Neetel Inside ニートノベル
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天才・一ノ瀬隆志が居ない
第九話 ゲーム開始、再び

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九.ゲーム開始、再び


 先に述べた通り、一応部屋の外にも間隔をあけて盗聴用のマイクが仕込んである。予定では俺の部屋の中だけで全ては完結するつもりだったが、何が起こるか分からないので用意しておいた物だ。この場合、しておいて良かったと言えるのか、何も起こらない方が良かったと言えるのか。
「なんとしてでも一ノ瀬君を助けるわよ。一時休戦。三人で協力しましょう」
 遺憾なく普段通りのリーダーシップを発揮する阿竹を遮るのは、やはり御代。
「その前にお前はトイレに行ってきた方が良い」
 阿竹は仕方なさそうに、気持ち急ぎ足で階段を下りていく。
 残されたのは御代と緑谷の二人。面識は無いが、今は気まずくなっている場合ではないだろう。
「緑谷、単刀直入に聞く」
「は、はい!」
 背筋にあずきバーを入れられたように緑谷が仰け反る。御代の強めの口調が苦手なようだ。
「隆志がどこにいるか分からないか?」
 緑谷は怯えきっている。阿竹がいないという事もあって、今にも泣き出しそうな目で御代を見て、ぷるぷると震えている。
「いや、さっき阿竹が言っていたように、」
 補足。俺と妹が揉めている間に行われていた会話だろう。聞いている余裕は無かった。
「隆志はおそらくそんなに離れていない場所にいる。何か事故が起きた場合、すぐに来れる場所じゃないと困るからだ。そこで私は思った。緑谷、お前は機械が得意だし、例えばカメラから逆探知とか、そういう事は出来ないのか?」
「す、すいません……少なくとも、今すぐには出来ないと思います。出来ないように作ったので……」
「……そうか。ならいい。ではもう一つ質問だ。お前は、『隆志が隠れている可能性が一番高いのはこの家の中だ』という阿竹の意見に賛成か? 先ほど阿竹がそれを口にした時、お前は何も言っていなかったから、ここで確かめさせてもらう」
 阿竹の考察はこうだ。先に述べられた理由以外にも、このゲームが終わった後の事を想定すると、俺はあまり遠くへは離れられない。それからゲームの性質上、人をほぼ監禁状態に置く事から、それ自体を第三者に知られるのも危険だ。監視や命令自体はノートパソコンがあれば屋外からでも可能だが、人目につく可能性がある。そもそも、機械の準備は緑谷に手伝ってもらったとはいえ、設置は俺が一人でやらざるを得ない事から、モニタリングする場所と家は離れていると不都合がある。また、阿竹は知らずとも御代は俺の部屋の場所を知っている。家に入った時点で、家の中の全ての部屋を隅々まで探索される事はまずありえない。更に、留学からたった今「家」に帰ってきた結花が俺を拘束出来たという事実を加味すれば、もはや言わずもがなである。
 以上の事から総合的に判断し、『この家のどこかの部屋に俺がいる』と、阿竹は踏んでいるようだ。自らがかなり緊急的な状況の割りには、随分と冷静な分析が出来る人間だと感心する。その分析力を生かして、早く俺を助け出して欲しい物だとも思う。
 と、俺が色々と考え終えた所で、緑谷はようやく御代の質問に答える。
「は、はい。私も……この家の中にいると……」
「……ふむ」
 表情、声色から判断するに、御代には何かが引っかかっているようだ。
 御代の直感と阿竹の分析と緑谷の知識が合わされば、どうにか結花に太刀打ちできるかもしれないと、俺は淡い期待を抱く。
「それじゃ、お兄様。私三人の所に行ってくるわね」
 花畑のような満面の笑みをたたえ、結花が爽やかにそう言った。
「あ、お兄様の質問にまだ答えてなかったわね」
 こちらからの質問にはずっと無視を決め込んでおいてよく言えた物だ。
「『どうしてここにいる?』って、お兄様聞いたけれど、それが『どうしてここが分かったのか』って意味なら、答えはこうね」
 結花が含み笑いをしている。地獄の鬼もすぐに夜逃げの準備をするだろう。
「お兄様のいる所なら、それがどこだって私には分かるのよ?」
 それは俺がどこかの誰かに人質にとられて、助けにきた奴に言って欲しかった言葉だった。犯人に言われて嬉しい物ではない。
「って言うのは冗談。また後で教えてあげる。お兄様がお姉様になった後でね」
