Act3. ふたつの言葉を話す青年
~打ち明け話~
「あの、どういう、……」
リースと呼ばれた少女は、とまどった様子で問いかけてきた。
無理もない。俺たちはみな、異種族の言葉は聞こえないし話せない、そういうことになっているのだから。
「説明しよう。
――落ち着くお茶を入れるから、火のところまで行こう。歩けるか?」
「は、はい」
リースは気丈にもそう答えて立ち上がろうとしたが、まだ腰がぬけているらしく、そのまま倒れ掛かる。
とっさに飛び出してルークが彼女を支える。
「まだムリだよ。
ぼくがおんぶしてくから。乗って」
「う……うん。ありがとう」
『太陽の民』のルーク、『月の民』のリース。二人の言葉は互いに聞こえていないはずだ。
しかし俺の耳には、まるですでに通じ合っているかのようにそんな声が聞こえた。
俺は、あんまり可愛いので二人の頭を思いっきりなでなでしてから、焚き火のそばへと二人を先導した。
焚き火のそばでは、すでにサラが待っていた。
美しい銀の髪を揺らし、にっこり笑って一言。
「お茶は手配いたしました。わたしはどちらの言葉を話しますか?」
相変わらずの手回しのよさ、俺は思わずやつを拝んだ。
「かたじけない!!
それじゃ、太陽の方頼む。リースには俺が話した方がいいだろうから」
「かしこまりました♪」
これから二人には俺の長い身の上話をしなければならない。しかし、いくらふたつの言葉が話せるといっても、それを同時に話すことはできない。同じ話を二度するのは大義だ。だから通訳を誰か頼もうと思っていたところだが、サラはそれを察して、というより先回りして待っていてくれたのだ。
「ホントお前ここのリーダーならない? ぜったい俺よりうまくやれるぜ」
「わたしは副官タイプですから。それに内気で人見知りですしw」
やつはころころと笑ってのたまうが、その後半ウソだ。ぜったいウソだ。
しかしここで漫才をしていても若者たちが困るので、それはおいといて俺は本題に入ることにした。
「まずリース、俺は君に謝らなきゃならない。
君の事を勝手に『太陽の』…もとい、『火の民』と思い込んで、『月の言葉』で話しかけてみようとしなかったこと。
そのせいで、しなくてもいい怖い思いと不自由をかけてしまった。
そのことはホントに申し訳なかった。
この通りだ」
「え、……いえ、そんな……
あの、わたしは大丈夫です。みなさん優しくしてくださったし、……どうか頭なんか下げないで下さい、ええと」
「あ、ゴメン。
俺はナガル。このキャラバンのリーダーをやってる。
こっちはサラ。サブリーダーだ。
で、彼がルーク。恩人を探してこのキャラバンに同行してる旅人だ」
「わたしはリース、リース=クランベルです。クランベルキャラバンの者です。
本来ならわたしがクランベルをまとめていかなければならなかったのですが、力及ばずご迷惑を……。わたしこそ、本当に申し訳ありません」
リースはそういって、逆に深々と頭を下げてきた。
「それって、どういう……?」
通訳された言葉からだけでは事情を推察しきれなかったらしい、ルークが問いかける。
「ええと……
わたしは前のリーダーの娘だったの。
けれど両親がなくなったあと、あの男、母の義弟なんだけれど、あいつが後見という名目でついて。
弱くて未熟なわたしは、あっという間に実権を奪われた。それどころか、ほとんどドレイのような待遇にまで落とされた。
そうして奴はやりたい放題、ついにはクランベルを強盗団に仕立ててしまった。
本当に、わたしさえしっかりしていれば……」
あの一団が暴走したのは、自分が非力だったからだ、そう彼女は言う。
しかし、こんな可憐な少女が、キャラバンリーダーの重責を負わねばならなかったのかと思うと、そしてそれを、卑怯な暴力で奪われたのだと思うと、俺にはとても彼女を責める気にはなれなかった。
――俺も、この年のころはほんとによわっちかった。
そして、自分の身ひとつ、自分で守ってこれなかったのだから。
「そんな、君は悪くないよ!
