第3章 巨鳥の山
もうどのぐらい過ぎただろうか、ロイドとユリアはひたすらに山道を登っていた。今二人がいるのは「イーグル山」と呼ばれる険しい岩山である。このあたりはエルロード王国とビュリック共和国の国境に位置し、首都エルロードのある北部より気温が高く、乾燥している。そのため、植物はあまり成長せず、岩肌がむき出しになった山々が連なるだけとなっている。ここからは良質な鉱石が得られるため、エルロードが鍛冶に用いたり、隣のビュリックが鉄鋼業に利用したりしている。この山を越えるとそこはもうビュリック共和国である。
「ね~、よりによってなんでこんな険しい山を越えるのよ~。東にまわれば、もう少しなだらかな山もあるのに。」
ユリアの不満が聞こえてくる。
「長老がここに王石があると言っていたからな。それにここを越えるのが距離的にも一番近い。」
ロイドは黙々と山を登りながら答えた。
「だけど、アンタ、この山が何でイーグル山って呼ばれているか知ってるの?ここには人を喰うという巨大な鷲が住み着いているのよ。もし襲われたらどうするのよ~。」
ユリアは恐怖で声を震わせていた。
「そのときは問答無用で斬るしかないな。それと俺の名前は『ロイド』だ。年下に『アンタ』と呼ばれる筋合いはない。」
「何よ、すかしちゃって。アン・・・・じゃなかった、ロイドは怖くないの?」
「俺は騎士だ。今まで幾つもの修羅場を潜り抜けて来たんだ。鷲程度で臆する俺ではない。」
「そういうものかね~・・・・・・。」
そのとき、ロイドは岩の裏から物音が聞こえた気がした。そして、素早く背中の大剣の柄に手をやった。
「どうしたの?」「構えろ、モンスターだ・・・・・・・・。」
そう言われて、ユリアも木製の杖を握りしめた。すると、唸り声が聞こえ岩陰からモンスターが姿をあらわした。
「ちっ、小鬼(ゴブリン)か・・・・・・・・・・・。」
小鬼というのは1mぐらいの小柄な体に尖った耳と長い鼻を持つ、獣人型のモンスターである。主にエルロード南部からビュリック北部にかけて生息している。また、各地に生息している獣人型のモンスターは群れをなして棲みつき、群れの中で役割が分担されている。また、これらの種族は非常に気性が荒い。
小鬼はこちらを睨みつけると、手に持ったダガーを振りかざしてきた。
「ユリア、下がってろ!!」
ロイドは前に飛び出すと、左腕につけた盾で攻撃を受け止めた。ユリアは後ろに下がると、杖を握り詠唱を始めた。攻撃をしのぐと、ロイドはすぐさま大剣を振り下ろした。しかし、小鬼は動きが素早く、致命傷を与えることはできなかった。
「くそっ、しくじったか。」
小鬼はすぐさまダガーを前に突き出し、ロイドに突進してきた。しかし、次の瞬間!
「フレイム!!」
後ろからユリアの声がしたかと思うと、突然小鬼の足元から火柱が上がり、焼き尽くした。ユリアの魔法が発動したのだ。
「この女、普段の様子とは裏腹に、かなりの魔力があるようだ。」
ロイドはふとそんなことを思った。
「あ~、恐かった~。」
ユリアはその場へへたり込んでしまった。やはりモンスターと戦闘することには慣れてない、しょうがないだろう。
「休んでいる暇は無い、行くぞ。」
ロイドとユリアはさらに先へ進んでいった。
太陽が真上に位置する頃になって、ロイドとユリアは山の頂上に着いた。
「ふ~、疲れた~。」
ユリアはその場に腰を下ろした。ロイドは、頂上に何かあるのを見つけた。
「なんだ、あれは?」
「何って鳥の巣じゃない。」
「そんなことは見れば分かる。」
ユリアの言うとおり、それは鳥の巣だった。しかし、普通の巣とは違っていた。とてつもなく大きかったのだ。
「これはまさか、噂の巨大鷲の巣か?」
ロイドとユリアは巣へ近づいていった。中を覗き込むと・・・・・・・
「これは、王石だ!!」
ロイドはそういって、金色の水晶のような物を手に取った。
「これが、王石なんだ~。きれいね~。」
ユリアが見とれるように、王石はとても美しい。王石は金色の球体で、中は透き通っている。そこに紋章のような物が刻み込まれていて、光を反射して美しい光沢を放っている。芸術品としても価値のあるものかもしれない。
ロイドが王石を腰の袋に入れると、遠くから翼がはばたくような音が聞こえてきた。
「なにかしら、この音?」
