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1『そもそもいかにして私が新觥社にたどり着いたか』

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 たとえば貴兄が、以前より狙っていたクラスの可憐なる女生徒に「僕はね、小説を書いているのだよーロッパ連合」などと、腑抜けた冗談を交えつつ告白したとしよう。返ってくる言葉はおそらくこういったものだ。

「え? 濱野くんってオタクなん?」

 実際に貴兄の名が濱野くんであるのか、それは私も知らない。
 しかしこれこそが現実である。そこから目を逸らすことは出来ない。世間一般の女生徒達は「小説を書く同級生=オタク」という堅固な図式をすでに脳内へと刻み込んでいるのだ。そのことについてはまず間違いないと言っていいだろう。
 実際私はそうなった。だから貴兄もそうなる。
 ぶっ殺すぞ、この糞アマ。と、貴兄は心のなかで一言呟く。そうして顔を笑顔で塗り固めながら、必死の弁解を試みる。
「いや、オタクっていうわけじゃないよ。書いてるのもそんなにアレな感じなのじゃないし。どっちかっていうと、ほら、文学的なやつだもん。そりゃあ女の子とかはでるよ? ヒロインはいたほうが話の盛り上がりが違うからね。でもそういうオタク的なアレじゃなくてさあ」

「……濱野くんってさあ」
「うん?」
「キモいね」

 その時、貴兄は彼女の表情を見る。それをなんと形容しよう。おお、むしろ語る言葉を持ち得ぬほうがどれほどの幸福であったことか。それは他の何者でもない。笑顔。笑顔だ! 満面の無邪気な笑みが貴兄を襲う。麻薬のような可愛さと砂糖菓子のような嘲りが溶けあい混じりあい、それは甘美な毒の杯と化している。
 そうだ、女性とはそういう生き物であった。と、そこでようやく悟るのだ。アレは平気で人を傷つけその上で笑っていられる悪夢のような生物なのだ、と。
 ははははは。教室のどこかで笑い声が響く。あれは誰を笑っているのだ? 私か。私ではないのか。ふいに心拍数が跳ね上がる。たいして意味も無いままに、右を見て左を見てまた右を見る。その挙動の不審なることを自覚しているから、余計に疑惑は強まっていく。私は滑稽ではないのか? 短い悲鳴が漏れる。
 怖ろしさに耐えきれないまま貴兄は駆け出す。教室を飛び出て昇降口を飛び出す。靴にも履き替えずスリッパのまま自転車に飛び乗ると、疾走をはじめる。笑い声はまだ耳の奧に残っている。
 ペダルを漕いでいる間も妄想は拡大していく。女性だけではない。男性はどうだ? 男性だって似たようなものではないか? ならば人類とは何だ。安住の地はどこにある。ああこのままでは救われぬ。漕げども漕げどもキリがないではないか!

 そうして貴兄は引き籠もるようになる。人との接触を極度に恐れるようになる。朝昼を惰眠を貪ることに費やし、家族の寝静まった夜、むくりと起き上がってはカサコソと活動するようになる。暗い部屋の隅でかちかちマウスをクリックし続けるだけの、そんな日々に明け暮れるようになる。ドアのノックに余念なき母親の姿もいつしか消え、諦観と寛大の中に迎え入れられるようになる。

 すくなくとも私はそうした。だから貴兄もそうしろ。そうするべきである。
 画面に映る少女達は今日も優しく微笑んでいる。
 悲しくはないと言い切れる。何事にもよらず、言い切ることは簡単なのだ。問題は行動がともなっているかどうか、である。

3, 2

  

 ある日のことである。
 日課のネットサーフィンにはげんでいると、あるサイトを見つけた。

『新都社』
 リンクはそう表示されていた。

 魔窟の名をクリックするのに躊躇いはなかった。
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