Neetel Inside 文芸新都
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Runatic3
幻影の襲撃

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結津が自室に引き篭もってからというもの、およそ二週間ほど経つ。
まさか、食事にもトイレにも部屋のドアを開けないわけはなかったろうが、
少なくとも西戸も軽那も、彼が家の中を出歩いているところを見たことはなかった。
家の中を出歩く、とは矛盾している言い回しである。
しかし、結津の現在の生活基準が自室内のみに留まって、
外で自らの姿をさっぱり見せない以上、一歩たりと部屋を抜け出した時点で、
それはまさしく出歩くと言う表現が似合う。

それにしても、この現状で困るのは、篭り切りの結津君にあらず、
彼と生活を共にする西戸と軽那である。
姿を全く見かけない誰かと同居していると言う事は、
何やら幽霊でも飼っているような感覚で気味が悪かった。
のみならず、二人が共に出かけると、結津は食事活動を開始するらしく、
帰って来た所、冷蔵庫の中の食料の一部が消えていたり、
戸棚に隠された菓子がなくなったりしていて、
腹を減らした空き巣に入られたのと判別が付かず、
こういった現象の起き始めた時分には、大いに驚いたものだった。
泥棒に侵入されたと、急ぎ軽那は警察に連絡しようとしたが、
金品など財産類は一つとして取られておらず、
家の何処も荒らされた形跡すらないことから、
恐らく結津の仕業であろうと、西戸は勝手な合点をつけて、
軽那の手から電話機をひったくってしまった。
その推理には確かなところもある。
それからというもの、家から食料が消失するたび、
その減少量から、日々の結津の空腹加減を推察するのだった。

さて。西戸、軽那、結津は三人揃って、
ようやく一人前の判断力、生活力を発揮するである。
その内の一人が欠けたとあっては何かと具合が悪い。
というわけで、結津を部屋から引っ張り出すために様々な手段が取られた。

西戸の場合。結津の部屋の前に立って、いい加減なお経を何時間も唱えたり、
蚯蚓がのたくったような字の書かれた札をドアに貼り付けたり、
家のいたるところに水晶玉を備え付けたり、
なぜだかひたすらオカルティックな方向へと傾いていたが、
それでも効果の程はまったくと言っていいほど見えず、
むしろ、札ははがされ水晶玉はゴミに出される始末であった。
この下手人はもはや結津で、ようやく外の事に興味を持ち始めたか、と期待したが、
家中の景観が悪くなると言う事で、軽那が執行したとのことであった。
それを知った夜には、大変な大喧嘩になったものである。

では軽那はというと、これは余程根気の要ることで、
ただひたすら、結津が自分たちの前に姿を見せることを待ったのであった。
傍目には、結津の存在を無視し、放置しているかのようであったが、
軽那に言わせれば、待っている、放っておくのとは全く違うとの、
薄っぺらい精神論を提示してくれる。
しかし常に、戸棚に結津好みの菓子を補充し、
冷蔵庫の中ににきちんと一人分の量の料理を据え置いていたのは彼であった。
時として、心無い人間――西戸がそれらを平らげてしまう事はあったが、
大抵は上手く、二人が留守の隙に出歩いた結津の胃に収まったようだった。

更に一ヶ月ほどがたった。
いままでずっと一緒の三人で暮らしてきたのが、
一人減ったことは確かな違和感となって、西戸と軽那を苛んでいた。
臓腑を丸ごと取っ払われて、代わりに綿を詰められたような腹部の頼りなさ、
そんな風に、連日をふかふかした定形の無い不安と共に過ごしていた。

そのところ、ようやく結津が帰ってきた。
くたびれた顔に、くたびれたシャツで、くたびれた鞄を手に提げて、
風に吹かれたように、ぶらりと参上して玄関の戸を叩いたのであった。
その時の二人の喜びようといったら、
安堵のオブラートで、今にも爆発しそうな感激を包んで、
胸の中に大切に仕舞い込んでいたという様子である。
早速、居間のテーブルを、かつてようにの三つの座布団で囲み、
三人して茶の入った湯飲みを前にして、腰を落ち着けた。

結津の語った話は凡そ以下の通りである。
何故だかふと旅に出たくなって、自分の少ない全財産を持ち、
鉄道に乗って何処とも付かない田舎に向かったところ、
知り合った農家を手伝いながら、暫く世話になっていた、と。
暫くといっても余りに長い暫くである。
二人は、彼が長い間無断で家を空けていたことに対する怒りもあったが、
事の真相が余りに牧歌的で、罪の無い話であり、
結津本人が米搗きばったのように何度も頭を下げる有様なので
結局は愉快に笑いながら、彼の粗相を赦してしまった。
事実として、再び三人が寄り合って元の鞘に納まったのだから、
何かととやかく言う必要も無かった。
その夜彼ら三人は己の部屋に入ることなく、客間に雑魚寝して、
互いの寝息を存分に聞き合った。

翌朝、三人の部屋は満遍なく荒らされ
玄関のドアの表には、バカ共在住と赤ペンキで大きく書かれていた。
今度こそ三人は、電話機に飛びついて仲良く警察を呼び出す羽目になった。

       

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