Neetel Inside 文芸新都
表紙

NOT シー LOVE!
四つ眼 「私が慧によく読ませている雑誌は『mini』です!」(2010,0322 改稿)

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愛されているという驚きほど、神秘的な驚きはない。 それは人間の肩に置かれた神の指だ。


チャールズ・モーガン









 その夜、私はなかなか寝付けないでいた。もちろん、布団に入り目を瞑って、寝る体勢にはなっていた。
 でも、たった一つの疑問が私の安眠を奪っているのだ。
 ‘どうして、星さんは私の名前を知っていたのだろう’
 うつらうつらとしながらも、その事が気になって仕様がない。言い様のないこのわだかまりが私に何度も寝返りを打たせる。
 いくら考えてもその疑問の答えが浮かばないので終いには怖い想像を膨らませてしまった。
 ‘私を背負って保健室まで運んでくれた男の人は星さんじゃなかったのかも……’
 そんなわけない。そんなわけない。
 私は呪文を唱えるようにそう自分に言い聞かせた。余計な事を考える必要はない。さっさと寝てしまおう。明日になれば、きっと楽しい一日がまた始まるのだから。
 羊! リアジさん(あかりん語3。意味:想像力豊かな明が作り出したリアリティ溢れる空想の中の羊。リアル羊。夜、頭の中で明に数えられながら牧場を駆け回る悲しい動物)を数えよう。眠れない時の古典的な常套手段だ。きっと余計な事考えずにじっくり寝る事が出来るはずだ。
 その夜、私はわざと掛け布団を頭まで被せて眠りについた。


 次の日の朝。
 寝覚めは良かった。だるさはなく頭の中もスッキリとしていた。
 私はベッドから起き上がるとそのまま右向け右をした。このまま、ゆっくり歩を進めると……ゴツンと窓にぶつかる。ベッドから左に行くとデスク。その右隣が本棚。そしてその本棚から回れ右したところに洋服ダンスがある。
 私は、バッチリと自分の部屋の間取りを覚えている。とりあえず、自分の家の中ならなんとかスムーズに生活することができる。目が見えなくても、案外生活はできるものだ。
 私は部屋の窓を開けた。さすがにお日様の光を感じることはできないけど、お日さまの匂いと温もりを感じる事が出来た。
 新鮮な空気と共に街の音が私の部屋に流れ込んでくる。
 小鳥のさえずり。
 近所のおばさんかな? そのおばさんが箒で外を掃く音。
 元気にはしゃぎながら登校する近所の小学生よっちゃんの無邪気な声。
 私は「おーい」とよっちゃんがいると思われる方を向いて手を振った。
「いってきまーす!」と言う元気なよっちゃんの声がなんとも心地がいい。
 私はピンと両腕を伸ばして背伸びをしながら、大きな欠伸をした。
 窓辺に佇んで、ぼうとしているとトントンとドアをノックする音がしてきた。おそらくママか慧のどちらかだと思う。ちょっと荒々しいノックの音から察するにきっと慧だ。
 荒々しくドアが開かれたと思うと快活な慧の声が私の部屋に雪崩れ込んできた。
「おはよう! あかりん! よく眠れたかい?」
 私は「おはよう!」と言いながら慧がいる方を向いた。部屋を歩く慧の足音がベッドへと続いていく。ベッドのクッションが鈍く鳴った。そしてビニール袋を漁る音。慧がベッドに座ってコンビニで買ってきた朝ごはんのサンドイッチでも取り出しているのだろう。
 毎朝、慧は私の家まで迎えに来てくれる。序に私の家で朝ごはんも食べていくのだ。
 いつもの朝がこうやってまた始まる。
 まるで昨日起こった奇妙な出来事や寝る前の悶々とした気持ちが嘘のようだ。
「今日は新商品だあ! ツナマヨチーズトマトサンド!」
「いいね! すごく、朝食っぽい! ところで、私の朝ごはんは?」
 慧の話によると、私のママに挨拶をしにいこうとリビングやキッチンに顔を見せたけど、ママの姿はなかったそうだ。そして、リビングのテーブルに‘慧ちゃん明を今日もよろしくね’と書かれたメモと朝ごはんのおにぎりセット(おにぎり二個、卵焼き二切れ、たくあん二切れ)が盛られたお皿が置かれていたという。
 月に一回はこういう事がある。それは月の真ん中あたりの日だ。
 とりあえず、私は慧が持ってきてくれた朝ごはんを食べることにした。
 そのおにぎりはまだちょっと熱くて食べられなかったので、私は慧の‘ツナマヨチーズトマトサンド’とそれを交換した。
 朝食を終え、洗顔を済ませると、慧に今日着ていく服を選んでもらってから私はそれに着替える。そして、慧に指南されながらお化粧をする。
「よし! ばっちり! あかりんはやっぱり可愛いな! じゃあ、行こうぜ~!」
 今日は久しぶりにワンピを着た。いつもジーンズを穿くことが多いから、ワンピの下にレギンスを穿くとなんだかぎこちない感じがする。
 でも今日はおめかしをしなければいけないのだ。好きな人の前では気取りたい。
 今日こそは星さんに会いに行こう。
 よし、いってきます!
 私は玄関を飛び出した。と思ったら、私は勢いよく後ろからバッグを引っ張られた。
「やも~! (あかりん語4。意味:やだ!もう!の略)」
 なに? 何が起こったの?
「あかりん! ちょい待ち!」
「なにさ、慧! びっくりするから後ろからは引っ張らないでよ」
 私は振り返りブンブンパンチを慧にお見舞いした。もちろんそのパンチは空を切っていた。
「その服装にスニーカーは如何なものかと~」
 足元を控えめに慧に踏まれている。
 いつもの勢いで気持ちだけが前へ前へと進んでいたようだ。その足取りはスニーカーを履いていた分きっと軽やかなものだったに違いない。
「なんのために、今日はあかりん、スニーカーソックス履いてないと思ってるの!」
 そう言えば、今日、私は裸足だった。
 だとすれば今日は何を履くべきなのか……。
 私は頭の中で全身のコーディネートを思い返しながら玄関へと踵を返した。
 こうみえても、私はちゃんと人並みに‘オシャレ’には気を遣う方で、もちろん靴も結構持っていたりする。
 玄関の敷居が足の指先にガッと当たったので、そこから私はジャンプをした。着地と同時にしゃがみ込んで、その状態から右を向いた。そしてシューズボックスを開ける。シューズボックスの中を物色するけど、さすがにその中身まで私は覚えていない。「ヘルプ~」と情けなく慧に助けを求めた。
 やれやれとため息を零しながら慧は玄関に戻ってきて私をシューズボックスの傍からどかすと、ガサゴソとシューズボックスの中をあさり始めた。


