永遠をその裡に満たす様に在り続ける蒼い空。
地を焼く輝きを天に抱き、白い衣に翳る蒼色の空。
その加護の元、多くの命を育み延ばす祝福の蒼い空。
日はまさに最長の暦を指し示し、遍く大地を焦がしている。
万物が生を謳歌し、感謝していこそすれ、去り行く季節を忘るる事はない。
今年は雨が少なく、日中の地面は灼熱の大鍋の様相。
水源地のみなさんの嘆きが聞こえそうだ。
今日も一日が始まった。
実際には日の出から4時間が経っているんだけど、こうして地に足を付けるまではそう認識出来ずにいた。
日が昇る頃に起きて、目覚ましがてらに風呂に入り(もっぱらシャワーで済ますんだけど)、ニュースを見ながら朝食を食べる。
いつもの感覚なら、そうして朝を実感する。
でも、今日は今から一日が始まろうとしている。
駅から見える砂浜が、これから来るオレ達に向かってその両手をめいっぱい広げていた。
部活も大きな大会を終えて、こと練習についてはとやかく言わなくなった。
ご褒美月間などと部長が言い出すものだから、去年より早く部活漬けの毎日が終わってしまった。
学生生活初めてとも言える部活のない夏に僅かな戸惑いを覚えていた。
すぐに慣れると思っていたが、心が思うようについて来ない。
あと半月。戸惑いとのお付き合いは続くんだろうな…
ぶつぶつ言いながらも待ち合わせ場所に近づくと、やはりというか体に力が入りだす。
青少年としては当たり前なのだけど、なぜだかとてもぎこちない毎日を送っている。
原因はハッキリしている。1月前からだから。
今年の夏は、部活全体の気合も半端ではなくそのまま結果に結びついた。
自分の成績も文句なしだった。
おかげで部長はご機嫌モードで、がんばった部員にご褒美として休みをくれたわけだ。
部長、イカしてます。
学校史上初のベスト8入りを果たした部長を始め、みな好成績を収めた。
毎日遅くまで練習に明け暮れた日々が実った訳だ。オレは朝もだけど。
積み重ねた練習と、それに伴った結果を示せたおかげで、OB等からの支援もあり、現在プールは大改装中である。
校長からも満面の笑みで褒められるし、ちょっとくらいの休みは問題ないよな?って思うのは部長だけではないのも当然だろ?
駅前に到着して待ち合わせ場所に向かう。
いつもと一緒の朝。
数日間焼き直しの光景。
もしかしなくても
オレはこの笑顔が見たくて毎日こうしているんだな。
そんなことを考えながら、陽射しを避けるように駅舎に向かった。
「おはよう♪今日も私のかちなんだから」
「おはよう。って、そんな時間でもないんじゃない?」
大きな麦わら帽子に手を掛け、こちらを見つめる彼女に挨拶を返した。
「いいの。一日の挨拶はおはようからだもの」
「そかそか。相変わらずはやいよね」
苦笑を漏らしながらひらひらと手を振って見せると、ややご不満といった面持ちで人差し指をピッと立ててこちらに詰め寄る彼女。
「もう。たまには早く来て待っておくって気持ちはないの?女性には優しくアレ!って昔の偉い人もいってるでしょ?」
「それどんな偉い人ですか」
なによ。と言いたげに腕組みをしながら、彼女はプイとそっぽを向いてしまう。
しまった。今のは失言だな。実際。
「お待たせしました。おじょーさま」
「よろしい。特別に許してあげる事にいたしますわ~」
パァ~と擬音でも聞こえそうな身振りで、彼女はこちらに飛びついてきた。
「さ、じっとしてても仕方ないし、電車にのりましょっか」
「あい。…この荷物全部オレがもつの?マジ?」
ん。当然。なんて言いたげな笑顔でこちらを振り返る彼女。
