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第六章 動乱の中で

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 珍しく人とウマが合った。共に戦う事となった、将軍のフォーレである。
 フォーレは私が見つけてきた人材の一人で、最初の印象は物静かな男という感じだった。しかし、じっくりと話し込んでみると、腹の底はかなり攻撃的なものを持っている事が分かった。というより、ハッキリと物を言ってくるのだ。
 今までにそういう人間が居なかった訳ではない。特に父はそうだった。しかも、妙に上から目線で、それが私の神経を逆撫でした。武神と呼ばれていたからなのか、父は他者を格下に見過ぎている。
 フォーレには、そういう所がなかった。最初に言われた事は、自分に自信を持ち過ぎている、という事だった。言われた時には、ただ腹が立っただけだったが、今ではきちんと受け止められていると言って良いだろう。元々、自覚がなかった訳ではないのだ。
 それにしても、フォーレは不思議な男だった。性格というか、人間性は私の嫌いな部類のそれのはずなのだが、話しているとそうでもないのだ。普段は茫洋としていて、言うべき時だけ言うというのが何か関係しているのかもしれない。それに加えて、将軍としての力量も高いのである。
「そろそろ、斥候がメッサーナ軍を捕捉して帰ってくる頃だな」
 私は乗馬したまま、フォーレに話しかけた。
 予想通り、メッサーナはミュルス反乱に乗じて軍を出してきていた。兵力は四万で、出陣している将軍はバロン、アクト、シーザー、シルベンの四名である。シルベンについては、まだ将軍に成り立てという情報も入ってきている。
 戦場はコモン関所前を予定しているが、斥候が持ち替える情報によってはアビス原野という事にもなるだろう。しかし、いずれにしろ、決めるのは総大将であるエルマンだった。
 今回のメッサーナ迎撃戦で出陣している将軍は、私とフォーレ、そしてエルマンで、兵力は六万である。
「できれば、俺はアビス原野で戦いたい」
 フォーレが言った。階級は同じ将軍なので、お互いに敬語を使う事はない。
「ほう、何故だ?」
「野戦の方が得意だからだ。コモン関所前だと、どうしても戦い方が窮屈になる」
「アビス原野で戦うとなると、退路という意味で官軍側に余裕がなくなるな。まぁ、負けるとも思っていないが」
 私がそう言うと、フォーレが乾いた笑みをこぼした。
 実際、今のメッサーナ軍はそれほど脅威ではないだろう。これは、負けない戦という観点で捉えた場合の話である。勝つ戦となると、かなり難しくなってくる。勝つ戦と負けない戦とでは、天地ほどの差があるのだ。そして今回の戦は、負けなければ良いという戦だった。
 スズメバチ隊が居ればどうだったのか、とふと思った。というより、ロアーヌが生きていたら。同じ負けなければ良い戦にしても、危機の度合いは段違いに上がるだろう。すなわち、今のメッサーナ軍が脅威でないというのは、スズメバチ隊が居ないから、という事に繋がる。
「ハルト、負けると思っていないという事については俺も同じだ」
 ハルトというのは父が使う呼び名だったが、フォーレが使っても別に腹が立つという事はなかった。むしろ、親近感がわいてくる。最初はハルトレイン、と呼び捨てだったのだが、いつの間にかハルトに変わっていた。そっちの方がしっくり来る、と感じたので私もそれを許容した。こういう事ひとつを取ってみても、やはりフォーレは不思議な男だった。
 みんな、私を避けたがった。大将軍の息子、という色眼鏡で見られているのが大きいと思っていたが、どこか話しかけ辛い雰囲気もあったのだろう。自覚はないが、これまでを鑑みるとそういう結論に至る。フォーレにはこれが無かったのかもしれない。大将軍の息子であろうと、立場は同じ将軍だ、というのが第一にあるように思えるのだ。別段、構える事なく私に接してきて、さらに茫洋とした態度が人と人との壁を打ち消している、という気がする。
「特にエルマン将軍とハルトは、メッサーナ軍と戦った事があるからな。まぁ、どうにでもなるだろう、というのが本音だ」
「しかし、バロンは手強いぞ。あの男の弓は戦場を切り裂く。指揮も果敢だ」
 兵力こそはこちらに分があるが、バロンと並び立つ将軍が居ないというのは大きな穴に成り得る。負けなければ良い戦ということは、つまりは守りに徹するという事だが、実際の戦ではそういう訳にはいかない。戦は生き物なのだ。何が起きるか分からないのが戦であり、ずっと守っていれば戦が終わるという事は有り得ない。どこかで、攻勢に転じる必要がある。
「油断しなければ、負ける事はないだろう。ハルトの武勇もある事だしな」
