Neetel Inside ニートノベル
表紙

蟲籠 -deity world-
白い白い蟲の影

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「……それは本当かい? 静馬君」

 翌日『雑貨屋 アトランジェ』には、昨夜の静馬が遭遇した物の話を、神妙な表情で聞く瀬川の姿があった。

「はい、具体的な時間ははっきりと覚えていませんが、事実です」
「ふむ……」

 半開きになった窓から街中の喧騒が流れる中で、瀬川は押し黙る。
 つられて口を閉ざした静馬の手には、とあるコンビニのビニール袋が提がっていた。
「とにかく、まずは実見しよう」
 そう言うと瀬川は袋を受け取って、ビニール袋を古ぼけた卓袱台の上に置く。いつ壊れてもおかしくないくらいの年代物だと静馬は聞いていたが、どうやら一人の勤勉な少女によって手入れが施されているために、まだ十年ほどは使えそうだった。
 その上に置かれたビニール袋の中には一匹の蛾の死骸、ではなく、真っ白な砂のようなものが集積していた。
 瀬川は直にそれをつまむと、怪訝そうに凝視する。
「これは……間違いないね。《デルモグリス》の一種だ」
「……そ、それは一体何ですか?」
 聞いたこともない単語で疑問符を浮かべる静馬に、瀬川は砂をぱらぱらと落下させながら、諭すように呟く。
「《デルモグリス》。"蟲"の一種であることは、言わなくても分かると思う。ただ、これは僕らの言う"蟲"である中では少々特異なものでね。またの名を《ファンブル》とも言う」
「ファンブル? 探す、弄ると言う意味の?」
「そうそう。原義は《探し求める者》で、実態は《攻撃本能を持たない偵察用の蟲》だ。特に危険性もないし、発生源が不明だから詮索する必要もない」
 瀬川が砂を一握して、手の平に広げる。
「……だけど、今回の場合はちょっと面倒なことになっているね。実際この蟲が出現したときには、少なからず何かしらの蟲と遭遇するはずなんだ。だけど静馬君は"現実では"遭遇していない。そうだろう?」
「はい。先も言ったとおり、真っ暗の場所で死体のようなものに感覚を奪われました。過去の経験から照らし合わせると、あれは"蟲"、もしくは《変異体》で間違いないと思います」
「うーん、やはり検証する必要がありそうだ……」
 街並みの雑踏が、訪れる沈黙を塗り潰す。
 曇り空の控えめな日差しが若干降り注ぎ、二人のいる空間は気持ちよく微睡ろんでいた。
「思い立ったが吉日、早速調べてみよう。おーい、柚樹ちゃーん、柚樹ちゃーん」
「はーい、二回も言われなくても聞こえてますよー。何ですかー?」
 元気のいい声と共に現れたのは、うさぎのアップリケがされた緑のエプロンをした木下柚樹。ここ『雑貨屋 アトランジェ』にて雑用含めたほぼ全ての家事をこなしている、静馬より一つ年下の少女である。今日も髪を緑色のヘアゴムで後ろに束ねている。彼女がいなければ、この雑貨屋の明日はない。雑貨屋ではなく、雑貨そのものになってしまう。
「今から"デッサン"をしようと思うから、よろしくお願いするよ」
「あ、はーい、分かりましたー」
 そう告げると柚樹は慌しく流し台の方へと戻っていった。静馬から見ても、かなり実直な少女であることは間違いない。
「さて、それじゃ僕らも移動するとしようか」
 して、家事全般には凄まじく興味を持たない瀬川は立ち上がり、静馬も一度は行ったことはあるデッサンルームへと、足を進めた。