反論は却下の模様。裁判長、異議アリであります。
「ほらほら。急がないと日が暮れちゃうよ~」
「…」
諦めながら大量の荷物を両手に持ち改札に向かう。
切符は購入していてくれたようで、スムーズに駅内へと進む事が出来た。
グ、重いな。
「はい。半分持ってあげるから貸して」
「ダイジョウブ。タブン」
彼女も分っていた様で、こちらの頃合を見て助け舟を出してくれた。
力を入れてかばんを持ち上げる。
あとはエスカレータだけだ。
「OK。これでも体育会系男子だから」
「さすがってところだね♪」
「だろ。気にせずコンコースまで行こうじゃないか」
「フフ。頼りになるなぁ。本当に」
満面の笑みを浮かべながら、右手の親指をグッっと立ててうなずく彼女。
ちょっと可愛くて顔を背けてしまう。
まいったな・・・
「そろそろ電車来るかな?」
「ん。時間だね」
遠くから警笛の音が聞こえる。
ゆっくりと、カーブを曲がって姿を見せる。
「あれかな?」
もう一度警笛の音。先頭車両にある表示を確認する。
「やっぱりあれだね!来たよ!」
滑り込む電車から半歩体を遠ざける。
静かに開く昇降口から中へと入り、指定席の番号を確認する。
荷物を棚へと上げて席に着く。途中で買っておいたお菓子や飲み物を用意し、彼女はなにやらステキな包みを膝上に出している。
先日約束したお弁当だと聞かされ、顔が赤らむのを感じた。
彼女は意地悪な笑みを浮かべながら顔を覗き込んでくる。
お世辞にも抜群だとは言えないながらも、美味しいお弁当を食べたり、他愛も無い会話をしているうちに、電車は目的地へと進む。進む。
「…みて!」
顔を向けると、そこには一面の海。
眩しくて直視できない。
「どうですかおじょうさん?」
「うん。いいかんじかな。ワクワクしてきちゃった」
暫くして目的の駅へと到着する。
あっという間だったな。
「じゃ、まずは宿に荷物を置きに行こうか?」
彼女に確認して、駅前のタクシーを拾いに行こうと辺りを見回す。
と、
覚えのある書き文字のついた小型のバスが一台。もしかして?
「あ、景浜園さんの送迎バスですか?」
「あ、左様でゴザイマス。ご予約のお客様で?」
はい。と返事をして、予約名を告げると深々とお辞儀をされ荷物を運んでくれた。
どうやらオレ達の為だけに迎えに来てくれたようだ。
「おまちしておりました。ようこそおいでなさいませ」
「ありがとうございます。わざわざお出迎え頂けるなんて恐縮です」
「いえいえ、当旅館では当たり前の事でございますから」
「恐れ入ります。旅館までは遠いんですか?」
そんなやり取りをしながら、海辺の旅館『景浜園』の入り口まで車を回してもらえた。
宿帳に記入をする時に、ちょっとばかり年を誤魔化したが、幸い突っ込まれる事も無く部屋まで案内された。
迎えに来てくれた方の話では、旅館の裏手がプライベートビーチになっているとの事だった。
眺めも最高で、潮風が心地よく吹き込んでくる部屋だった。
「お食事は下で召し上がられますか?それともお部屋にお持ち致しますか?」
ひと通りの説明を受け、食事は部屋でとお願いをした。
駅からこっち、彼女が口数少ないのが気に掛かる。
「それではごゆっくりとお過ごし下さい」
「ありがとうございます」
仲居さんにお礼の言葉と心づけを渡し、やっと二人きりで落ち着けるようになった。
ふと彼女のほうを見ると、俯いて肩を震わせている。
「あれ、どっか調子でもわ…ブ!?」
声をかけ終わらないうちに飛びつかれる。
不意を突かれたおかげ首がステキな方向に曲がっている。
い、息ができませんが!?
