灰色の服を着た一人の男がいく当てもなく山中をさまよっていた。男のポケットには拳銃がある。その男はつい先日刑務所を脱走したばかりだった。不眠不休で歩き続けたせいかだいぶ刑務所から離れたようだった。刑務官の気配はない。しばらく歩き続けると道路があった。男は思わず歓声を上げた。
「やった。これで逃げ延びられる」
だがしかし男の姿は警察のスナイパーに発見されていた。スナイパーはゆっくりと麻酔銃の照準を男に合わせ引き金を引いた。
「うう」
男は目覚めた。その様子を見て刑務官らしき人物がやってきた。
「目を覚ましたか。ここは病院だ。まったく大変なことをやってくれた」
そのことばに男は噛み付いた。
「もともと俺を閉じ込めたお前らが悪いんだ」
刑務官は呆れ顔でこういった。
「まったく事態が分かっていないな。いいかよく聞け。お前は刑務官なんだ。俺はお前の上司。お前は囚人に催眠術をかけられ自分のことを囚人だと思い脱走したのだ。囚人はお前になりすまそうとした。顔がそっくりだったのがまずかったな。が、幸いにも挙動不審に気づいたものが問いただしたところあっさりと吐いた」
「ということはもう刑務所へは行かなくていいのか。いや俺は刑務官ということは行かなければならないのか」
「いや違う。所長は今回の一件にたいそうお怒りだ。お前はクビだ。もう来なくていい」
その言葉を聞き、男は必死で謝った。
「すいませんでした。でも首とはあまりにひどい。何とかなりませんか」
上司の刑務官は気の毒そうにこう言った。
「どうにもならんな。すまないが。まあ気を落とさず治療に専念してくれ」
一方所長室では催眠術をかけた囚人と所長の間でこのような会話が交わされていた。
「ご苦労だったな。君。誰も我々の会話を聞いていない。自由にしゃべっていいぞ」
それを聞いて囚人を遠慮がちに言った。
「では、まずお聞きしたい。あの刑務官は一体何をしたんですか」
所長は顔をしかめて答えた。
「またその話か。いいじゃないか別に。俺は邪魔者が消せ、お前は所長権限で罪が軽くなる。どちらにも悪いことはない」
「でも所長。あなた少し頭が働かないんじゃないんですか。もうちょっとうまいやり方があったはずだ。これではあなたの評価が下がってしまう」
それを聞いた所長はむっとして答えた。
「そんなことを君に言われる筋合いはないよ。さっさと帰りたまえ」
囚人は笑いながら答えた。
「あなた本当に馬鹿ですね。僕を催眠術の達人だということを忘れているのか」
「なにっ」
所長はそういって拳銃を取り出そうとした。だが囚人の催眠術をかけるスピードのほうが速かった。