのか?」
「したした」
「そうか」
 僕は新品のはずなのに、なぜか小さく穴が開いている枕を軽く放り投げた。
「じゃあ消すぞー」
 小川の声と同時に電気が消され、僕は布団に転がりながら横で同じく寝そべっている晶に口を開いた。
「なぁ、なんか落ち着かんのだが」
「あぁ、分かる分かる。俺も最初の日落ち着かなかった」
 そうなのだ。僕達は今男女一つ屋根の下状態で寝ているのだった。いや、正確に言うと窓に張られていた暗幕を今度は教室の真ん中あたりへと持ってきていて、女子の姿が見えないようになってはいるのだが、それでも薄い布の向こう側に数人の女子が眠っているのだと言う事実はなんだかくすぐったい。
「まぁ、慣れたらなんとかなるもんだって」
「……そういうもんかな」
 とは言え、確かにこうやって話しながらも、静かに眠気は襲ってきて、僕はうとうとと目を閉じていった。なんだかとても長かったような一日がようやく終わると思いつつ、眠りに落ちる。

       

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