賭博神話ゼブライト
【死】
人が死ぬのを初めて見た。
頭から脳漿を流している男を父が見下ろしている。
わたしはその隣で、雨と泥と血に塗れているその人の身体を爪先で小突いた。ぎっしりと何かが詰まった袋、そんな感じだった。
ともだちだったんだ、と父が言い、転がっていた拳銃を拾った。
一発だけ込められていた弾丸は、もうない。
ともだち。その言葉の意味はよくわからなかった。
ただ、父と倒れている男がうらやましかった。
男を包む膜のように、うっすらと揺らめいていた鬼神の像が、さらさらと崩れていく。
二度と元には戻らない。
死ねば塵になって、風に溶けていくだけ。
ふと顔を上げると、高いところにある父の眼から、透明な涙が一滴だけ、伝った。
降りしきる雨にまぎれることなく、その涙は輝いていた。
どうしてもっと嬉しそうにしないのだろう。
勝ったのに。生き延びたのに。
あんなにも、すばらしい勝負だったのに。
わたしには、わからない。
ただ、大きな父の背中を追い越して、やみかけた空を見つめて思う。
わたしにも、いつか現れるのだろうか。
わたしを倒すために、自分の脳に引き金を引く人が。
そいつを倒すために、引き金を引こうとわたしが決められる人が。
この冷たい雨を。
その人もいま、浴びているのだろうか。