ここで物語は一反収束する。このお話はこれでお仕舞、さようなら。
…と、そうなっていたら私たちは今、ここでこうしてこのお話を語ることはできないのだ。
少年がカネゴンを生み出し、地球を飛び立とうとするまでのわずかの間には何があったのか。
少年は少女に「アメーバ」を注射されることによって全く別の生き物へと姿を変えた。勿論、見た目は通常の人間かもしれない。だが、自分の形ある肉体を、それぞれの細胞を無限に増殖、変異させられるという特色は既に生物としての限界を超えている。ガン細胞でさえも目ではないほどの病原とでも災害とでもいえるような存在と成ったのである。生物学的にその少年の脅威の細胞が少女の肉体をそれこそ頭からつま先まで内汁、循環、脳、感覚器、運動器すべてを食い潰し、一から全て変異、作り変えたのだとすれば少女はこの時点において、宇宙で唯一無二の生き物であるのだろう。
ただ生まれ変わった「少年」は唯一無二の存在ではない。彼には人間の言葉で言うところの兄とも言える生き物が地球上にいる。
それこそが事の発端、人間が生み出したうごめくもの。このお話では「アメーバ」と仮に呼ばれる生き物である。このアメーバは、産み出されて研究室の人間を食い尽くし野に放たれてからも動き続けていた。人の考え得るありとあらゆる物理攻撃を全く介せず、ただただ有機を含む生物を貪り続けて肥大し続けた。
その「アメーバ」は己が生まれた大陸全ての有機を食い尽くし海へと達する。元々液状の生命体である。海へと進出して更に拡散し、捕食活動は加速し海中の細やかなプランクトンから地球最大の有機生物、更には海底に眠る豊かな栄養塩類を軽々と吸収。「アメーバ」が産み出されてからほんの1ヶ月。地球の表面上においてついにアメーバの覆われていない部分が3分の1ほどになったときようやく人間側の対抗策として、更に強い有機生命体を創り出す実験が成功したのであった。たったの1ヶ月で人体実験までが運用されたのは人間たちが余程切羽詰っていたからに違いない。それでも成功に至ったのは人間の生き延びたい欲求がどれほど強いかよく分かる点ではある。それも裏目に出るのだが。
結果的に人間たちのアメーバ対策、更に強い有機生命体を創り出す、という実験は成功した。そこで人間にとっては予想外の事態が起こる。なんとその産み出した生命体「少年」は更に人間の状況に追い討ちをかけるようにして人間に反目したのだ。新たな異色の生物を一匹連れて地球に広がり続けるアメーバとは別に、人間を、有機生命体を、彼は駆逐し続けた。アメーバがただ食欲を満たすために動くのと違い、その「少年」には憎しみという感情もいりまじっていたようではあるが。加速加速加速で倍々のドンでドン。あっというまに地球上の生命体は「アメーバ」「少年」「カネゴン」だけという所まで来てしまったのだ。
少年にとってはアメーバと潰し合う理由はない。むしろ惑星一つを包むほどの規格外の生命体に、化け物とはいえ人間大の大きさで挑むのは馬鹿げていると思ったのだろう、
「おい、もう違う星へ行くぞ、もうここはしゃぶり尽くしちまった。人間くらい美味い生き物がいる星があったらいいな」
「アア」
そういって少年は自分の脚部に当たる部分の構造を作り変える。宇宙を行くことができる脚へ。歪なバーニアのようになった脚から多量の熱量を発生させる。カネゴンの腕を掴む。そして空へ。
だが、少年が空へと飛び立つことはなかった。
地表のアメーバが彼に喰らい付いたのだ。
少年には敵を選ぶ自我があった、しかしアメーバにとって有機物は全て同じ食料なのである。そこにあるのはひたすら純粋な食欲。特に少年という存在は外側を包む皮があるということ以外はアメーバと等しい高濃度に濃縮された有機、ごちそうなのである。
ドロリとした言い表すことのできない気持ち悪さの中を少年は全力全開で抵抗した。壮絶な取り込みあいである。己の存在を保ち相手の存在という存在を己が内へ内包するために、ひたすら体を貪りあう。小さいからといって侮るなかれ、人間の作り出した最終兵器はアメーバを食べる吸うしゃぶる溶かす貪られる噛み砕かれる嘗め回される。
最後にはお互いの存在を食べ尽くし、いともあっけなく「アメーバ」と「少年」はこの宇宙から綺麗さっぱり消え去ってしまったのであった。
ほんの少しの有機物も残らない大地にポツンと残された一匹のカネゴンがふと足元を見る。すると、硬貨が一枚。
「…オイシイ」
*
「こうしてカネゴンは生まれたとされる。ここは必ずテストに出るから丸暗記しとけよー」
「じゃあ最後に偉大なご先祖様の言葉を言って貰って授業を終わりにするぞー、今日は18日だから出席番号18番のやつ。ほれ早く立て」
「あ、先生俺です」
「えーっと、“お金で買えないモノはない”」