だって、おじさんは大人なんだろ? それが悪いことしたら、悪いのはおじさんのほうだよ。君が悪いなんてことはない」
「ルーク……」
一方二人は、となりで見つめあって手をとりあわんばかり。
ああもうこいつら、なんだってこう可愛いんだろう(萌)
通訳しながらサラも満面の笑顔だ。
いっそこのままふたりで青春させておいてやりたいところだが、それにはまだ通訳が必要だ。そしてこういう通訳なんて野暮ったくてやってられない。俺は(もったいないけど)話を進めさせてもらうことにした。
「俺もまったく同感だな、リース。
俺は君と似た境遇だったが、自分が悪いとはいまだに毛ほども思えないしな。」
「え………」
そして俺は始めた。これからふたりにする提案の、下地となるべき身の上話を。
「俺もさ、キャラバンの子供だったんだよ。
で、おやじおふくろが事故で亡くなって。
気がついたらドレイみたいな待遇だった。
雑事全般おしつけられんのはあたりまえだし。食い物はほとんどもらえないし。八つ当たりや気晴らしに殴られたりいじめられたりもした。
また当時の俺ときたら気弱でさ。けっこうめそめそしてたもんだから面白がられたんだろうな。ったくむかつく連中だぜこんないたいけな俺様を(笑)」
「ナガル、ギャグに聞こえます。」
ナイスタイミングでサラが突っ込みをくれた。
「うんわざと。だってヒサン話がメインじゃないもん。
……それに奴ら、死んじゃったしさ」
「それって……」
「ああ。『月の民』のキャラバンと交戦してな。
俺はラッキーだった。みすぼらしいナリしてたし、丁度前の日にぶん殴られて、鼓膜が破れて耳も聞こえなかった。
だもんだから、正体不明だけど多分『月の民』の捕虜、てことでそのキャラバンに拾ってもらえたんだ。
そこでの暮らしは、それまでがそれまでだからもう天国に思えたね。
みんな優しいし、食べ物だって服だってちゃんともらえたし。
すぐ俺は決意した。俺は生まれは『火の民』だけど、これからはこのキャラバンで、この優しい人たちのために生きてこう。耳が聞こえない『月の民』として生きてこう、て。
俺は一生懸命働いた。読み書きと手話を覚えて、勉強もいっぱいした。この人たちの役に立ちたい。ただその一心だった。
だけど悪夢は忘れた頃に蘇るんだよな。
一年位あとかな。前のキャラバンのリーダーが、俺たちを探し当てたんだ。
ヤツは俺に、戻って来いといった。お前みたいな役立たずでも、飯炊きをするものがいないと不自由だから。もう一度自分のものになるなら、裏切ったことは水に流してやってもいい、と。
俺はもちろん拒否ったさ。俺のヒサンな境遇は、全面的にヤツのせいだし。
するとヤツめ何したと思う? 飲料水に毒を投げ込んだんだ。俺がしていた首飾りと一緒に。
『これでお前はもうここにいられない。どんなにいやがってももう終わりだ。いい加減にあきらめるんだな』と。
荷物をまとめて来い、日暮れごろ、向こうにみえる木の下で待ってる、そういってヤツは立ち去った。
俺は賭けに出ることにした。
毒の入った水を汲んで、みんなのいるところまで行った。
そしてその水を飲んだ」
太陽の言葉、月の言葉
Act3. ふたつの言葉を話す青年
~驚くべき結末~
リースは息を詰めて俺を見ている。
ルークは同じようにして、通訳しているサラを見ている。
俺は一口茶を飲むと、続きを語りだした。
「俺はなんとか一命をとりとめた。そして事情を聞かれた。
あの毒は『月の民』にはなみの毒だが、『火の民』にとっては、一口飲めば髪がまっ白になるほどの猛毒だった。
そこから俺の正体はばれた。
けれど、なんでそんな毒を飲んだのだ、と聞かれた。
俺は手話もできるんだし、毒が入れられたことを教えるならそれでもよかったのに、と。
もう一度捨てた命だ。観念した俺はすべてを洗いざらい打ち明けた。
すると母君様……キャラバンのリーダーはこういってくれた。
お前の忠誠心は誰もが認めてるよ。このキャラバンの誰もお前を、『火の民』だったからって追い出したり殺したりなんかしない。もちろんそのほかの誰にだって、そんなことはさせないよ。
これから、『月の都』へ行こう。そこで、『月の民』の洗礼を受けるといい。
そうすればきっと、お前も『月の民』になれる。もしなれなくとも、近づくことはできるはずだ、と。
俺はふたつ返事でうなずいた。
『火の民』と『月の民』は相反する生き物だ。その洗礼を受けたら、今度こそ本当に死んでしまうかもしれない。
でも、それでもよかった。俺は、キャラバンのみんなに少しでも近づきたかった。
そうして洗礼を受けた俺は驚いた。『月の民』の言葉が、聞こえて話せるようになっていたんだ。
リーダーは笑って言ってくれた。おめでとう、そしてようこそ同胞、と。
実はリーダーも、元は『火の民』だったんだが、大人になって『月の民』の洗礼を受けた者だったんだ。
保護当時は小さな子供で、おまけにケガで聴力がなくて、記憶も失ってたから、言語障害がある『月の民』として育てられてきたからそういうことになった…んだそうだ。
まあ、そんなわけで俺は、このキャラバンをつくったんだ。
『火』も『月』も関係ない、虐げられてる弱いものをたすけよう、て。
『太陽の民』と『月の民』。俺たちはそうよんでいるけれどさ。
で、だ」
俺はいよいよ提案にはいった。
「ぶっちゃけたハナシだが、君もそうしてみる気はないか?
いまこのキャラバンには、どっちの洗礼師もいる。だから君が望むなら、リース、君に『太陽の民』の洗礼を受けてもらうことができる。
そうすれば君は、ルークと通訳なしで話すことができるようになる」
「……………そ、それは、……
そうなったら、うれしいですけど。
……わたしにそれをしてくださる理由は?
あなたがたにはそうすることで、どんなメリットがあるんですか?」
本当にしっかりした子だ。瞳を輝かせながらも、しっかりとその点を確認してくる。
だから俺は思ったままのことを言った。
「前途ある若者たちに可能性をあげたい、かな。
君がルークに向けるまなざしにはみんな気づいてた。
だからひょっとしたら……てみんな話してたんだ。こっそりだけどな
「………………………。」
リースは真っ赤になって黙り込んだ。そのとなりでは、サラに同じ提案をされたルークが真っ赤になっている。
そしてふたりはちらっと相手をみて、慌てて下を向く。
「「あの、それじゃ……お願いします!!」」
そして、まったく同時に、言った。
洗礼を終えた二人は不思議そうな顔をしていた。
きっと、本当に異種族の言葉が分かるようになっているのか、実感がないのだろう。
とりあえず、話しかけてやろう。
と思ったら、サラがにこにこ笑って俺を止めた。
「「あの、……」」
若人ふたりはお互いを見ると、これまた同時に相手に声をかけたのだ。
「ね?
あとは若いふたりに任せて。わたしたちは二人からの報告を待ちましょう」
「……だな」