Neetel Inside 文芸新都
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日々は群像
おまけ その日の夜

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 アルバイトをしている。場所は駅前のスーパーだ。
 本来校則違反なのだが黙認されているようだった。この前もバイト中に学校の先生とはちあわせしたが、少し割引きをお願いできないか、としか言われなかった。もちろん断った。
 僕の家は貧乏だ。父はニートだし、兄は大学を出たあと引きこもっている。
 現在我が家の家計はすべて姉の仕送りと、母のパートの稼ぎでまかなわれていた。
 そんな家庭だから当然小遣いというものはない。
 だから僕はこうしてバイトをして金を稼いでいるのだ。
 結構多めにバイトを入れているので、結果的に一般的な高校生がもらう小遣いよりも僕の持っているお金の方が多くなる。

 木下と別れて家に帰った後、すぐバイト先まで出かけた。夜九時まで働き、疲れた体で店を出る。
 駅前には会社員の姿が多く見えた。喧騒が構内に響き渡り、街を彩っていく。
 僕はその中を通り抜けて家へ向かう。
 駅前の噴水のすぐ横を通り、大通りを少し進んだらいつもの学校が見える。更にそこから少し歩いたら、いつもの路地へと到達する。
 Y字路へと続くこの路地は、駅前とは全く異なる、静寂に包まれた道だった。

 路地を歩いてふと気になることがあった。気のせいか後ろからヒタヒタと足音がする気がするのだ。
 気になって足をとめた。後ろを振り向くが誰もいない。
 再び歩き始めた。
 しばらく歩くとまたヒタヒタと言う足音が僕の鼓膜を刺激した。振り向く。誰もいない。
 怖くなった。
 一体誰がいるんだ。僕の命をねらっているのではないのか。そんな気がする。恐ろしくなった僕は走り出した。早くY字路へ着かなければこのまま僕は殺されてしまう。そんな気がした。
 走った。同時に誰かの足音も早くなる。
 バイトで体を使った為かすぐに足が疲れ、息が荒くなってしまう。
 ここで歩いてしまったらどうなるか分からない。恐怖から逃れる様に必死で走った。
 後ろを振り返りながら走っていたせいか、目の前の電柱に気付かなかった僕は思い切り頭をぶつけてよろけてしまった。頭の痛みに耐えられず、思わず座り込んでしまう。
 もうだめだ。僕は死ぬ。僕の葬式はお金をしっかりと使ってください。西村くん、香典はたくさんください。彼女が欲しい。部活に入っておけばよかった。生足。様々な想いが僕の脳裏に浮かび上がっては消えていった。
 しかし僕の後を追っていた誰かは姿を現すことはなかった。不思議に思い後ろを見るが誰もいない。
 ……助かったのか? あの状況で助かるなんて奇跡しか有り得ない、きっとそうだ、神は僕の様なすばらしい人材を死なせることを悲しく思ったに違いない、そう思い、再び歩き出した。すると再び誰かの足音。そこで恐ろしい事実に気付いた。
 これはまさか……僕の足音が響く音なのか?
 一歩歩く。音が壁に反響して僕の耳に届いた。
 畜生! 僕は叫んだ。
 今畜生! 僕はシャウトした。
 ぶっ殺してやる! 僕は魂を吐き出すようにして世間を呪った。
 次になにを叫ぼうか迷っていたらどこかの家から中学生らしき少女の声で『おっさんうるさいねん!』と声がした。誰がおっさんだ。

 先ほどの出来事に半ばイライラしながら僕は公園を通った。すると見たことのある顔がブランコに乗っていた。ブランコの鎖を弱々しく握り、今にも泣き出しそうなその顔の主は地面を見ながらゆっくりとブランコをこいでいる。いや、あれはこいでいるのではなく揺らしていると言ったほうがいいのかもしれない。
 ブランコをこいでいるのは木下だった。桜木下。どちらも苗字になる。変な名前だ。
 僕は特に会話もしたくなかったので出来るだけ気配を殺して通り過ぎようとした。だが、それは彼女に声を掛けられたことで失敗に終わった。
「ちょっと、無視しないでよ」
「無視したわけじゃないよ、ただ、話しかけて欲しくなさそうだったから素通りしようと思っただけだったんだ」
「無視じゃない」
 彼女はあきれた様子で言った。このままだと互いに黙りこくったままになりそうだったので僕はとりあえず尋ねた。
「ところで、なんでこんな時間にここにいるのさ」
「塾よ、塾」
「塾に通ってるのか」金持ちはそんな金があっていいですね、とは言わなかった。
「まぁね。あんたなんかじゃ絶対に行けないような授業料の高い塾よ」
「へぇ。その授業料の高い塾に通ってる君がこんなところにいるんだい。帰りか」
 すると彼女はバツの悪い顔になった。
「……サボったのよ。面倒くさいから」
「そう、いいね、優雅で」予想通りの答えで溜息が出た。
「分かったようなこと言わないでよ!」
 彼女は叫ぶと立ち上がり、僕を押し退けるようにして公園を出て行った。
「金を持つと人間あんなふうになるのか」呟いた。

       

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