Neetel Inside 文芸新都
表紙

泥辺五郎短編集
「雛(ひな)を拾う」(近未来雛拾い小説)



 壊れた機械類と油と動物や人間の死骸が流れる川は、昨晩降った雨のせいで今にも溢れそうになっている。淀み濁って腐りきっている川面に、今また誰かが、動かない男児を投げ入れた。今晩も雨が降れば彼は我が家に帰れるかもしれない。
 
 雨ではなく飛行機が降ってきた。カシャンガシャンカシャンガシャンガガカカガ、という音と共に、マンションの屋上から投げ捨てられたらしい、戦略爆撃機B-29の雛たちが、私の横に落ちてきた。見上げると一瞬クソガキどもの顔がちらりと見えた。もっとちゃんと狙え、と、むしろ当てられなかったことに腹が立った。

 まだ空を飛べるまでに育っていない十機ほどの雛が無惨に壊れ、オイルを漏らし、息絶えようとしている。一機、幸いなことに街路樹に引っかかり、道路脇の植え込みに救われ、仲間の残骸の上に落ちたものだけがまだ生きている。傷もなく、手を近づけるとピーと鳴き、噴射口から軽く火を吐かれたが、皮膚を焼かれるほどのものではない。屋上からはもう雛も子供も落ちてくる気配はなかった。

「野生の雛をむやみに助けないで下さい」と書いてあった、子供時代に見た貼り紙のことを思い出す。あれは野鳥のことだ。飛行機の、それも爆撃機のことではあるまい。しかし今では鳥も機械も人間も死骸もそう変わりはない。雛を巣に返しに行くべきかもしれない。十階建てのマンションの屋上では、壊れた機械類を寄せ集めて造られたB-29の巣が空にはみ出している。投げて届くものではない。エレベーターなどどうせ壊れている。哀れな雛を助けるために十階分の階段を上がるだけの理由を私は持っていなかった。

 爆弾を孕むこと叶わなかったB-29の残骸たちを側溝に蹴り込む。生き残りの一機もその中に一緒に投げ捨ててしまえ、という声が身の内から起こる。それが自分の声であるから私は反発する。こんな人間の言うことなど聞く必要はない。屑に指図される覚えはない、と怒りすら湧く。私は私を認めていない。飛ぶことが出来ない雛はカタカタ音を立てて地面を這っている。同胞たちの死が分かるのか、鳴き声に悲哀が混じっているように聞こえる。

 気のせいだった。爆撃機に感情などあるまい。先ほど墜落死したきょうだいたちから漏れた油を、雛はちびちびとすすっている。腹が減っていただけなのだ。食えるものなら何でも構わないのだ。私は川に浮いている油を雛に与えようと思いつく。しかし手で掬うわけにもいかず、何か容器になるものを、と辺りを見回すと、酒の自動販売機が目に入った。放置されて何年になるものかわからない。電源も入っておらず、中に入っていた札も小銭も抜き取られた後であるのは間違いないであろう代物であった。ワンカップを取り出し、それで川の油を掬い取ってやろう、と私は考えた。

 自動販売機の腹を蹴った。繰り返し蹴った。場所を少しずらしてまた蹴った。足が痛くなっても蹴り続けた。どうにか私の足がいかれてしまう前に、一本の未開封ワンカップが落ちてきてくれた。蓋を開けると明らかに腐っていた。腐っていたが飲んだ。酔う前から口の中にゲロの臭いが溢れた。胃が腐り、肺が腐り、体の中がヘドロとなっていく感覚に襲われた。崩れて溶けてしまえばいいと思った。消えてなくなってしまえばいいと願った。

 川面と地面の区別がつきにくくなっている。私は慎重に川面を探り、なるべく油の浮いているところを選び、ワンカップを差し入れた。誰かの血とちぢれた毛が混じっていた。雛に差し出すと、まだ細くて頼りなげな翼を器用に用いて毛を取り除き、油と血を飲み干した。血は後で捨てるのだろうか。それとも翼が赤く染まるのだろうか。私は雛を部屋に持ち帰ることを夢想した。狭いアパートの一室の中を飛び回り、次第に大きくなっていくB-29。もういい加減野生に帰してやろうと思い立つ頃には、部屋を壊さないことには外に出られなくなっている。

 飼う気はなかった。ちっぽけな機械一機飼うほどの金すら持っていなかった。人間にしろ動物にしろ機械にしろ、責任持って面倒を見られるほど私の寿命は残っていない。現在この国の平均寿命は三十歳を切っている。雛を手に取り、ところどころ人の住んでいる気配はあるのにもかかわらず、住宅地というより廃墟に近い雰囲気を醸し出しているマンションの階段へと向かう。一度餌を与えられたくらいで私のことを信用したのか、抵抗することなく雛は私の手のひらに収まった。ただ眠いだけだったらしく、寝息のような音を立て始めた。強く握ればこちらも怪我はするだろうが、簡単にひねり潰せてしまいそうな爆撃機だった。私は階段を昇った。五階まで来たところで足が動かなくなった。ヒビが入ったまま治療していない肋骨も歩くたびに痛んだ。

 空が暗くなったのでまた雨が降るのだと思った。川が溢れ、生きている人と死んでいる人と動いている機械と動かない機械が混ざり合う日が来たと喜んだ。しかし私の夢想は手のひらの火傷により打ち破られた。雛は目を覚まし、ガーガーとやかましい音を立てて鳴いている。飛べないくせに無理に身を乗り出して階段の上に落ち、せっかく屋上から落とされても奇跡的に無事だったというのに、片翼の先端が折れてしまった。雛が見上げようとしていた先には巨大な灰色の雲がある。よく見ると、その中から一機の巨大な爆撃機が湧き出てくる姿が見えた。階段を駈け降りてくる者たちの気配がある。「やべえ」「落とすぞあれ」という、生意気そうなガキの声が近付いてくる。しかしすぐに爆撃機の飛行音が彼らの声をかき消す。私の脇を駆け抜けていったガキどもの足が雛を踏み潰した。雛の親らしきB-29はぐるぐると上空を回っていたかと思うと、糞のようなものを落としていった。

(了)
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