雲子の日記4
3月17日(泥水に溺れる日)
情緒不安定。
気持ちの揺らぎ。
白と黒のせめぎあい。
休む間もない沸騰。そして乾燥。
空虚かつ、廃墟。絶え間なき崩壊。支配の暴挙。終わりの失踪。軋轢の連続。虚空の袋小路。
右も左も八方塞がり。何もかもが敵。テキ。
休む間もない沸騰。そして乾燥。
苛立ちが更なる苛立ちを呼び、不穏な王国が形成されてゆく。
止める手立てを知るものなどいようか?
自警団は何処だ。困っている者を救える勇者などいるのか?
勇者は何処を向いている。
東か、西か、はたまた過去の苦い思い出にか?
勇敢に過去を退治すればヒーロー。
過去に喰われて全てを失えば魔王。
どちらだろうが民衆に足を引っ張られてお終いさ。世間なんてそんなもんだ。
それゆえ、皆、夢見てる。嫌な現実をひと時でも忘れるために。
ポエムという夢。思い出を紙にしたためるという夢。夢と向き合って何処までも夢想の世界へ落ちていく術が、最後の砦だ。
紙面に浮かび上がる、白い光の世界。
表面のザラついた質感や、青い枠線などは、その世界の中では存在しない。
見たいものだけを見ればそれでいい美しい世界。
光の中に、自分だけのペンで、好きなように文字と言う闇を刻み込む事が私には許されている。
私の中は闇だらけ。黒い荒廃が寂寞の焼け跡を埋め尽くすばかり。他には何も無い。
何かがあるとすれば、それはただ一筋の光。
立ち込める暗雲から一閃の光明が、見える瞬間が、誰にもあるんじゃないだろうか。
それは神様の気まぐれかもしれない。
それとも大きな敵対組織の巧妙な作戦なのか。
陰謀。工作。策略。計略。知略。暗殺。裏切り。嫉妬。怒り。欺瞞。憤懣。焦心、焦慮。陰湿。中傷。憎しみあい。殺し合い。ここにはそんな物ばかり。
救いなど無いんだ。ここには闇しかないから。
一閃なんて気のせい。目の前には、現実しかない。
現実という、暗澹たる絶望。
そう、絶望。希望が失われた後の、エピローグ。
もう、終わるんだ。後は終わるだけなんだ。生まれた後には死しか残されてはいないのだ。
全てを、受け入れなければならない。有るがままに、大きな流れのままに。
心なんて、いらない。心が生むのは不幸ばかり。幸福のあとには不幸しかない。幸福そのものが、不幸の本体なんだ。だったら私は不幸を愛する。救われない心を、絶望を自分の物として愛でる。おいで、絶望。
絶望なんていらない。そんなもの、いらない。望みが失われてしまったら、生きている意味が無い。死人と変わらない。
私は生ける屍。皆、私を死んだと思っている。何の役にも立たないから、生き物として機能してないと、囁きあっている。
無限に続く、噂話。陰口。
正体を隠して、笑顔の内に隠した本性を吐露する。黒いゲーム。バレたらお終い。黒いギャンブル。
投資に成功すれば快楽を得られる。しかし失敗すれば、全てを失う。それでも身体と心は残されて、何処までも下へ堕ち続けるんだ。
人生なんて、落とし穴。気が付いたら堕ち始めている。平穏をくれる薬は、毒薬だった。安らぎは、悪魔の与えたウィルスだった。
気付いたらもうまっ逆さま。上へ這い上がる手段など無い。ただ、その時の気分を誤魔化せるかそうでないか、というだけ。
ウィルスが身体の中で増殖する。虚無と言うウィルスが。何も残らないと言う真実が。
皆、塵から始まり、塵に帰るだけ。この世で本当に生きているのは、地球でも太陽でもない。砂漠なんだ。砂漠だけが生きているんだ。
荒涼とした世界だけが真実。嘘やごまかしなど、すぐに消え去る。ただのまぼろし。遠くに見える蜃気楼と変わらない。遠くにオアシスを見つけられても、足元に湧き水が無ければ乾き散るのみ。
砂漠に湧き水は存在しなかった。
湧き水はテレビの向こうにしか存在しなかった。
私の知っている風景はコンクリートばかり。灰色の氷山。冷たく、凍りついた嫌な場所。
ここでの私は、記号でしかない。文字や数字で構成された、システムの歯車。沢山あるうちの一つ。外から見れば私は存在しない。何か大きな仕組みの一つとして、地面に転がる小石。
私は小石。誰にも気付いてもらえない、不恰好な石ころ。黄金でもダイヤでもない。何かの原石でも無い。ただの岩の破片。地面の材料。居ても居なくても何にも変わらない。私が生きている意味なんか無い。
雲子、死ね。
雲子は役立たず。だから死ね。死ね死ね死ね。
自傷行為。ナルシズム。情けが空から降ってくるみたい。今日はお天気ね。
水玉模様のアンブレラ。幸せ色のレインコートに、同情を弾く魔法の長靴。フル装備。
勝てる。
これなら、外へ出ても平気。
外は、私の中の世界でしかなかった。
……自閉の拡大。
お兄ちゃん。
おやすみなさい。