一頻りじゃれつかれて、彼女も落ち着いてきたようだった。
今となっては「館内案内」と書かれた案内書に目を通しているようだった。
途中、一度だけこちらを見て「にしし♪」と笑っていたが、意味も分らず首を傾げて見せると咳払いをしたあと元の案内書に目を戻した。
よくわからないが、かなりご機嫌は宜しいようで。一安心。
こうして二人で過ごすようになって、ようやく一月が経った。
部活を除けば、二人で過ごすのはまだ1週間ほどだ。
今回の旅行は彼女の企画立案による。
大会の成績がよかったらご褒美を考えているので、8月のこの日からは予定は開けておくようにと言われていた。
後から聞いた事だが、今回のオヤスミが無ければ部活も休ませるつもりだったらしい。
…ソレ、二人揃って休んだら速攻で噂になりますから・・・イイケド。
フタを開けてみれば1泊2日の外泊旅行。
始めに聞いた時は2時間ほど意識が飛んでいた。
部屋での片付けもそこそこに、仲居さんに聞いて砂浜へと足を向ける。
幸いプライベートビーチと言うこともあり、人の数、衛生度のどちらも満点のしろものだった。
更衣室へと向かい、それぞれ着替えを済ませる事にした。
予想通り先に着替え終わったオレは、備え付けのビーチパラソルの下に荷物を運んでシートを広げた。
部活でお互いの水着は見慣れているが、彼女は元来マネージャーと言うこともあり、めったにウェアになる事は無かった。
こちらもいつものウェアではなく、トランクスタイプの水着をきているのでなんだか落ち着かない。ちょっと頼りないかも。特にコカン辺りが。
そんなつまらない事を考えながらビーチで待つ事約20分。
彼女がやってきたようだった。
「おまたせ~。ごめ~ん」
ああ、きにしないでいいよーと、間延びした返事を返しながら振り返ったその先。
や ら れ た
これは流石に予想してなかった。
そもそも女の子がビーチに競泳用のスイムウェアなんか着てくるはずなかったんだ。
冷静に考えればすぐに分ったはずだったのに。
オレでさえいつもと違う水着を着てきてるんだ。
彼女がプライベート用の水着を着てくるのは当然の結果じゃないのか?
はた目にも目立つ大きな麦わら帽子。
待ち合わせの時にも見た帽子。ここまではよかったんだ。
ここからが問題だった。
彼女の着ている水着は、かなりきわどいビキニタイプのものだった。
やや小麦色に焼けた、それでいてそんなに黒い訳でもない健康的な肌。
申し訳程度に体を覆う真っ赤なビキニ。しかもネックホルスタータイプ。
あと、その、下の方は、なんか、えっと、ヒモミタイデス。横ニリボンガネ?
明らかに狙い済ましたチョイス。
その顔は例の表情だった。
「にしし♪」
言葉も発する事無く、その眼差しだけがこう語りかけてきた。
『どう?にあう?にあうの?ほめてみ?ほめてみなさい?ホレホレ』
もう負けは確定。
勝てるわけが無かったですよ。これ。
手漕ぎボートで巡洋艦を相手にするかのような戦力差。
目線も定まらないまま、白旗を掲げるしか選択肢は無かった。
「…スゴイオニアイダトオモイマス。キレイデスヨ」
「え~そんな棒読みで言われてもうれしくなーい!こっち見てちゃんといってよー」
「イマハムリデス。ソレハジッコウデキマセン」
「ロボットみたいなしゃべりかたやーだーちゃんとほめてよー!」
このおじょうさんは時折理解できないことを仰る。
一体どうしろと?こんなの直視しちゃったら、理性なんか保てない事請け合いだって言うのに。
「…その、すごい似合ってる。…めちゃくちゃ…ヵヮィィよ」
「だいじなところきこえないし!もーちゃんとこっちみーろー!」
「おねがい、引っ張らないで、ゴメン、見るから引っ張らないでね?」
むー!っと、口を尖らせる彼女のほうに顔だけ向いて、一度だけ深呼吸。
数秒の間に心を落ち着けて、彼女のほうに改めて体ごと向き直す。
「かわいい。どうしたんだろってくらいに可愛いよ。本当に」
「えへへ~♪ありがとう~」
言い終えて一息ついてるところに彼女が擦り寄ってくる。
あ、この流れはマズイ。
そう思って身構えるまもなく、彼女にガッシリと腕をとられた。
両手で腕を抱きかかえる形になると、自然と腕が・・・ネェ?
