文藝瞬発創作企画
11『ボールの行方』 作:フルーツポンチ
都会のローカル線といった趣のこの線も、朝の上りラッシュ時は2分おきの緊密なダイヤを組み、それぞれの車輌には、溢れんばかりの人が乗り込み、ホームからも人が転落しそうなほど。
もう電車を2本、見送った。
1本遅らせて、まだ1限には間に合うな、そう思っても、次の列車も同じくすし詰めで、見るだけで乗る気をなくしてしまう。
途中でJRなんかと接続してるのが悪いのだ。私はこのときばかりは、と言ってもほとんど毎日、使わない駅に対しての恨み言を呑み込む。
そして、開かずの踏み切りは、また遮断機を下ろした。今日、駅についてから、3本目の上り各停が、多分、人をたくさん載せて、やって来る。
人込みが好きな人なんてそんなにいないと思うが(いや、多いのかも、だって何が楽しくて、みんな集まって住んでいるの?)、私のそれは特別で、大学の通用門も、どちらかと言えば圧倒的にマイナーな方を用いているし、電車だけはどうしようもないけれど、今までの自主休講は、電車が混んでいることが、休講理由の3番目か4番目に来ていると見ていい。
もうホームに5分くらい立ってる、そろそろ時間も押してるから、乗らないと。
今日はまた珍しく、雲ひとつない快晴に恵まれていた。
また、はずれ。
電車の接続の関係で、3本に1本くらいの確率で空いた電車が来る。私はいつもそれを狙っていた。だけど、3本連続で満員電車が来ることもあるんだ。
もう1本遅らせようかな。
その時、私は判断力が鈍っていた。
というのも、長らく立ち止まっていた私は、いつだったか、あいつから投げられた問題について、考え始めていたのだ。
同じクラスにいて、最近、偶然隣に座ることが多いあいつ。
力学の授業中に、あいつが投げかけた疑問は、なぜか、不思議な響きがあった。
「なぜ、ボールは飛ぶんだと思う?」
確か、ボールが飛ぶに任せてるから、とか、適当なことを返した記憶がある。
「ボールが動くと、もとボールのあった場所、つまりボールのお尻のほうが真空になる。ここに、ボールが押しのけた空気が流れ込んで、お尻を押す形で、ボールが前に推進するわけ」
「何それ、嘘でしょ」
「嘘?」
「本当だぜ。嘘だと思うんなら、それを証明してみろよ」
あいつは、不敵にもそう言った。だが、私にはそれに反論するための知識がなかった。
私が動くと、私の後ろに真空が出来て、そこに空気が流れ込んで、私を押す。
ばかみたい。
そんなことを考えていると、いつの間にか、まるで空気に背中を押されたかのように、私は電車の中へと吸い込まれていった。
今まで意地でも忌避してきた、満員電車の中へ。
しかし、電車の中に踏み入れ、ドアが閉まると、すでにそれは、満員電車ではなかった。
こんなに混んでるのに、それでも、いつの間にか、そんなに混んでない電車に乗った時と、同じくらいのスペースを自分のものにして、私は、ドア脇から、動き始めた街の景色を覗いていた。
――あっ、そうか。
すし詰めには隙間があるんだ。
ご飯はすかすかで、もっと小さくしようと思えば、すぐに出来る。電車も同じこと。人の間にあった隙間を小さくするから、乗っている間に、電車はそんなに、ぎゅうぎゅうじゃなくなる。
もっと近寄れる。
-
この路線の第2の乗り換え駅で、電車からなだれ出る人と、なだれ込む人にもみくちゃにされた。
「あっ」
気づくと、目の前にはあいつ。
「よ」
あいつはそう言った。
「電車でまで一緒になっちまったな、偶然だけど」
電車の扉が閉まり、再びモーターの駆動音が高まる。立体交差の線路はあっという間に遠ざかり、この電車も、大概都心へと近づきつつあった。
私と、あいつには、距離があった。もちろん、空気は何も押してくれない。
空気は真空に流れ込んで私を押してくれない。あの仮説は正しくない。
あと一歩が踏み出せない。
そんな私に、その時、ひらめきが起こった。
というのも、中吊り広告に書いてあった絵が、まさしくその正解だと、気づいたのだ。
「コマ」
何人かが振り向いた。私は、思いのほか大声で、そう言っていた。
あいつもまた、不思議そうに私を見た。
私は反例を示した。
「コマは動かない。つまり、真空を作らないのに、回転運動をしてられる。だから、やっぱりあれは間違い」
あいつは笑みを浮かべた。
「負けた」
そう言って、頭を掻いた。
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自主休講の理由の、電車が混んでいるから、というのは、ワンランク下がったのかもしれないし、ぶっちぎりで1位になったのかもしれない。
とりあえず、2人並んで腰を下ろせる場所を探して、私たちは、線路沿いの並木道を、抜けていった。