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十六話「夕日の園」

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 変わろうと思えば人はあっという間に変わってしまうのかもしれない。オレは変われるとは思ってないけどな。
 不思議に思ってたんだ。二月期が始まってから、オレのところに入り浸るこの一年生を。

 不気味がって先生ですら寄り付かない裏庭で、オレとミカちゃんはいつもと同じように昼食を食べている。
 ここ最近はこれが普通の光景になっていたが、よく考えると、こんなのはおかしな光景なわけで。
「先輩、今日のお弁当どうですか?」
「……まあまあかな」
 ここ毎日のようにお弁当を作っきてくれるこの後輩。
 こんなに可愛い顔をしているのに、どうしてオレに付きまとうのか、一ヶ月前のオレには予想が出来なかった。が、今は違う。
「なぁ、ミカちゃん」
「はい? どうしたんですか先輩」
 美味しそうに卵焼きをほほ張りながら、ミカちゃんはオレの顔を不思議そうな顔で見つめた。
「そのな……放課後、話したいことがあるんだ」
「話したいことですか……? もしかして急用みたいな感じですか?」
「急用……そうだね。かなり急用かな……」
 ミカちゃんは静かに箸を置いて。
「わたしも先輩に話したいことがあります……」
 それは丁度良かった。と心のなかでつぶやきながら、僕は少し際どい表情でミカちゃんを見つめて。
「……分かった。放課後、屋上で待ってるよ」
「はい! それよりも、とりあえずお弁当食べちゃってくれませんか? せっかく早起きして作ったんですよ、私が」
 ミカちゃんは、オレが放課後、ミカちゃんに言おうとしていることを知っているのだろうか? いや、知っているも何も――まて、まだ慌てるな。本人はまだ何も言っていないんだぞ? 勝手な憶測で物事を考えるなよ、オレ。
 ……そうは言ってもな……。

 今現在、オレの教室における立場を説明しておこうと思う。
 前にも言った記憶があるが、オレはあの禁止令が発令されてから、短い休み時間ならともかく、朝のホームルーム前、昼休み、なんていう時間的にかなり余裕のある休み時間にクラスに居ると、それだけで身の危険を感じると言うか、かなり際どい立場になっている。
 担任からも見放され、そして守ってくれるであろう家族ですら、オレのことを見放している。そんな状況で、リンチなんてされても誰も助けてくれないのは眼に見えているので、オレはできるだけクラスの中では死んだように振舞っている。
 いつも、昼休みが終わるギリギリに教室に戻る。
 オレが教室の戸を開くと、一斉にクラスメイトの視線がオレを捉える。
「うわー、帰ってきたよあいつ」
「マジで不登校にならないかな? 俺だったら普通に不登校になってるのに、あいつかなりバカというか」
「だよねー」
 直接的な暴力は逃げている成果がでているのか、まだ受けたことはないが、見えない暴力はかなりけている。
 朝、登校すると、机の上に菊の花が透明な花瓶に挿しておいてあったりなんてことはゴマンとある。
 そんな時は、心を大きく持って「おお、花じゃん! マジ綺麗!」と自分をごまかしやり過ごすが、正直つらい。
 自分がしてきたこと、自分がやってしまったこと、自分のせいでなってしまったこと、そのくらいは普通に理解している。オレも逆の立場だったら、普通に加勢していたと思う。が、でもまぁ、オレは当事者なわけであって。
 そんな孤独の中、現れた我が天使ミカちゃん。でも、その天使は堕天使なのかもしれないという事実が今のオレには途方もなく辛い真実であって。
 自分で「放課後ね」なんて言った割には、放課後までの二つの授業が永遠に終わるな、なんて普段では考えられないような思考で頭を回転させているオレが憎い。
 時間よとまれえええええええええええええええええええええええええええ!
 なんて考えている間にもう放課後ですよ。 
「じゃぁ、またあしたねー」
「部活だりーけど、いっちょやってきますか!」
 帰りのホームルームが終わった直ぐの校内は、授業という束縛から解放された生徒たちの声で賑わっている。
 そんな賑わいの中、オレは一人、死んだような魚の眼をしながら、屋上へ続く階段を登っている。
 一段、また一段、登るごとに近づいてくる屋上。
 そう言えば、パンチラ同好会の始まりも、あの写真の一件も、屋上から始まったんだったけな……。
 始まり後であり、ある意味で終わり後でもある、屋上。行きたくねぇなぁ……。でも、約束は約束だし。