「うわ!バカ!それはまずいって!」
「バカじゃないもーん。うれしいんだもーん」
「そんなことしたら大変なことになるから!って、もうなりはじめてるから!」
「よーくわかーんなーい♪なにがたいへんなのかな~」
はい。絶対わざとです。
これで当分海には入れません。ありがとうございました。
混乱しながらもタオルを引き寄せ腰の当たりを覆うように隠した。
それを確認すると満足そうに立ち上がる彼女。
海に向かって走り出す始末。絶対笑ってるよね。
「にしし♪入らないならあたしだけ先に海はいるね~」
「ハイ、いってらっしゃい…落ち着いたら行くから」
「プ。まってるからね~♪」
アクマがおる。あかいあくまがおる。
はしゃぎながら走る彼女の後姿を見送る。
思い切って来て良かったと思う。
どうしても部活が忙しかった為、デートらしいデートも出来なかった。
毎朝の二人だけの朝練と、部活総出の本練、あとは下校時くらいのものだった。
二人とも分っていた事だったし、別段不満もなかった。
しかし、いざ休みとなるとそれはすべからく反転した。
毎日駅前に待ち合わせ。
映画に買い物、お食事にピクニック。
バイトも出来ない部活青少年にははなはだ痛い散財の日々を、それでも楽しく、惜しむかのように過ごした。
今回の旅行は彼女からの提案だった。
記録を気にせず泳ぎに行きたい。というのが最初の言葉だった。
それではとウォーターリゾートの下調べを始めると、海がいいと強制決定されてしまった。
財布の中身と相談して、安くてステキなビーチリゾートを探してきた彼女。
もう後はなしくずしに主導権を握られてしまった。
残ったものは、二桁減った通帳の0が物語っています。
おばあちゃん、ごめんなさい。有意義な使い方と信じてください。
落ち着いてきた体の一部分を確認してからオレも海に向かった。
はしゃぐ彼女と戯れながら、楽しい時間は過ぎていった。
夕方になり、流石に疲れ始めた頃に宿へと戻る事になった。
炎天の下に居たものだから、日焼けの後はさらにくっきりとついてしまっている。
彼女はそのへんぬかりがなかったようで。女の子ってすげえ。
部屋に戻ると食事の用意が始まっていた。
仲居さんにお礼をいいつつ、海の幸を心ゆくまで堪能させていただいた。
さすがに海に面する町の魚。
地元のスーパーで買う魚とはうまさの桁が違う。
まるでオレの通帳の使用前、使用後みたいな格差を感じた。
アレ?…うまいのに涙が出てくるのはなんでだろう?
一頻り格別の料理に舌鼓を打ち、お互いに満足の意を交わす。
途中、「あたしのおべんとうとどっちがおいしかった?」と聞かれたので、最高の笑顔でこう伝えた。
「おじょうさんのお弁当のほうが美味しかったですよシルブプレ?」
勝ち誇った笑みを零しておられたが、今となってはどうでも良いみたいです。
そりゃまんぞくですよねーオレの伊勢海老までたべちゃってたしー
食事も終わり、彼女がお風呂に行こうと誘ってきた。
準備があるからロビーで待っててくれと言われたので待機することにする。
でも、どうせなら入り終わってから待ち合わせにすれば良かったのに。
女の子はこういうのも大事にするのかな?なんて考えていた。
程なく彼女がロビーに現れる。
「おまたせーそれじゃおふろいこっかー」
「うん。って、あれ?そっちなの?」
「そそ。こっちに露天風呂があるんだってー」
「あ、そうなんだ?じゃ行こうか」
「れっつご~♪」
なにやらえらく楽しそうだ。
腕を引っ張られながら、「露天浴場」と書かれた案内板を見つける。ここか。
浴場前で男と女に別れたのれんをくぐって中に入った。
出てきたらロビーで待ち合わせなーと伝えると、不思議そうな顔をしたあと取り繕うようにOKサインを送ってくる。?なんだろ、この違和感?
ごちゃごちゃ考えるのはやめて、脱衣所で服を脱ぎ中へと進む。
露天といってもそこは浴場。大量の蒸気で視界が狭い。
幸い風呂には他の誰もいないようで、貸しきり状態で楽しめそうだ。
水場で体を流し、ひとまず湯船につかる。
最高だな。心が癒される。
湯船の上にはやぐらよろしく屋根が組まれている。
外に顔を覗かせれば、街では見ることの出来ないような満天の星。
ガララ
おや、誰かはいってきたみたいだ。少し端に移動する。
新たなお客さんは声も発せず体を流しているようだ。
こちらはこちらでゆっくりとくつろぐ。
と、
端によけたオレの隣にわざわざ入ってくる方が一人。
え、避けたのにこっちにくるの?…マサカ…貞操の危機!?
「おじゃましま~す♪」
「って、先輩かよ!男かと思って焦ったじゃんk…えええええええええええええええ!?」
「にしし~♪驚いた驚いた~」
「ば、なにしてんの!こっち男湯だから!こっちきちゃだめじゃんか!!」
「貸切家族風呂で~す♪誰もはいってきませ~ん♪」
「ハ?」
うわ。やりやがった。
部屋で館内案内見てたときも、ロビーで待ってたときも、コレのことで動いてやがった!
始めからこうするつもりだったんだな!?
ヤバイじゃん、まずいじゃん、オレもたねぇぇぇぇぇぇぇぇぇじゃぁぁぁぁぁあああぁぁんんん!?
