Neetel Inside 文芸新都
表紙

玉石混交のショートショート集
白い架け橋(作:Kluck)

見開き   最大化      

 昔の話である。
 生活を便利にしてくれる、そんな白物家電があった。でも、それは度々不具合を起こした。その多くは単純な設計ミスであったり、取り付ける部品を間違えたり、そんな下らない原因だった。高度に整備されたマニュアルは、どこで作られても、誰が作っても、できが悪くなるわけではないはずだった。それは作り手のモラルの問題ではないのかと考えられた。そして、電化製品業界が一つのガイドラインを定めた。

 それから、四半世紀が経った。

「どれにするかなぁ」
 家内と共に大手量販店の冷蔵庫売り場を見ていた。冷蔵庫は昔から変わらない家電の一つであった。選ぶ要素は容量、効果のわからない製品の細かな機能、価格、そして――
「どうせあなたは『あの人』のやつしか買わないんでしょ」
 妻にそう言われたがその通りであった。私は『あの人』の冷蔵庫を探していた。
「おかしいな、全部見たはずだが見つからなかったぞ」
「あなたの探し方が悪いのよ。店の人に聞いた方が早いわ」
 言うが早いか、若い店員をつかまえると、彼に家から持ってきた箱の切れ端を見せながら、やりとりを始めた。

――製造者表示ガイドライン
 作り手のモラルを外に公開するためににメーカーが始めたことだった。アイディア自体は有機農業が始まった頃の野菜などが始まりだったように思う。「このピーマンは××××が作りました」と写真と共に農家の方が写っているものである。それを真似て、家電製品も製造に携わった人、そのうちの十人ばかりであるがパッケージに載せることになった。
 私は昔、写真を趣味にしていた。そのため、学生時代に地元の有機農業を始めた農家の主人の写真を撮ったこともあった。そういうこともあったせいか、それが作り手のモラルの向上に関わるかどうかはわからないが、私はメーカーのこの試みは快く受け入れることができた。
 家電という個人に還元される最先端技術、その作り手が見えるようになったことは大きな進歩だ。

「あなた、これどこのカメラなの」
 妻が私のところに店員も引き連れて、聞きにきた。
 そのカメラは製造者表示が始まった頃に買った機種で、写真愛好家の中では、名機といえるものであった。が、時代の流れか、それとも閉じられたブームであるゆえんか、その店員も妻も型番だけでメーカーはわからなかったようだ。
 私が総合家電メーカーの名前を挙げると、かしこまりました、少々お待ちくださいませ、というハキハキとした返事をして、若い店員はどこかへ行ってしまった。
「あなたもなかなかロマンチストよねぇ」
 妻にふと言われた。
「どんなあたりが」
「そうじゃない。大学のときのカメラから始まって、もう二十年も同じ人が関わった製品を買っているじゃない」
「まぁ、そうだな」
「うちの中で、その人が関わってないのは掃除機とエアコンぐらいのものよ」
 その人は不思議と色々な製品に携わっていた。
「でも、どれも買ってから修理一つなく、長持ちしているから、それを選ぶのに文句はないわ。ただ、その人を追い続けるあなたが面白いだけよ」
 そして、お互い微笑みあった。今日、見に来た冷蔵庫もその人の製品だった。買ってから、十五年がたっており、流石に耐用年数は十分に過ぎている感じだった。
「大変お待たせ致しました」
 店員が戻ってきた。
「申し訳ございませんが、こちらの西岡さんは一昨年定年退職なされたとのことで、今、在庫のある冷蔵庫も含めて携わっていないようで……」
 そうか、私がカメラを買った頃から考えても、退職していておかしくなかった。大切な友人を失ったような寂しい気持ちになった。
「あなた、私が選んでもいいわね」
「ああ、仕方ない。好きなやつを選んでくれ」
 冷蔵庫選びを妻に任せたところ、さっそく最近CMで流れていた、割合小さめの冷蔵庫を注文していた。子供も家を出たことを考えれば、そのぐらいの大きさがちょうどいいのであろう。