 私は‘オシャレ’が好きだ。
 慧と一緒にショッピングをすることが今の一番の楽しみでもある。
 慧にファッション誌を読ませて、私のイメージに合いそうなスタイルを選んでもらう。そして実際にそのスタイルの服を買いに行くのだ。
 割と慧はファッションセンスがいいらしく、よく大学の友だちに「センスいいね」と褒められている。逆に私のセンスは「イマイチだね」と言われる。
 それは、そうだ。私の‘オシャレ’感覚は中学三年の秋で止まっているのだから。
 なぜなら、私はその年に目が見えなくなってしまったのだ。
 目が見えないのでは流行なんてわかるわけもない。
 その当時の私にとって、ファッション誌なんてただの紙束に成り下がったし、テレビから流れてくるファッション情報もなんだか漠然としていてイメージが湧かなかった。
 ‘オシャレ’に敏感な思春期真っ盛りの時期に視力を失った私には思い通りのファッションが出来ないということが大きなショックになっていた。
 極端な話、外に出るのも億劫になっていた。
 たしかに‘オシャレ’だけが全てではない。
 でも、アイデンティティがしっかりと形成されてない時期にどのように自分を表現するのかまたは主張するのかと考えたら、やっぱり外見に磨きをかけるのではないかと私は思うのだ。 だから、目が見えていた時、私は友だちと‘オシャレ’の話ばかりしていたし、たまに、みんなで街へ遊びにいった時には、ハイセンスな服装をしている同い年の子に羨望の眼差しを浴びせていたりもしていた。
 そして、子どもながらにどんなスタイルが自分に似合うのだろうとあらゆるティーンファッション誌を熟読していた。
 まさに、盲目的に。
 呆れるほど‘オシャレ’に執着していたせいで、目が見えなくなり、途端に‘オシャレ’を楽しめなくなってから、私は学校に行く時以外、頑なに外出することを嫌うようになった。  両親は、私が失明しまったことではなく、引きこもりがちになってしまったことを心配していたようだった。
 異性であるパパはそんな思春期の女の子の考えなんて理解出来るものではなかったらしく、お手上げ状態だったらしい。
 でも、ママは違った。同じ女だからこそ、私の悩みを真摯に受け止めてくれた。
 ママは、日々、若者向けのファッション誌と睨めっこをして現代っ子のファッションを研究してから、日曜日にはいつも「明! お洋服買いにいこう!」と私を外に誘ってくれた。ママは服を買いにいくということをそのまま外に出る理由付けにしてしまったのだ。
 ありがたかった。そして、すごく嬉しかった。
 実際に、ママとショッピングする、その時間は楽しかった。
 私はママを、自分が覚えているお店に連れ回した。
 娘のファッション感覚に最初のうちはママも戸惑いを覚えていたようだったけど、次第にそのジュネレーションギャップをママも楽しむようになったそうだ。
 ショップのスタッフさんからみたら、これほどに仲の良い親子も珍しいものだと思ったことだろう。それほど、私とママは服を買いに街に繰り出している時は盛り上がっていた。
 普段、ママは無口で大人しい物腰の女性だ。
 今思えば、ママは私を元気付けようと無理をしてはしゃいでくれていたのかもしれない。
 そんなママが買い物のときだけ「キャー」と一緒になってはしゃいでくれるのだから今では考えられない話だ。
 だからこそ、あの時のママの思いやりに私はすごく感謝してもしきれない気持ちでいる。
 ママの努力の甲斐あって、私も引きこもりから脱出することができた。
 そして、盲導犬のラブリーを連れて一人で外を駆け回るようになっていた。
 そして、そして。今、星さんという素敵な男性にも巡り会う事が出来たのだ。