 奥にある扉をくぐると建物が変わり、豪奢に彩られた壁が静馬たちを出迎える。壁には相変わらず人体を模倣した絵が飾られてあった。今となっては、それは"デッサン"という行為によって描かれたものであることは、想像に難くない。
 廊下を進むにつれて最近のものへと変わって行き、更に奥にある扉の手前、一番真新しい絵には珍しく人体の断面図のようなおどろおどろしいものではなく、二匹の蝶のような絵が描かれていた。
「これは……」
「前の、辻本君と高原君だね。彼らは怒りや哀しみの蟲となって死ぬことはなかったから、こんな風に彩色の明るいデッサンが描かれたんだ」
 感慨深く頷く瀬川に、静馬は以前から持っていた一つの疑問を投げかけた。
「……そもそもの話、なんですが」
「うん?」
「デッサンって、何なんですか?」
「あ、それは私が説明します!」
 静馬が肩越しに振り返ると、先程のビニール袋を右手に持った柚樹がちょこんと立っていた。
「デッサンと言うのは私の"力"を使ってですね、擬似的に未来予測や蟲狩経過記録を残すために行うことなんです。私の力、則ち《カサンドラの泉水》を使って、色々な絵を描くんです」
「それじゃあ、あの絵は全部柚樹ちゃんが?」
 静馬がそう訊ねると、柚樹は首を横に小さく振る。
「全部、じゃないですけどね。中には雪村さんが描いたものも混じってます」
「雪村さんが? 雪村さんも同じ能力を?」
「あー、そうじゃないんだ。雪村さんはね…………、完全に、"趣味"なのかな」
 と、瀬川が不思議めいた顔で答える。
「……それって、大丈夫なんですか?」
「まあ、元々雪村さんは画家だったらしいからね。蟲と関わったことでこのような絵を描き始めてもおかしい話ではないと思うな」
 それを聞くと、静馬は納得したように頷いた。
「やっぱり、蟲に遭遇すると人は必ず少しは変わるんですね。そういうことか……」
「? どうしたんだい静馬君?」
「あ、いや、何でもありません。さ、行きましょう」
 静馬がそう促すと、少々の疑念を浮かべながらも瀬川は周りとは一際印象の違うモダンな扉を開き、デッサンルームへの扉を開いた。
 中には変わらず壁いっぱいの本棚があり、真ん中にはぽつりと白い丸テーブルと小さな椅子があった。変わったことと言えば、絨毯の色が以前は鮮やかな西欧風だったのが、中東の豪勢なものになっていることぐらい。窓がない割には空気がひどく澄んでいて、目さえ瞑っていれば青空と大草原がイメージできそうだった。
「さて……と」
 瀬川は一足早く部屋の中へ入るとすぐさま本棚をあさり始め、足元にはみるみるうちにいろんな色のハードカバーをつけた辞書のように分厚い本がばら撒かれていった。
「これでもない…………これでもない……、あれ? どこへやったかな?」
「ゆ、柚樹ちゃん。瀬川さんは、一体何を?」
 見かねた静馬は、柚樹に訊ねる。
「瀬川さんは、デッサン用の紙を捜しているんです。今回は節足動物門・昆虫網・チョウ目に分かれている中で特にアゲハチョウ上科セセリチョウ上科シャクガモドキ上科を除いた分類群のさらに中でも一際白く輝く昆虫――――則ち<シロヒトリ>の名称を持つ蟲の…………あれ? 静馬さん、どうかしましたか?」
「いや、何でもないよ。ちょっと頭が痛くなっただけだから」
「お、あった。いやー、無いと思ったから焦ったよ」
 完全に一人の世界に浸っていた瀬川が、焦る様子もなく一枚の紙を取り出す。
「これが<シロヒトリ>用の紙で、間違いないかな?」
「…………はい! 大丈夫です!」
 何とか思考を回復した静馬が瀬川のほうを見ると、その手には一枚の真っ黒の紙がぶら下げられていた。純粋に真っ黒な紙で、油断すればその奥の闇に引き込まれてしまうそうだった。
 と、そこで静馬に一つの疑問が生まれる。
「あれ? でもどうして僕の遭遇した蛾がその<シロヒトリ>って種って分かったんですか? 蛾そのものを見たのは僕だけなのに」
「そんなの、死骸の砂を見れば分かりますよー」
「……これも、柚樹ちゃんの力、というわけだね」
「……<インセクター>って、もう何でもありですね」
「それについては、同感だね」
 瀬川と静馬は、困ったように揃って肩を竦める。
「よし、それじゃ柚樹ちゃんは作業を始めてくれ」
「はーい」
 柚樹に紙を渡すと、瀬川はくるりと振り返って静馬の方を向く。
「作業の邪魔になると悪いから、僕たちは少し出てようか」
「あ、はい。分かりました」
 そう言うと二人は入って一分も経たないうちに、デッサンルームから出た。
 絨毯の模様を、もう少し眺めてみたかったなあ。
 それが、静馬の本音だった。