音はどんどん近づいて来ている。
「まずい、見つかったか・・・・・・・。」
すると、空の彼方に巨大な鷲の姿が見えてきた。鷲はものすごい勢いでこちらに近づいてくる。
「まさか、あれが噂の巨大鷲?」
ユリアは声を震わせていた。
「構えろ、来るぞ!!」
鷲はロイドたちの目の前で降り立った。
「返セ、ソレハ我ノモノダ。」
「それは、出来ん。王石は神界王オーディンのもとへ返すのだからな。」
「ソノ石ガ無イト、我ハタダノ鷲ニ戻ッテシマウノダ。」
「なるほど、王石は一つだけでも、かなりの魔力があるようだな・・・・・・。」
ロイドはそう推測した。
「あんなのと戦いたくないから、さっさと返してあげましょうよ~。」
ユリアは声を震わせて言った。
「何を言ってるんだ!! こんな恐ろしい物を魔物の手に渡しておけるか!!」
「サア、ソレヲ返スノダ!!」
「答えはノーだ!! 返すわけにはいかん!!」
「ナラバ、力ズクで奪ウシカナイヨウダナ。我ガ名ハ『ガルーダ』、鳥類ノ王ナリ!!王石ノ力、受ケテミロ!!」
そう言うと、ガルーダは空高く舞い上がった。そして、急降下しながら鉤爪で襲いかかってきた。ロイドはその攻撃を左腕の盾で受け止めた。しかし、ガルーダは素早く身を翻すと、今度は後ろから嘴で攻撃してきた。ロイドはそれを転がりながら間一髪でかわした。
「くそっ、こいつ素早いぞ。」
「大丈夫、この魔法はかわせないわ。」
ユリアは詠唱を終えると、杖をガルーダにかざした。
「サンダーボルト!!」
するとまばゆい閃光が走り、次の瞬間、稲妻がガルーダの身体を貫いた。
「ソノ程度ノ魔法ナド、効カヌハ。」
そう言って、ガルーダは再び、空高く舞い上がった。
「今度ハコチラノ番ダ。食ラエ、ウィングハリケーン!!」
ガルーダは翼を羽ばたかせ、猛烈な突風を起こした。突風は唸りをあげ、ロイドたちを飲むこむ。周りの木々は皆吹き飛び、二人は上空に吹き飛ばされてしまった。その時、ロイドはガルーダの背中に王石と同じ紋章が浮かび上がっているのを見つけた。
「もしや・・・・・。」
何か考えつくと、ロイドは身体を反転させてガルーダの背中目掛けて落下した。そして、そのまま背中に大剣を突き立てた。
「グオオオオオ!!」
ガルーダは苦しそうにうめき声をあげた。
「やはりそうか。この紋章を通じて王石からエネルギーを得ていたのだな。」
ロイドは大剣を抜くと、それを振りかぶった。
「とどめだ!!くらえ、ロザリオクロス!!」
ロイドはガルーダの背中を縦に斬りつけ、そして間髪いれずに横に薙ぎ払った。背中には傷が十字架のように刻み込まれた。
「ヌオオオオオオオオオオオオ!!」
ガルーダは断末魔の叫びを上げた。そして、まばゆい光を放ち、ただの鷲に戻った。
「そういえば、ユリアはどこだ?」
あたりを見回すと、ユリアが倒れていた。どうやら、吹き飛ばされた後に岩壁に叩きつけられたらしい。
「大丈夫か?」
ユリアは目を覚ますと、あたりを見回した。
「あれ? あの大っきな鷲は?」
「あれなら、ただの鷲に戻ったぞ。背中の紋章を破壊したらな。」
「そっか。う、痛たたた。」
見ると、ユリアはけっこうなけっこうなケガを負っていた。
「動くな、少し待っていろよ。」
そう言うとロイドは右手をユリアにかざし、詠唱を始めた。
「ヒーリング!!」
すると、ユリアの身体は光に包まれ、傷が見る見るうちに治っていった。
「へ~、ロイドも魔法使えるんだ。以外~。」
「この程度の回復魔法なら俺でも使える。エルロード魔法騎士団は剣と同時に神聖魔法も使えないといけないからな。魔法はお前の専売特許じゃ無いという事だ。」
「はいはい、分かりましたよ~。」
ユリアは少し不満そうな顔をした。
「まずいな、日がだいぶ傾いている。日没までに山を降りるぞ、急げ。」
ロイドとユリアは再び歩き始めた。
空が赤く染まり始めた頃、ロイドたちはついにビュリック共和国に入った。ビュリックはエルロードと違い周りには荒地が広がり、殺風景な光景が広がっていた。
「あれは、何?」
ユリアは遠くの町を指差した。その町は遠くからでもたくさんの煙突が見え、もくもくと煙を上げていた。」
「あれは『コルツワーヌ』だな。ビュリック最大の工業都市だ。」
「いってみましょうよ。」
ロイドたちは「コルツワーヌ」へと向かっていった。
第3章 完