死体を喰うケモノ
一日目(1)
銘探偵、大塩平八郎の肩口に、獣――生田万は噛みついた。
えぐれたような穴から、獣の牙へと、血が糸を引いていた。
鉛筆でしつこく塗りつぶしたような、鈍い輝きを放つ牙。
それは単に血糊で染まった色をしていなかった。
生まれ落ちた瞬間から、その色を放っていたような、禍々しい黒。
血しぶきはほとんど上がらない。
傷口からは滲むように、血液が、どくどくと流れるだけ。
――肩口を、えぐられる。
堪えきれないはずの苦痛なのに、大塩は無抵抗で、無言だった。 濁った目はもはや、どんな像を結んではいない。
銘探偵、大塩平八郎は、すでに死んでいた。
獣は死肉を、ひとつひとつ噛み締め、喰っていた。
大塩の右腕を、まるで蟹の間接をぱきりと折るかのように破砕して、骨ごと口に持ってゆく。
獣の顎の破砕力は、骨の硬度を上まり、がりりと口の中で肉と融けあった。
「うう……」
獣は唸った。
いびつな身体を震わせて、こらえきれない思いを、吐き出すように。
死体は次第に減ってゆく。
最後には、銘探偵のやすらかな――頸だけが残った。
意図的に、頭部を残したのではない。獣の食することのできる量が、充分に満たされたためであった。
獣は貌を上げ、ざわめく森に向かって、吼えた。
遠くで一本飛び抜けた杉が、ゆら――と、揺れていた。