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リョウジ・カラサワ

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 ロイが死んだ。
 分かっていたことだ。いつかはこういう日が来るものだと覚悟はしていた。
 所詮ロイは素人が高性能な銃を持っただけの、にわか賞金稼ぎだ。襲撃、奇襲することに少々慣れたとしても、立場が逆になれば驚くほど脆い。あ奴が有名になったのも、、隣の地下都市の生き残りが単独で賞金稼ぎ稼業をし、偶然結果を出してきたからにすぎない。
 今広く普及しているコイルガンは、連射性能の低さから副数人で運用して初めてその性能を生かすことができる。そんな中、単独で多くの賞金首を葬っていれば自然と名も広まってしまうだろう。名が広まり、あ奴に恨みを持つものが現れれば、こういう結果になるのは目に見えていた。
 まずい酒を呷る。涙は出ないが、何歳になっても慣れはしない。
 もしマリアがここにいれば、涙を流してあ奴の死を悼んだだろうか?…いや、そもそも彼女が生きていれば、どんな理由があっても命を奪うような仕事を許しはしなかっただろう。誰よりも優しかったあの娘ならば…。

 わしがロイと出会ったのも、思えばマリアに紹介されたからだ。分野は違えど同じ学者同士、彼女の熱意に当時のワシも尊敬の念を抱いていた。今でもその想いは変わらない。少しでも多くの命を守るために努力を惜しまず、優しい笑顔を絶やさない彼女を、ワシは実の娘のように思っていた。
 そんな彼女が恋人としてロイを紹介してきた時には、殺意すら抱いた。こんな男にマリアが任せられるのかと、不安で仕方がなかったように思う。
 だが予想に反して男は実直で素直な人間だった。少々無口で影の薄い奴ではあったものの、マリアが自分で選んだ男にわしがとやかく言う筋合いはない。
 まあそれでも気にはなったので、ちょくちょくロイにちょっかいをかけるようになった。わしとは違って物静かな人間だったが、同じくマリアを慕う者同士気が合い、友人として付き合うようになる。仕事場が近いこともあって、ロイとはよく一緒に飯を食ったり、酒を飲んだり、愚痴を聞いてもらったりしていた。
 その時わしはそこそこ立場のある人間だったので、気兼ねなく話せる人間ができて年甲斐もなくはしゃいでしまっていたのをよく覚えている。
 時に3人で語らい、酒を飲み、二人の仲をからかったりもした。

 そんな二人も、もうこの世に居ない…。

 体がビクッと震えて目を覚ます。どうやら椅子に座ったまま眠ってしまっていたらしい。随分と懐かしい夢を見てしまった。
 だるい。
 今ならば、あ奴の言っていたことが少しは理解できる。
 誰にも覚えてもらえず、ただそこに居続けなければならない恐怖。自ら命を絶つ勇気すらないわしは、驚くほど滑稽に見えるだろう。
 あ奴はマリアと出会ったことで、この孤独から抜け出すことができた。その時奴が感じた”救い”は想像以上のものだっただろう。
 しかし、わしにはそんな救いは無い。在ったとしてもわしはその救いを受ける資格が無い。
 間接的とはいえ命を奪うことに加担したわしには、遅かれ早かれ償いの時が訪れるだろう。
 軽く眼を閉じる。
 汗だくになった体を拭く気にもなれず、大きく息を吐くと、ドアを叩く音がしてわしは椅子から重い体を起こした。
「すいません、どなたかいらっしゃいますか?」
 ワシがドアを開けると、まだ少女といっても差し支えない娘が、震える体を抱きしめながら立っていた。
「んあ?珍しいな。こんな上層階に、あんたみたいな女の子が一人で来るなんぞ」
「少しだけ家の中で休ませてはもらえませんか?」
「ああ。たいしたもんはないが、ゆっくり温まっていきなさい」
 わしは何の疑問も持たずに少女を家に招く。今のわしには、少女の来訪は少しありがたかった。一人でいると余計なことを思い出したり、考えたりしてしまう。心を紛らわせるためにはちょうどいいだろう。