 デッサンルームにつながる廊下の中央付近で、瀬川と静馬は揃って壁にもたれた。正面にある鮮やかな額縁の中には、人間の戯画のようなものが描かれている。瞼を黒い糸で縫われて瞳は閉じ、全身がおぞましい凍傷に脅かされている人体のようなものを真似た具象画は、今にも動き出しそうなほど鮮明に描かれていた。
 よく見るとそれは、"砂のようなもの"で描かれた擬似サンドアートであることが分かった。
「作業終了までには少し時間がかかるから、その間に雪村さんにまつわる話でもしようか」
 瀬川は一息ついた後、そう切り出した。
「そういえば今日、いや一昨日ぐらいから姿を見かけてませんね……」
「それについても、まとめて話そう」
 瀬川が、説明口調で語りだす。

「雪村さんはここの代表みたいな存在で、しょっちゅう<本部>を称される所へ出向いているんだ。だから雪村さん姿を見るのは、僕らでも一週間に二、三回程度だったんだ。だけど、静馬君が来てからは少し慌しかったから、今回はその期間中の報告とかを一気に片付けているんだと思うよ」
「はあ……、僕らと同じような境遇の人が、全国には何人もいるんですか……」
「……それでも、<インセクター>は日を追って増えつつある。蟲の脅威とそれへの関心、僕らの力の均衡がまだつりあっていないんだね」
 その言葉に、静馬はこの世界の行く末を感じる。
「僕らが犠牲になって蟲をくい止める以外、方法はないんですね」
「悔しいけど、その通りだ」
 静馬はもう一度目の前にある「これが現実だ」と訴えんばかりの絵を見据え、胸をえぐられるような思いに襲われた。
 絵中の生き物が、言葉のない問いをぶつける。
 右手にのぞく扉からは、物音一つしない。
 瀬川は怪訝そうに顔を歪めて、話を続ける。
「――――話題を変えよう。雪村さんの能力について、まだ話していなかったね」
「はい……。和也君が、超能力みたいな力だーって、呟いてるのは聞きましたけど」
「世間的には、超能力であってるのかな。雪村さんの力は、<空間支配能力>だ。名称は、《アザ・トース》とも言う。由来はクトゥルー神話で語られている、黒い玉座で全ての時間と空間を支配すると言う万物の王、アザトースからだ」 
「それは、一体どういう……」
「本当簡単に言うと、超能力さ。対象は単体だから複数の蟲相手には力が及ばないけれど、一対一なら絶大な力を発揮する。その他にも僅かだけれど、少し先の未来ぐらいは予測できるらしいんだ」
「ああ、そう言えば和也君たちのときにも、ほのめかすような事を言ってました」
「そうなのかい? それだったら僕が焦って行く必要もなかったかもね」
 瀬川は肩を竦める。
 静馬は僅かに表情を和らげ、言葉を紡ぐ。
「でも今は、現役じゃないって言ってましたよね、雪村さん」
「そう。ある事件をきっかけに身を引いたみたいなんだ。僕が<インセクター>になる前の話だから、僕もあまり知らないんだけどね」
「……そうですよね…………」
 瀬川の知らない真実を知っている静馬としては、とても歯痒い思いだった。後から聞いた話によれば、瀬川は五條によって当時の記憶のほとんどを消されているらしい。だから、どのように自分がインセクターになったのかは、瀬川には分からない。彼もまた、静馬と同じく蟲と戦うしか生きる道がない人間だ。
 心の底から湧いた思いを追い払い、静馬は無理矢理笑顔を、造る。
「雪村さんがまだ現役だったら、今以上に頼りになったんですかね」
「いや、一概にそうとは言えない」
「……?」
 即座に否定する瀬川に、静馬は首を傾げる。
「雪村さんの力は、静馬君の《ラケシスの報償》と同等に強力だ。だけどその分同じように、デメリットが存在する。しかもどちらかというと…………メリットより、デメリットの方が強い」
「と、言うと?」
「……雪村さんは過去のトラウマにより、力を使うたびに寿命を縮めてしまうらしいんだ。それくらいのデメリットなら僕の力だってそうだし、現在では<インセクター>による延命治療も存在するらしいから、そこまで危惧する必要はないと言える」
 そこで一旦区切り、一呼吸置いて、
「だけど雪村さんの場合、<インセクター>である時期が長すぎたらしいんだ。その長さは正確には分からないけど、十年以上だと推測できる」
「十年……!?」
 まだ<インセクター>になって半年も経っていない静馬としては、その年数はあまりにも長すぎた。
「驚くのも無理はないよ、僕だってまだまだひよっ子だからね」
「それじゃ、僕はまだ卵ですね」
 ははは、と瀬川が愛想の良い笑い声を上げる。
「卵は卵でも……とんでもない力を秘めた卵だ。生まれた瞬間、フェニックスにでもなるかもしれない」
「でもフェニックスって、不死鳥ですよね?」
「…………あ」
 今度は静馬が小さく笑う。
「でも、もしかしたら本当に不死鳥かもしれないよ? 《ラケシスの報償》と言う力は未だに希少で、大部分の力は解明されていないからね」
「それだったら、本末転倒じゃないですか。僕の力は、相手の望むものを差し出すんですよ?」
「……ど、どういうことだい?」
「あー、っとですね……」
 悩み顔の瀬川に、静馬は頭の中をゆっくり整理してから答えようとする。
 その時。