 そして、数ヶ月が過ぎた。

 冷蔵庫は既に自宅の光景に馴染んでいた。
 日曜日、趣味の写真を撮ろうとカメラのケースを開けて、ふと、あの作り手、西岡さんを思い出した。生産者表示が始まってから、一部の生産者は会社のウェブサイトで、名前や住所も公開していた。数年前のデータベースにあたり、西岡氏はここから遠くないところに住んでいることが分かった。
 私はこの二十年、お世話になり続けた西岡氏を訪問しようかと考えた。突然訪問することは不躾ではあると思ったが、人生においてお世話になっていることは紛れも無かったので、単純に感謝の気持ちで彼の自宅に向かった。

 急行に乗って二駅、彼の家は私の自宅よりもさらに郊外にある一軒家だった。周囲は畑があり、老後をゆったりと過ごしているのだろうかと想像した。場所はすぐにわかったが、どう切り出そうかと、かなり悩んでしまった。ある意味、全くの繋がりの無い人が突然家に来ることにどう思われるだろうか。様々なことを自問しながら、断られたら、断られたで諦めようと心に決め、呼び鈴を押した。

「はい」
 キャッチホンから、少し年取った女性の声が聞こえた。私は西岡氏にお礼を言いたいという趣旨を伝えたところ、微笑みに聞こえるような声がした。そして、予想外に、快く家に入れてくれた。

 手狭な庭であるが、縁側があるところに西岡氏はいた。彼は盆栽をいじっていた。西岡氏は穏やかな顔つきの方ですこし太っていた。典型的なサラリーマンという感じであった。
「はじめまして」
 と、私は自己紹介した。彼は縁側に座るように勧め、彼の奥さんにお茶を出してくれるように頼んでくれた。
 私はここに来た経緯を簡単に話した。その全てを西岡氏は聞いていてくれた。
「そのカメラですね、私が初めて作ったのは」
 と言って、私の首にかけているカメラを指差した。
「世界一精密で、世界一丈夫で、世界一使いやすいカメラを作ってくれ、と言われて、私はそのカメラの開発部門に行ったのですよ。あの頃は苦難でしたね。なんで、良い物が売れないのか、毎日悩んでいましたよ。結局、そのカメラもなぜ売れたのかよくわかりません」
 そして、私のカメラをしげしげと眺めた。
「皆さん、大切に使っていらっしゃるようで嬉しいです」
「皆さんと言うと……」
「ええ、数ヶ月に一人ぐらい、私を尋ねる方がいるんですよ。皆さん、そのカメラを持って、あなたの製品は良かったと褒めに来るのです。写真が好きなのでしょう。だから、パッケージの私の写真を元にここに来るんでしょうね」
 だから、応対もこんなに慣れていたのか、と納得していた。
 西岡氏はカメラの製造後、東南アジア諸国の下請工場で、技術指導をしながら、工場長を行っていたということだった。それで、彼の写真は度々掲載されるようになった。
「あなたの製品とももうお別れなのが残念ですね」
 私はそう言った。
「確かに私も定年ですからね。だから、東南アジアでは種まきをしていたのです」
「種まきとは……」
「ええ、ちょっと待って下さい」
 そう言って、西岡氏は立ち上がり、一枚の写真を取ってきてくれた。その鮮明な写真には西岡氏ともう一人の日本人、それ以外に十人ちょっとの外国人の労働者が映っていた。
「これは、私が最後にいたインドネシアの工場の写真ですね、えーっと」
 老眼鏡をかけて、誰かを探し始めた。
「この彼です」
 写真の中で若い方から数えた方が早そうな色黒の彼を指を差した。
「彼が私の中での一番の教え子ですよ。彼の映っている商品は私がお墨付きを与えますよ」