「あかりん。これ、履いてみ!」
 慧に言われて、私は玄関の踏み込みに置かれた履物を足で探り当てて、恐る恐るそれに足を通してみた。
 それは春先に慧と一緒に先物買いしたTストラップのウェッジサンダルだった。
「さすが、慧! いいチョイスだね! ではでは、行きましょう!」
 私はすっと立ち上がった。
 いざ、大学へ!
 そして、帰りは星さんがいるはずの喫茶店サンタナへ行こう!
 私がそう意気込んだ瞬間、ギュッと右手首を掴まれた。
「も~う……。今度は何! 何さ! なんなのさ!」
「君はどこへ行こうというのだね」
「どこって……。大学だい! んで、帰りはサンタナに行くんだい!」
「なるほど。それはわかった。んで、なんか忘れてないか?」
「忘れ物なんてあるわけない……」
 あっ。
 私は慌ててサンダルを脱いだ。そして左手を壁に伝わせながらリビングに戻る。その途中で廊下に置かれていた何かに足をぶつけた。痛みを堪えながら左手にリビングのドアノブを確認するとリビングに入った。リビングに入ってすぐ右手。そこにあるラブリーのお家であるケージに私は飛びついた。
 ケージに手をかけると、指をラブリーにヌメッと舐められた。
「ごめんね。ラブリー忘れてた! さぁ、行こう!」
 ゲージの扉を開けると勢いよくラブリーが中から出てきた。カッカッカッと足音を鳴らしてラブリーは今日もやる気満々のようだ。
「慧! ハーネス取って~! てか、ラブリーに付けてあげてよ~!」
「たく、だらしがね~なぁ」
 まったく慧の言う通りだと思う。
 ‘恋は盲目’とはよく言ったものだ。
 ラブリーが「ワン!」と珍しく吠えた。まるで、ラブリーからも窘(たしな)められているようだ。
「ほ~ら、ラブリーも放っておかれて怒ってるぞ! もう……」
 慧は文句をたれながらも少し笑っていた。それに合わせてラブリーも元気に吠える。尻尾も振っているのだろう。さっきからそれが忙しなく私の脚に当たっている。

       

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