 とんでもない捨て台詞を置き去りにして、結花は部屋から出て行った。そういえば、そもそもこの部屋には鍵をかけておいたはずなのだ。結花は俺の居場所を帰ってくるなりすぐ様特定し、錠を破り、俺に気づかないように侵入し、俺を拘束したという事か。なんと出来た妹だろうか。兄は嬉しくて涙が出てきた。
 結花はしっかりと鍵を閉めていった。俺の方は相変わらず、身動きもとれず、声も出せない。一体何を注射されたのか不安に思うが、先ほどから妙に落ち着いている。あとわずか数時間のうちに、俺は大事な物を失いそうだというのに。もしかしたら鎮静剤的な物も一緒に注射されていたのかもしれないな、くらいにしか考えられない。
 俺は再びモニターに目を向けた。阿竹がトイレから戻ってきた所だ。
「ちゃんと待ってたのね」
「お前が待っていろと言ったからだろう」
 早速口論が始まったようだ。そんな事をしている場合じゃないぞと言いたい所だが、それも出来ない。
「いまさら抜け駆け禁止なんて言った所で、そんな制度は機能しないと思っていただけよ」
「……さっきも言ったように、隆志の妹は『やばい』んだ。頭脳は天才なのに性格は破綻していて、目的の為なら手段を選ばない。その上格闘も達人級で、とても一人で太刀打ちできるような相手じゃない。例え隆志のいる場所が分かったって、返り討ちにされたんじゃ意味がない」
 御代は結花の性質をよく理解している。まだ小さい頃、俺と一緒に何度も痛い目に会わされてきたからだ。
「分かってるわよそれくらい。一ノ瀬君は今、多分拘束されているんでしょ? あの一ノ瀬君にそんな事が出来るくらいなんだから、相当な物だっていうのは重々承知よ」
 今はこんな体たらくだが、俺も一応は格闘経験者だ。柔道の授業で先生を一本背負いした事くらいはある。これは言い訳になるが、先ほどは不意を突かれたが為に負けたのであって、向かい合っての勝負なら俺は結花に負けたりなどはしない。だが、不意を突くという才能においては、確かに結花の方が優れていると認めざるをえない。
「あ……あの……」
 またずっと黙っていた緑谷が、声を振り絞った。論争を中止して注目する二人。
「とにかく早く探さないと、一ノ瀬さんが危ないんじゃ……」
「その通りね」「まったくだ」
 この人たちは本当に頭良いのだろうか、と今更ながら不安になってきた。
「なら、まずは隆志の妹の部屋だ」
 と御代が指差した。確かに、俺の部屋から一番近い所だ。一番最初に、御代が妹の部屋のドアを開けるフリをして、阿竹を騙そうとしたが失敗した場面を思い出す。
「ええ、どのみち初めてこの家にきた私じゃ見当もつかないし、近い所から順番に見ていくのが得策のようね」
 阿竹を先頭に御代が続き、その後を少し離れて緑谷が続いた。命がけのかくれんぼが始まったようだ。もっとも、命を賭けてるのは俺だけなのだが。
 阿竹が妹の部屋のドアに手をかけた。
「……開けた瞬間にドカン、とか無いわよね?」
「ありうるから、お前に先頭を譲ったんだが」
 仲が良いとは言えないが、ある意味良いコンビネーションだ。
「あ、開けるわよ」
 ゆっくりゆっくりとドアノブを回して、そろりそろりと扉を開いた。爆発はしなかった。
「ほら、大丈夫だったじゃない」
 気のせいか、声に陰りが。
 カメラの角度的に、結花の部屋の中は見れない。かろうじてドアの裏が見えるくらいだ。なので音声だけしか情報は伝わってこないし、もう何年も結花の部屋など見ていないので、俺には状況は分からない。という事は当然、俺がいるのは結花の部屋ではないという事だ。
「うわ、何なのこの部屋!?」
「この世の物とは思えんな」
「……すごいですね」
 それぞれが感想を述べた後、ドアを閉じて我に返っていた。
「こんな事をしてる場合じゃないぞ」
 本当だ。
「次に二階ね」
 何事も無かったかのように俺探索は進行している。
 すると、一階の様子を映したモニターに結花が映った。カメラを確かめ、にっこりと微笑むと、階段を下りてすぐの所に何か小さな物を落としたようだ。カメラの角度でよく見えない。何か四角い物だ。俺は軋む身体を無理に起こして、首を伸ばしてモニターに顔を少しでも近づける。
 そこに落ちていたのは、俺が先ほどまで持っていた、昔描いた絵本だった。
