Neetel Inside 文芸新都
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NTR+変態/あきらめろさもなくば死ね/田中田


 学校に犬をつれてくるな、と頭のかたい教師方から言われつづけて一週間。そろそろむこうも我慢の限界が近いらしい。
 今日は登校の際、生活指導の先生によびとめられた。
「こら! 学校にペットなんか持ってくるな! おまえは、神聖な学び舎をなんだと思ってるんだ!」
「でもこの子、聴導犬なんですけど」
 怒りをすかすような私の口調に先生は首をかしげた。聴導犬という言葉が耳慣れないせいでもあるかもしれない。

「なに?」
「ですから、クッキーは聴導犬なんです。ああ、クッキーというのはこの子、犬の名前のことです。盲導犬なんかといっしょで、介助犬の一種です。耳の悪い飼い主が聞こえない警報なんかの音を教えてくれるんですよ」
「でもおまえは耳が聞こえてるじゃないか」
「それは先生の声が大きすぎるから……手帳もありますよ」
 私の持っている障害者手帳はたしかに本物だったが、素行のあまりよろしくない耳鼻科を介在させた、かなりよろしくない手段で入手したものだった。だがそれでも、聴覚障害者6級という私のキャリアにウソはない。履歴書にだって書ける、国から拝した由緒正しいものだ。

「くだらない嘘をつくな! 生徒はだまって教師の言うとおりにしていればいいんだ!」
 なのにこの先生は分かってくれない。同じ国に雇われる身だというのに。クッキーはもう帰ろうと私の足にすりよる。
「わかりました」
 もちろん私は野良犬よりも行儀悪くほえたてるその教師に背を向け、学校をあとにした。後ろの雑音はもうどうでもいい。
「すいませんよく聞こえません。補聴器を忘れたもので。家に帰ってとってきますね」
 犬と規則をはかりにかけたなら、犬のほうが重いに決まっている。くそが。高校に上がれば少しは自由がきくかと思ったのに。もう二度とあの学校に通うつもりはない。



 不登校を決め込み、自室にひきこもってはや一週間が過ぎようとしていた。この一週間というスパンにどれほどの意味があるのか私はよく知らないが、やはりまたターニングポイントを迎えた。

 クッキーはボーダーテリアに似ているといえば似ている雑種犬である。荒くゴワゴワした毛並みは汚れがしみつき、クッキー生地のように練りこまれてもはや落ちない。
 だからクッキー。
 あの教師――名前は忘れた――は私を嘘つきといったが、ひとつ本当のことがある。
 クッキーはじっさい聴導犬なのだ。
 私が近所の河原の橋のたもとで拾ってきた、段ボールの中でぶるぶる寒そうに震えていた薄汚いモップのような小麦色をした仔犬。
 それがクッキー。名付け親はパパ。
 そのクッキーを私が中学三年の一年を丸々かけて鍛えあげた。もともと学校には通っていなかったので、主に室内ではたらく聴導犬の訓練にはもってこいだったのだ。
 そして、実地試験として、高校につれていったのだが、結局裏目に出てしまったようだ。私はまたひきこもっている。
 そうして七日目、訓練を仕上げた私はひきこもるだけの意味を見失ってしまっていた。こうしていても仕方ないので、気分転換も兼ねてクッキーと一緒に河原まで散歩に行く。
 

 自分の故郷に戻ってきたからだろうか、クッキーははしゃいでそこらを駆け回っている。そんな元気な愛犬の姿を見ても、私の心はむしろ沈むばかりだ。
 この先どうすればいい? ママはいつの間にか死んでおり、パパはママによく似た面差しをしている(らしい)私の体を夜な夜な求めてくるが、きちんと仕事をして私を食べさせてくれるのだから、あまり文句を言える立場でもない。

 だが――それでは、クッキーはどうなる。このままでは飼い殺しのまま聴導犬としてせっかく身につけた技能も、まるで宝の持ち腐れではないか。
 親心として、そしてまた、恋人として。私はクッキーを日のあたる表舞台に立たせてやりたい。そう、切に願う。
 だが人生とはそう都合よくコトが運んでくれたりはしない。なにより私自身、もうひとつ本音を言えば、クッキーを手放したくないのだ。どこにも行かずに、私だけのそばにいて欲しい。理性の本音とせめぎあう、中学生の時に友達だと思っていたクラスメートたちに飼い猫を殺された私の、動物的本能からくる本音。私に友達はいなかった。


 ふと川のそばにいるクッキーを見ると、そばになにやら人影がある。
 動物誘拐犯かもしれないと、警戒しつつ草やぶに隠れながら近寄る。

「わーワンたんかーいいねー。おなまえはー? なんてゆの? わたしはね、ここあってゆーのよ」

 音程も音量も、なにもかも狂ってひどく耳障りな声が耳に入ってきた。まだ一〇mほど離れたこの地点で、これだけはっきり聞こえるということは相当のうるささだろう。
 どうやらまだ小さい女の子のようだが、こういった声を出すたぐいの人間には覚えがある。
 さらに近づいてよくよく確かめると案の定、キティちゃんの表紙をした冊子を首からさげていた。筆談用のメモ帳だ。
 少女こそは正真正銘、生粋の聴覚障害者なのだろう。それもかなり重度の。自分の耳で自分の声を聴き取ることができず、他人の声との比較もできないから調子はずれの声になってしまうのだ。

「ワンたん、ひとり? くびわないよ?」

 首輪はお金がないのでつけていない。

「じゃーね、ね。あたしがかっても、いーい?」

 冗談じゃない! 私が手塩にかけて育てたクッキーを、ポッと出の馬の骨にみすみす取られてなるものか! 私は大声で叫んだ。
 だが私の声は少女の耳には届かなかった。河川敷をジョギング中の老人が遠くでふりかえった。
 私の足は動かなかった。少女は体長三〇センチ程度のクッキーを重そうに抱え上げるとよたよたと、私がいるところとは反対の方角に歩いていった。
 少女の肩越しにクッキーと目が合った。
 ああ、私のしつけは完璧だな。クッキーはこんなときでも鳴き声ひとつあげやしない。そのまま少女が住宅地の細道に消えて行くまで、ただ悲しそうな瞳でこちらを見ているだけだった。
 


 翌日、私はくだんの生活指導の住所を調べて家に押しかけ、そのままのいきおいで誘惑して無理やり抱かれた。
 クッキーを失ったやり場のない怒りをぶつけ、ついでにクビにでもしてやるつもりだったのだが、
教師に乱暴に突かれているうちになんだかどうでもよくなってしまった。おっぱいの下にある枕の感触に意識を集中する。
 ことがすんだあと、先生は私にお金をくれた。
 いま私は、クッキーのちんちんがどのような形をしていたか、必死になって思い出そうとしている。

       

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