 屋上へと出るための扉を開くと、綺麗な夕日がオレの視線に入ってきた。昼間の太陽の光とは違い、柔らかな光がオレを照らす。
 丘の上に立っているこの高校の屋上から見る夕焼け、そしてその眼下に広がる淡い光に照らされた街並みは綺麗とか美しいとか、そんな言葉では表せないような幻想的な雰囲気に飲み込まれている。
 視線を屋上の先にやると、夕日の影になりながら、女生徒と思われる、誰かがそこに立っていた。
 ミカちゃんだ。シルエットでわかるほど、オレはミカちゃんを見てきた。あれは確実にミカちゃんだ。
「せんぱい……!」
 街並みを見ていたミカちゃんが振り返り、扉の前に居るオレを発見したのか、こっちに向かって歩いてきた。
「や、やぁ……」
 オレはオレで余りの緊張で、足がガクつき、喉が異様に乾いている。
「先輩!」
 ミカちゃんはオレの目の前まで来ると、なにを思ったのか、オレに抱きついてきた。
 なんてアメリカンな人間なんだ、なんて意味不明なことを思いつつ、オレはクールに、そして紳士的にミカちゃんをオレの体から離れさせて。
「ミカちゃん……もう来てたんだ……」
「はい! 帰りのホームルームが終わって、走って屋上まで来ちゃいました……その楽しみ……というか、なんて言えばいいんでしょうか……」
 オレと同じく緊張していたのかな。でも、随分変わった緊張の仕方だなあ。
「その……先輩、話ってなんですか……?」
「あー……えっと、そうだ、ミカちゃんもオレに話したいことがあるとか言ってなかった?」
「あっ、でも、先輩の方が先に誘ってきたんですから、先輩が先に言ってくださいよ……」
 オレの話はかなりヘビーなわけで、ミカちゃんが何をオレに伝えようとしているのかは分からないけど、とりあえずミカちゃんの話を聞いてからの方がいい……とオレの直感が言っている。
「いや、オレの話はあとでいい。ミカちゃん、頼むから先に言ってくれ……」
 ミカちゃんは少し力を抜いて、オレの顔を下から見上げ、しばらく無言でオレの顔を見つめた後、何かを決意したように下を向いた。
「……先輩……。先輩って、好きな人いるんですか?」
「好きな人? 友達とか、そういう感じのなら親友――というか戦友って呼べる仲間ならいるけど」
「違います! 女の子で好きな人です!」とミカちゃんは少し声を張り上げた。
「えっと……その……恋愛的にってこと?」
「そうです」
 好きな人か……考えたこともなかったな。
 可愛い女の子は好きだ。自分の中にある可愛いっていう最低条件をクリアしている女の子なら誰でもウェルカム。だけど、好きとなると話は変わる。誰でもいいって訳じゃない。なら、オレは誰かを好きになっていたのか?
「……分からない。好きな相手が居るかどうか、オレには分からない」
「……あの……先輩と同じクラスの、幼馴染の……ユカリ先輩でしたっけ……あの人のことは……」
 ミカちゃんが言いづらそうにユカリの名前を口にした。
 ユカリはオレに取って、そういう存在だったのか? 違うな、オレに取ってユカリは双子の兄妹みたいな、そんな近すぎる存在だった。ユカリにそういう感情を抱いたことはない。だからあの時、ユカリから決別された時は、家族がいなくなったような、そんな空虚感が――それは本当にそういう感情来ていたのか、オレ? 今のオレにはよく分からない。
「違うよ、ユカリはそういうの……じゃないと思う」
「違う!」と断言できない自分が恥ずかしい。
 ミカちゃんはどうしてオレにそんなことを訊いてくるんだろう? そんなことを考えつつ、ミカちゃんを見つめていると、「そうですか……あの……その……」と今までに見たことのないような、感じでミカちゃんはモジモジし始めた。
「先輩!」
「……は、はい!?」
 ミカちゃんは何か吹っ切ったような顔をして。
「わたし、先輩の事が好きです! 入学テストの時から好きなんです!」
 顔を真赤にしたミカちゃんが、オレに告白してきた? えっ? え………えええええええええええええええええええええええ!?
「なっ、えっ……えあえ?」
「先輩!」とオレの手を握るミカちゃん。
 入学テスト……あ、そうか。ミカちゃんはあの時のあの子だったのか……そうか……。そうだったのか……。
「わたし、あの時、先輩の一言で……そのなんていうんですか……悩んでたんですけど、やっぱりここに入学しようって思えたんです! だから、先輩!」
 ミカちゃんに握られている右手が痛い。両手とは言え、女の子でもこんなに力が出るのか……。
「……せん……ぱい……その……答えを訊かせてください……」
「ミカちゃん……少し待ってくれ……」
 えっ……? っと驚くミカちゃん。
「答えの前に……オレの質問を訊いてくれ」
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G.E. 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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