 その後、西岡氏とは写真について、長らく話し合った。彼も写真が好きであったからこそ、カメラ部門の建て直しをやったようだった。

 帰り際に、西岡氏は言った。
「丁寧に作られたものには、心が宿るとはよく言われていますよね。大量生産の家電もそうですよ。作り手に意気込みがあったら、きっと心が込められます。カメラと写真で結び付けられた縁かもしれませんが、私は自分の込めた家電への心が伝わったんだと信じていますよ。だから、少ないながら、あなたのような方が訪れるんだと思います」
「確かにそうかもしれませんね。自分のために誰かが作ってくれたということはいいことですね。そのことを妻に言いましたら、『間違いなくあなたはロマンチストだ』と笑われましてね」
 私は照れ笑いしていた。
「カメラにしろ、家電にしろ、お客様は性能が良いものではなく、心の込め具合が良い物を買っていくのかもしれませんね」
「私もそれで選んだ覚えがあります。初めて、生産者が映っていたカメラですから」

 玄関での長話で、日はとっぷり暮れていた。旧友に会ったかのようだった。
 私は帰り道、本屋に寄って、語学のテキストを買っていった。

 教材を開き、CDを聞きながら発音を始めた。
「トゥリマ・カシー」
 私の定年後になるだろうか。この言葉を言いに行く旅を夢見ていた。

     


     

↑(FA作者:通りすがりのT先生)

     




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「白い架け橋」採点・寸評
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

1.文章力
 75点

2.発想力
 70点

3. 推薦度
 80点

4.寸評
 落ち着いた内容でまったりした気持ちになりました。
 特に意外性もない話ですが、サラリと読める良作ですね。この企画においてはむしろ新鮮に映りました。
 お礼を言うためにインドネシア語を勉強するなんて、素晴らしいご主人です。なんだか感動しました。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

1.文章力
 90点

2.発想力
 90点

3. 推薦度
 90点

4.寸評
 平均的にとても質の高い作品です。
 文章がとても読みやすいのもさることながら、発想の根幹である製造者表示ガイドラインがとても興味深いものでした。
 読後感もよく、作者様の伝えたいものがとてもよく表現されていると思います。
 100点へは本当あと0.5歩という感じです。ほんの僅かな余地ですが、更に伸びる部分はあると感じました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

1.文章力 50点
2.発想力 70点
3.推薦度 80点
4.寸評
 非常に爽やかな作品ですね。ですが、回想と現在の描写、構成に読みづらさを若干感じました。もう少し、綺麗に繋がっていると読みやすいと思います。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

1.文章力 65点
2.発想力 70点
3.推薦度 85点
4.寸評

 終始温かい雰囲気に包まれていて、とても読後感の良い作品だった。
 モラルを公開するため、という記述が少し分かりづらかったが、家電という生活に身近なものを取り上げ、顔も知らなかった人と人の繋がりを感じさせるものへと引き上げた、面白い設定だと思う。
 意外性こそなかったが、作中にもある野菜の生産者表記などを考えれば、現実的になくはない、程度の現実味加減が逆に良かったのではないだろうか。
 残念なのは、文体のほとんどが「~た」「~いた」「~だった」という締め方をするものばかりだったことだ。やはりこれでは読みづらく感じ、単純に文章力としてみれば減点せざるを得ない。
 逆にいえば、そこ以外には多少の説明不足以外、物語としては完成されているように感じ、ほとんど減点する場所が見当たらなかった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

1.文章力 50
2.発想力 30
3. 推薦度 20
4.寸評
 静かでのんびりした作風から、人の温かみを感じる。
 好みではないが、いい作品。「バイッ」。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
各平均点
1.文章力 66点

2.発想力 66点

3. 推薦度 71点

合計平均点 203点

       

表紙

みんな+編纂者一同 先生に励ましのお便りを送ろう!!

〒みんなの感想を読む

Tweet

Neetsha