「ほれ、コーヒーじゃ。熱いから気をつけなさい」
「ありがとうございます」
 少女はワシが入れたコーヒーにゆっくりと口をつける。わしも自分のコーヒーを一口啜ったあとで、少女が何故こんなところに来たのか訊ねてみることにした。
「で、お前さんはなんでこんな上層階まで一人で来た?」
「実は、私は送電技士の研修生なのですが、発電施設の視察中に教官達とはぐれてしまって…」
 研修でこんな上層階に来ることは普通はない。ワシは呆れてコーヒーを軽く噴きそうになった。
「それでうろついとったのか?それはまた随分な方向音痴じゃなぁ」
「すいません。でもお爺さんこそ、こんなところで何をしていらっしゃるんですか?」
 痛いところを突いてくる。本当のことを話すといろいろ問題があるので、わしは適当に誤魔化すことにした。
「あー、まあ、なんじゃ。友人との約束でのぅ。ここで見張りをしとるんじゃ」
「見張り、ですか?」
「うむ。そいつは中々の腕前の賞金稼ぎでのぅ。儲けた金でここにハーレムを作る予定なんじゃ」
「ハーレム?」
「そのためにこの場所を誰にも取られんように見張っとるんじゃよ」
 わざといやらしい笑みを作って、雰囲気を作る。こんな風に人と話すのは久しぶりかもしれない。
「その、なんていうか…、お元気、なんですね」
「うむ。いまだ現役じゃよ」
 大きな声でわしは笑った。
 だが、あからさまにわざとらしい高笑いで、少女の顔に怪訝そうな色が見える。
「どうかなされたんですか?」
「あ?あー、うむ。流石にわざとらしかったか」
「はい、流石に」
 失敗だった。久しぶりの人との会話で、少々舞い上がっているのかもしれない。
「こんな嬢ちゃんに見透かされるとはのぉ」
「何か、あったんですか?」
 わしは少し考えたが、こんな少女に隠す必要もないと判断して、口を開いた。
「その友人が死んだんじゃよ。職業柄いつかこうなるとは思っておったが、いざそうなると悲しいもんじゃ」
「…では、おじいさんがここに居る理由は」
「無いな。他に行く所もない。気力も体力も無い。しかし、思い入れはある。じゃからここを動く気はない」
「…」
 話したのは失敗だったか。少女の顔が曇る。そんな顔をされると、わしまで気落ちしてしまう。
「そんな顔をしなさんな。ここも寒い以外はそんなに悪いところでは無いよ」
「でも、やっぱりこんな上層階では不便じゃないですか?」
「なに、中央の大型エレベータの施設点検のために2週間に1回は人が来るからの。その時に買い物なんかは何とかなるでな」
 なるべく明るい感じで話してはみたものの、少女の表情は晴れない。
 少女は唇を軽く噛むと、意を決したように話し始めた。
「私は送電技士になれば、皆さんの暮らしが少しでも良くなると信じてやってきました…」
「実際上層階を一人で歩くと、教えられてきたことと違うかね?」
「…はい」
 この少女の悩みや苦悩は尊い。そう感じて、わしは少しマリアのことを思い出した。
「人類が地下に潜って早150年。下層階の連中は利権と地熱、そして電力を求めることしか知らん」
「そのために上層階の人たちは、ないがしろにされているんですか?」
「正確には仕方なく、じゃな」
「?」
「この地下都市は他のそれよりも随分治安は安定しておる。その分、出生率も高くなり、人口増加が設計上の仕様を超えとるんじゃろ」
 そう、この地下都市に住んでいる人間は幸せだ。少なくともここの管理者はくだらない面子よりも、全体が生き残るために最善を尽くしているように思う。もし、わしらの地下都市の管理者もそうだったなら、マリアも死なずに済んだかもしれない。
「他の地下都市のこと、ご存じなんですか?」
 少し話し過ぎてしまった。自分が他の地下都市の出身であることはあまり知られたくない。少なくとも名前を偽っているわしにとっては大きな失敗だ。