 いつの間に盗られたのだろう。全く油断も隙もあったもんじゃない。俺に気づかれず盗むそのお手並みもさる事ながら、それがすぐに武器として使えると判断した結花の悪知恵はやはり相当な物だ。だが、それをどうやって活用するのだろうか、と俺は思考を巡らせる。
 三人とも、その絵本が先ほど御代の話に出てきた物だという事はすぐに分かるはず。だが、作者が俺である事を知っているのは御代のみ。幼稚園児が作ったにしては、あまりにも本としての完成度が高すぎる為、阿竹も緑谷もそれが俺の作った事である事には気づかないかもしれない。作者の名前もペンネームを使っている。
 何というべきか、物凄いピンチだと言うのに、妙に落ち着いてきた。結花の提供するこのゲームから、不覚にも面白い予感を感じ取ってしまっている自分に気づく。冷静に分析してみよう。もしかしたら、そこから脱出の糸口が見つかるかもしれない。
 結花の先ほどの言葉が本当なら、確かに三人を相手にしながらその荷物とやらを手に入れるのは不可能に近いだろう。緑谷はまだしも、阿竹はスポーツ万能だし、ましてや御代は合気道の経験がある。荷物は手術に使う道具らしいので、そう雑には扱えない。
 つまり結花からしてみれば、三人の内少なくとも二人、出来れば三人とも、荷物が届く前に何らかの方法で無力化しなければ、目的は達成できない。客観的に見れば厳しい条件だろう。三人は既に、結花の目的がナニをナニする何であるかを本人から知らされている。そう簡単には引き下がらない。
 よく考えると、結花は他にも手段があったはずだ。三人には何も教えず、部屋の外側からロックをかけて封鎖。そして三人を部屋に拘束したままにして荷物を確保。そのまま手術を実行するといういとも簡単な方法が。
 あえて結花がそれをしなかったのは、やはり俺を『納得』させる為だと考えるのが妥当だろう。
 突然留学から帰ってきた妹に性転換手術を強制的にされて、はいそうですか、と納得できるはずはない。結花は昔から、俺を玩具にして遊ぶのが好きだった。だが、今回ばかりはそんな単純な物では無い気がする。むしろそういった行動も全て、今日という日の為に組み上げた物だったのかもしれない。
 結花は紛れも無く天才という部類の人間だ。人から見れば、俺もそうらしいが、俺の場合は特に目的も無く、ただ暇を潰す為に才能を無駄遣いしている節があり、結花は一つの目的の為にその才能を日々研ぎ澄ましてきた。それが今の俺と結花の差に該当しているのだろう。
 俺は今更になって悟った。結花は天才でサイコパスで同性愛者なのだ。そしてその全ての欲求を一度に満たす機会が、今日まさにこの時なのだ。
 かといって女になるなど言語道断。俺は男だ。今更女になんてなって堪るか!
 と、決意を新たにした所で、現状俺の唯一の頼みの綱である阿竹、御代、緑谷に目を向けてみよう。
 阿竹はまだ手術の事それ事態が半信半疑のようだ。まあ無理も無いだろう。実際に結花に会った事は無い訳だし。ただ、俺が妹と組んでゲームを作っているという事は絶対にないと思っている。その上で、俺が拘束されたというのもどうやら事実だろうと認識しているはずだ。更に御代の情報から、結花が相当やばいという事も分かっている。しかしそれでも半信半疑。やはり、実の妹が兄に性転換手術を強制的に施すなんていうのは、現実的ではないと判断している。
 その点、御代は阿竹よりも必死だ。現実としての結花の怖さを良く知っている。御代が合気道を始めたのは、結花からの苛めから逃れる為に他ならず、小学生時代、現に俺はそれで何度か救われた記憶がある。結花ならばやりかねない。いや、やると言ったからにはやるはずだと、認識はしている。
 緑谷の方はというと、あまり目立った発言はしていない。三人の中では一番知識があるはずだが、それが役に立つ場面が今の所訪れていない。結花とも会った事は無いはずであるし、俺の家に来たのも始めてだろう。だが、二人と距離を置いている分冷静になれるという点においては、非常に好ましい存在と言えるだろう。
 俺の部屋を出てから五分。三人は二階の探索を終えたようだ。俺がいる部屋は二階にも無かった。俺は、どうしてこの場所にしたのかと後悔すると同時に、結花にどうしてここが分かったのかを再び考えてみる事にした。
 この場所はそもそも……。
 と、時間が足りなかったようだ。二階の階段から降りてきた御代が、結花が置いた絵本に気づいた。

       

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