「瀬川さん……!! 静馬さん……!! た、大変です!!」


 焦燥に満ちた声と共に現れたのは、 黒い紙を片手に持っている柚樹だった。息を荒げて不安そうに眉を寄せ、額には冷や汗が浮かび上がっていた。
「柚樹ちゃん? 一体何が描かれたんだい?」
「こ、これを……」
 瀬川は極めて冷静に、柚樹から黒い紙を受け取る。
 刹那、瀬川の表情は若干曇る。
 それを見て、静馬は不安を覚えずにいられなかった。 
「瀬川さん!? 何が……、何があったんですか!?」
「……そう慌てることじゃない。これは実に単純で、対応のしやすい"蟲"だ」
 瀬川は静馬に黒紙を手渡すと、表情を硬くして口元に手を当てる。
 描かれていたのは――――


「蟲はすぐそこにまで、迫って来ている」

 ――――翼を広げた、真っ白な烏。

     †

 昼下がり、長閑な空気が広がる街の中。
 街路樹が風に揺られてざあざあと喚き、鳥が空を舞うと、人々はつい空を見上げる。一転の晴れ間もない曇り空からは雨すらも降ってこない。湿度の高めな少し淀んだ空気の中でも、子どもたちは元気に駆けずり回り、混ざり合う雑踏は絶えることなく、敷き詰められた地面を踏み鳴らす。
 外回り途中のサラリーマンは、堅苦しいデスクから開放されて伸びをする。
 休日を満喫する女子学生たちは、端正な顔の男を見つけては騒ぎ立てる。
 人込みではぐれてしまった親は困り顔を浮かべ、子は泣き顔を浮かべる。
 散らばる人々の会話。ばら撒かれる平行線は交わることはあっても、交わりを持つことはほとんどない。
 電子音の合図と共に赤から青へと変わり、人々は動き始める。建造物で作られた区画の隙間を碁盤上に路が走り、人は重なることのない目的を持って歩く。
 跳ね返る太陽光。
 照り付けられたアスファルト。
 全てが変わらないままで過ぎ去ろうとしている。


 その中に、一人の異端者が現れた。
 片腕には指先まで包帯を巻き、片腕には小さな鞄が提げられている。目は虚ろだがどこかを睨むように鋭く、髪は病的に白くなっている。白のTシャツに黒のポロシャツを羽織り、ズボンは黒の綿パンツで、初夏にしては少々黒っぽい服装。足取りは正確に、小股で足を進める。
 少し異様な雰囲気はあるものの、特別おかしいとは言いがたい格好の、一人の少年。
 それでも彼を異端者と呼ぶ所以は、別にあった。