 しかし、少女の真剣な悩みにわしは心動かされてしまっている。全てを話すことはできないが、こんな老いぼれの話でも、少しは役に立つのならそれでいいと考え、話すのをやめなかった。
「まあ、な。今でこそただの老いぼれじゃが、昔は高温超電導体関係の技術者として、そこそこ有名だったんじゃよ」
「それって、もしかして唐沢式高温超電導体ですか?」
「うむ、研究チームの一人じゃった」
「すごいじゃないですか!あの技術が無ければ、地下都市の増設計画も成り立たなかったって話ですよね!」
 自分の功績を正面から褒められるのは少々照れくさいが、なるべく表面に出さないように気を使いながら口を動かす。
「ああ、その技術はこの地下都市から最も近い地下都市で確立された技術。…今はもうその地下都市も、無くなってしまっとるがの」
「事故か、何かで?」
「いや…。市民の暴動が原因でな。それに乗じて反政府組織が酸素供給システムをさダウンせた、と聞いておる」
「なんで、そんなことを…」
「さてな。詳しいことまでは知らん。わしはその時、地表近くの廃棄された原子力発電施設に、偶然送り込まれていたおかげで難を逃れただけじゃ」
 そう、そこでわしは全てを失った。故郷も、苦楽を共にした仲間も、マリアも…。
「じゃあ、家族とかは…」
「もう、随分と昔のことじゃからの…」
 空気が重くなる。
 この時のわしは俯いていたせいで、少女の瞳に宿る憤りに気付くことができなかった。
「おじいさんのような境遇の方が、なぜ賞金稼ぎなんて人種と友人に?」
 さっきよりも力強い少女の声。
 わしは半ば懺悔でもするかのように言葉を紡ぐ。
「あいつは賞金稼ぎになる前からの付き合いでな。正確にはこの地下都市に来る前から、じゃがの」
「その人が賞金稼ぎになろうとした時、止め無かったんですか?」
「ああ、止めなかった。わしは、あいつが死ぬために賞金稼ぎをやろうとしているように見えたからのぅ」
 そう、その結果としてロイは死んだ。わしが殺したも同然だった。
「そのために、他の人間が傷つくとしてもですか?」
「他の人間…か。特に考えておらんかったよ。あの時はワシも奴もただ欲しかったんじゃ」
「何を、ですか?」
「酒。酒を買う金、じゃな」
 わしは弱かった。全てを失い、その現実を直視することを恐れた。
「軽蔑するかね?しかし、わしらには必要だったんじゃ」
「だから、止めなかったんですか?」
「ああ、そしてわしも加担した。奴に銃を与えたことで、人殺しの手助けをしたことになるのじゃろう」
 大きく息を吐く。
 自身の罪を直視し、吐き出した。
「…やはり、あなたがこのコイルガンを作ったんですね?」
 少女の視線が、殺意が鋭く刺さる。
 殺意の切っ先には見覚えのあるコイルガン。それでわしは全てを理解した。
「…そうか、おぬしがロイを」
「ええ、殺しました。あなたが、あいつに与えたこの銃で」
 これも罰なのだろうか。
 わしが作ったコイルガンで友人が死んだことも、そのコイルガンで今まさにわしの命が奪われようとしていることも。
 ロイも最期はこんな気分だったのだろうか?
「なあ、奴は最期に何と言っておった?」
 少女の表情が歪む。
 必死に取り繕おうとしているようだが、その顔には深い罪悪感が刻まれているように見えた。
 まだこの娘は、自分の罪を感じることができている。どんな相手でも、どんな悪人でも感情に任せて命を奪う事は罪だと。
「…何も。血反吐を吐いて絶命しただけです」
 ならばわしが言えることは一つだけだ。
 あ奴が言いたかったことと意味合いは違うかも知れんが、この言葉は少女の心に深く刻まれることになるだろう。
「…そうかい。なら覚えておくといい。奴の死に様を、今日ここであったこと、そしてこれから…」
 全てを伝えきる前に引き金は引かれた。
 しかし、例え断片だとしても少女に届いたなら――。
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