陽一くんの作文
ぼくは、そのお兄ちゃんのことをよく知りません。それでも、いっぱいの力をつかって、お兄ちゃんがどんな人なのか、ちょっとかんがえてみようと思います。
ぼくたち家族がさっぽろドームについた時には、もうがいや(たいことかラッパとかをならす人たちがいるところ!)の自由せきに多くの人がすわっていて、とてもこんでいました。ママは、「陽ちゃん(ぼくのなまえは「小野寺陽一」と言います。)、いちれつですわれる所はないかなあ?」としきりに言っていました。ぼくはがんばってさがしてみましたが、けっきょく見つかりませんでした。ぼくが「まえの方で、陽だいかん(ぼくのいちばん好きなせんしゅ)か、中田しょう(にばんめに好きなせんしゅ。だからぼくは、小学校のやきゅうでがいやをやっています。)の投げてくれるボールがもらえたらいいなあ」と、しあいの、一週間くらいまえからずっと、ずっと言っていたので、ぼくたち家族は、できるだけまえで、ちょうどあいていた五れつめのせきにママとぼく、そして六れつめのせきにおばあちゃんとお父さんと、えみおばさんがすわることになりました。
お兄ちゃんはママとぼくのとなりのせきにすわっていて、ピンクのふくを着て、青いズボンを着ていました。お兄ちゃんのとなりには、黒いふくに黒いズボンを着た、せの高い男の人がすわっていました。お兄ちゃんは、ぼくたちが来た時にいちど、ぼくとママのほうを見たっきり、ずっと黒い人と、しあいを見ながらおしゃべりをしていました。まるで、黒い人がたったひとりの友だちみたいでした。そして、おだやかな目のむこうがわに、本当の気もちをかくしているかのようでした。
しあいが3回表まで進んだ時のことでした。バッターのいとうが打ったフライを、センターの陽だいかんがキャッチしたあと、ぼくのほうまで走って来て、今キャッチしたボールを投げてきました。
いろんな人が手をあげたり、グローブをふったりして、ジャングルみたいでした。それでも、まっ白いボールは、ジャンプする人や、「こっちだよー」とさけぶ人たちの間をぬけて、ぼくのほうへ来ました。ぼくはうれしい、と思ったけれど、すぐに、このままだとボールにぶつかっちゃう、と思いました。グローブがないと、ボールがとれません。ぼくは、どうしようかと思いました。
その時、ぼくのとなりにすわっていた、ピンク色のふくのお兄ちゃんが、そのボールをバチン、ととりました。お兄ちゃんは、「あっ」とひくい声を出しました。何かに気がついたみたいでした。しばらくじっとボールをキャッチしたじぶんの手を見ていましたが、そのあとすぐにボールをぼくの手のひらにのせてくれました。
ぼくはとてもうれしかったのですが、何かへんだな、と思いました。
お兄ちゃんは、ボールをとったあとすぐに、いろんな人から見られていました。ほっぺたが赤くなっていました。「うわー」とか、「いいな」とか、言われていました。そのあとぼくにおしつけるようにボールをくれました。目はやさしいみたいでしたが、少しらんぼうにわたされました。右手が少しいたかったのを、おぼえています。
お兄ちゃんがぼくにおしつけたのは、ボールだけじゃない、と思いました。お兄ちゃんは、あの時に、お兄ちゃんが感じた「はずかしさ」を、ぜんぶぼくにおしつけたんだ、そう思いました。
だからぼくは、それを返してあげなくちゃいけない、と思いました。陽だいかんのボールはとてもほしかったのですが、なぜだかわかりません。返してあげなくちゃ、と思いました。
「お兄ちゃんがとったボールなんだから、返してあげよっか」
と、ママは言ってくれました。ママはぼくの言いたいことを知っていたようでした。
ぼくはつよくおしつけられたボールを、こんどはゆっくり、返してあげました。お兄ちゃんは、じっとぼくを見て、にっこりしました。目のむこうがわが、水みたいにすんでいました。
かえりみち、家族みんなで歩いていました。ぼくは、どうしてもつかれたので、お父さんにだっこしてもらいました。お父さんにだっこされてうしろを見た時、さっきのお兄ちゃんと、黒いせの高い人がいっしょに歩いていました。お兄ちゃんは、じぶんでキャッチしたボールを、にこにこしながら見つめていました。目のむこうがわがやっぱり、水みたいにすんでいました。
添削欄
着想は面白いのだが、いかんせん勢いで書き切ろうとしているため、細かな構成が雑な印象を受ける。なにより子供の立ち位置が曖昧である。童話調の文章にしたいのか、本当の子供の作文という設定で書いているのか、今ひとつ筆者の中でまとまっていないのではないだろうか。セレンディピティはそこそこ持っているようなので、いつでもモノにできるように文体の洗練と構成能力の向上を求めたい。