…いっか。嬉しいし。
流石に彼女もタオルを巻いているので、目のやり場に困る事も無かった。
いや、恥ずかしいには変わりないんだけど、なんとか理性は保ててる。ギリ。
背中を流してもらったり、目隠ししながら背中流させられたりして、この露天風呂と言う名の密室を楽しんだ。
恥ずかしいけどこそばゆい様な、そんな時間だった。
ゴメンネ?ヘタレで。手を出す事も無かったよ?
お風呂も満喫し、部屋へと帰ると既に布団が敷かれていた。
うん。一組ね。
完全に新婚さん扱いだろうね。年も誤魔化したし。
二人で一瞬固まったけど、彼女はいち早く立ち直り部屋へと入る。
テレビも無い部屋で二人で過ごす。
会話と景色を楽しむくらいしか出来ない部屋だけど、窓辺に座る彼女はキレイだった。
深い蒼を体に纏い、およそ現実感をもたないその姿は、まるで女神のソレだった。
だからだろうか?ふいに口をついて言葉が紡がれていた。
「本当にキレイだよ。まるで夢みたいだ」
「え?なにが?」
「…キミがだよ」
同じ事を2度呟いても、不思議と恥ずかしさは無かった。
本心からの言葉だったからだ。
強がる事は止めよう。今は本音で語りたいと素直にそう思えた。
彼女は答えず、ただ優しい笑みを携えてオレの前にやってきた。
遠くに浮かぶ月の明かりを受け、その姿は蒼白く浮かぶ幻想のような。
光を遮られてオレからは陰の中に居るように見える彼女の輪郭は、月明かりで浮かび上がるような、そんな一枚の絵のようだった。
「…ねぇ?約束おぼえてる?」
「なんか約束したかな?おおよそ守れてる自負はあるんだけど?」
「ううん。キミからの約束じゃなくて、あたしがした約束」
「なんかあったかな?ちょっと思い出せないかも」
「いいんだ。思い出させて上げるから」
そういうと彼女は浴衣の裾に手を当てて、ゆっくりとそれを上に持ち上げる。
「あ…」
「…」
するすると上がる浴衣。
腿に掛かった辺りで、彼女はそれを横に動かす。
月明かりに浮かび上がる肢体。うっすらと日焼けして、健康的なその肌。
月の冷たい蒼に照らされて、透き通るようなその体が浮かび上がる。
「ね?思い出したかな?」
「…うん。思い出したよ」
彼女は下着を着けていなかった。
彼女の気持ちを聞いて、オレの気持ちを伝えたあの日。
「空中庭園」で彼女が約束したイタズラめいた言葉。
『こんどは本当に見せてあげるよ?はいてないところ』
イタズラだと思ったあの日の約束は、一月を経て今果たされた。
不思議とやましい気持ちにはならなかったけど、気がつけば彼女の肌に触れていた。
優しく抱き寄せ、唇を重ねる。
最初は優しく、次いで少し強く。
彼女の手が背中に回り、強くオレを求めてくれる。
戸惑いも無く、そうなる事が当然だとでもいうように、オレは彼女を横たえていた。
すこし怯えた様な顔でオレを見つめる瞳。
「こわい?」
「ううん。だいじょうぶ。キミのことしんじてるもん」
言葉はそれだけで充分だった。
もう一度口付けをして、彼女の帯を解き始めた。
すこし震えているようだった。
勤めて優しく触れる事だけに心を裂く。
こちらも浴衣を脱ぎ捨て、布団の上には生まれたままの二人。
もう一度だけ口付けし、耳元でささやいた。
「愛してるよ」
「うん。しってる。でもうれしい…」
強く首を抱きしめられて息が詰まる。
優しく手を解いて、オレは彼女の体へと重なった。
あの日から一ヶ月。
短い夏の日々。
これから思い出を増やしていこう。
彼女を見つめてその涙を拭ってあげた。
「しあわせ…なんか怖いくらいだよ…」
刻み付ける。
「ちょっとイタイけど…それでもうれしい」
刻み付ける。
「キミと一つになれたんだね…」
照れくさそうに涙を拭う顔を刻み付ける。
「ちゃんとしあわせにしてよね?」
にししと笑う顔を刻み付ける。
「大好き?やっぱりだーいすきだよ!キミのことが!」
刻み付ける。胸にこの笑顔を。