「この街に……いるみたいだ」

 彼は周囲を見回し、人々の視線から逃れるようにして路地へと走りこむ。
 大通りに見つからない程度の場所まで来ると、彼は鞄の中から一つの白い箱を取り出した。陶器に似た感触の、質素な白い箱。
「さあ、出てくるんだ」
 その蓋を開けると、中には夥しい量の"白い卵"が箱と同化していた。
 中からいくつか取り出し、少年はそれを包帯で覆われた手の平に乗せる。
「早く行って、探しておいで……」
 そう言うと、答えるようにして卵が蠢き始める。卵はしばらく手の平でのた打ち回ると、そのうち動きを止めた。

 して、次の瞬間。
 ぐい、と針状のものが卵膜を内側から引き伸ばすと、やがて勢い良く膜は破れ、昆虫の足に似た形状物が姿を表した。
 それを見て、少年は哂う。
 他の卵も同様に蠢き、次々とその内部を表していった。

 その姿は、ちいさな、ちいさな、蛾だった。

「そして、僕に殺させておくれ……」

 言葉を聞くと蛾は一斉に飛び立ち、建物の合間を抜けて曇り空へと飛翔していった。
 少年はそれを見守ると、壁にもたれかかって腕組みする。


「おい。てめえ何だよ、コラ」

 声に反応して少年が振り返ると、そこには髪を金色に染めた現代では非常に珍しい「ヤンキー」に分類される人間たちが少年を睨んでいた。
 少年は一瞬考え込んだが、すぐにここが彼らの縄張りであることを理解した。
「だが少年は動こうとはしなかった。なぜなら、その少年にはある力が……」
「人の質問に答えろって、ママから教わらなかったか? あァ?」
 彼らはいつの間にか少年の目の前にまで迫って来ていた。
「やれやれ、人がせっかく説明してあげていると言うのに……」
「アニキ、コイツイカれてんじゃねえの?」
「どうやらそうみてえだな。一度ぶん殴ってやンねえとわからねえクチだ」
「あのねえ……」
「ん、何だその白い箱は。金目のモンか?」
 ふと、ヤンキー(希少人種)の一人が少年の手元に目を向ける。
「違いねえ。大事そうに持ってやがるぜ。ちょっと貸せよ」
「まあ、別にいいけど……気をつけたほうが」
「どれ、何が入って…………あ? BB弾? 何でこんなモン大事に持ってやがんだ?」
 ヤンキー(人類の恥)の一人が、卵をいくつか手にとって握りつぶす。
「うわ! これBB弾じゃねえよアニキ! 何かこれ、うわあぁ!?」
「どうしたカズ……!? な、なんだそれは!?」
「アニキィィィ!! こっちもやべぇぇぇ!!」
「ヤスもか!? クソガキてめえ、一体何を…………ぐわああぁぁっ!! ……あ…………」

「……もう遅かった、か」


 ………………
 …………………………………………


「やれやれ、やっぱり腐った人間ってのも、駆逐する必要があるのかな。でもまあそれは、目的を終えた後でも十分すぎるな」
 少年はズボンについた埃を軽く払うと、内容物の少なくなった箱を持ち上げる。
「また、補給に行かないといけないな。今回はこれだけでも十分足りるだろうから、その後でも構わないか…………、っと、偵察部隊のお帰りかな?」
 頭上を見上げると、一匹の蛾が少年の手元に舞い下り、少年はそれを耳に近づけた。
 蛾はそれを確かめるように身じろぐと、耳の中めがけて飛び込んでいった。
 少年は一瞬、よろめく。
「この感じは、何回経験しても慣れないなあ……」
 鷹揚な表情を浮かべると目を瞑り、考え込むようにして俯く。
 そしてすぐに、目を見開いた。
「なるほど、名前は分かるからすぐに向かうとするか……」
 そう呟くと少年は白い箱を鞄の中へ仕舞い、靴音を甲高く鳴らして路地裏から立ち去る。


 後ろに見えるは、所々から腕や足が力なく飛び出した、三つの大きな白い"繭"。
 そして少年は、ぼそりと言う。


「ターゲットは『雑貨屋 アトランジェ』に、あり……」

       

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