 言われて、私は鼻で笑っていた。確かに武勇は大事だが、フォーレの言っている事はどこか的外れだった。私の言っている事が少しばかり悲観的なのを感じて、何とか和ませようとしたのかもしれない。フォーレにはそういう所もある。私が楽観的だと、気を引き締めるような事を言ってきたりもするのだ。
「ハルトレイン将軍、フォーレ将軍に伝令。アビス原野にて布陣を開始。メッサーナ軍の進軍が、予想以上に速いとの事です」
 やってきた伝令が、そう報告した。
「アビスでやるそうだ、フォーレ」
「当然、メッサーナとしてはコモンを背にして戦いたくないだろうからな。まぁ、これで俺も実力が出せる」
「伝令だ。エルマン将軍に了解と伝達しろ。私は右翼、フォーレは左翼に軍を展開する」
 私がそう言うと、伝令は復唱して駆け去った。
 やがて、全軍が進み始めた。私とエルマンは都の軍を、フォーレは地方軍を指揮する事となる。地方軍といっても、元々はフォーレが掌握していた軍なので、質は高い。都の軍と比べても遜色ないだろう。
 久々の大きな戦。それが、目前に迫っていた。
 軍を展開させていた。さすがに、目の前で布陣している官軍は腑抜けてはいなかった。それ所か、数年前に見た大将軍の軍と何ら変わりない。いや、大将軍であるレオンハルトが居ない分だけ、覇気に欠けているようにも見える。しかし、だからと言って惰弱という訳ではなく、むしろかけ離れていると言っていいだろう。つまり、手強い。
 国は困窮しているはずだった。しかし、そこから何とか力を振り絞ったという事なのか。力の源である民から、絞れるだけ絞り取る。それで、今の国は立っているのか。それとも、軍だけは別枠として機能しているのか。
 いずれにしろ、今回の戦は厳しいものになりそうだった。特に二万の兵力差は大きい。本来ならもっと多くの兵を動員させたかったのだが、そこまでの余裕が今のメッサーナには無かった。いや、民を締めあげれば余裕は出来るだろう。だが、そうやって作り出された余裕など、もはや余裕ではない。そして何より、国と同じ事をやっているという形になる。
 官軍が動き始めた。ただし、攻めてくる気配はない。まずは守りに入るという事なのか。官軍側の総大将は、レオンハルトの副官であるエルマンだという。
 エルマンとは数年前のアビス原野の大戦でやり合ったが、かなり手強い男だった。負ける訳ではなかったが、勝てるという訳でもない。そういう男だった。そして、あの時はエルマンの守りを崩せなかった。つまり、勝てなかったのだ。
 軍の動かし方を見る限りは力押しが好きそうだったが、エルマンは決して不用意に攻める事はしなかった。私自身が先頭に立っても、それは同じだった。
 もし、あの時にエルマンを崩せていたら、ロアーヌは死なずに済んでいたのかもしれない。そして、戦にも勝てた。全ては終わった事でしかないが、そういう事を考えてしまう日が無かった訳ではないのだ。
 こうして対峙をしてみると、どうしてもあの大戦の事を思い出してしまう。だが、今回は弓騎兵単体ではない。歩兵も居れば、他に将軍も居る。特に騎馬では、獅子軍のシーザーが居る。
 敵は、中央にエルマン、右翼にハルトレイン、左翼は新参の将軍という陣形だった。新参の将軍に食指が動きそうだが、無闇に仕掛けるのは避けた方が良いだろう。持っている力は未知数なのだ。
 まずはシーザーでエルマンを叩く。決めると同時に、右手を挙げた。すぐにシーザーの騎馬隊が駆け出す。その後を、アクトの槍兵隊とシルベンの戟兵隊が駆けた。私の弓騎兵は待機である。
 エルマンは歩兵を前に出してきた。やはり、守りを意識している。槍を前に出し、シーザーの行く手を阻んだ。シーザーがそれを避けるように横にそれる。その直後、敵歩兵にアクトとシルベンがぶつかった。
 シーザーはそのまま疾駆し、ハルトレインの軍とぶつかろうとしている。ここで私の弓騎兵も動いた。風が顔を打つ。
 左翼の新参が、側面からアクトに攻めかかろうとしていた。そこに弓矢を放ち、分断する。すぐに、新参の目がこちらに向いた。やり合うつもりなのか。どうやら、少しは骨があるらしい。
 受けて立つ事にした。新参が騎馬隊を出してくる。さすがに動きは速いが、真正面からでは弓矢の的でしかない。容赦せずに撃ち貫き、そのまま横に疾駆した。歩兵の側面。そこにも矢を浴びせ、陣形を細切れにした。しかし、すぐに持ち直す。やはり、質は高いという事なのか。
 歩兵が大盾を構えた。弓矢を防ぐ常套手段である。こうなると、無闇に攻撃は仕掛けられない。さらに歩兵が進み始めた。新参は、守るだけではなく攻める気もあるようだ。
 私の弓騎兵の進軍ルートを削り取るように、歩兵が進軍してくる。陣の隙間に矢を浴びせて散らせるが、歩兵の圧力は重いままだ。
 アクトとシルベンは、エルマンを相手に奮戦している。特にアクトの槍兵隊の活躍には目を瞠るものがあった。エルマンの騎馬隊を、これでもかという程に封じ込めているのだ。騎馬隊が思うように使えないエルマンは、ジリジリと押し込まれる事になるだろう。
 一方のシーザーは、ハルトレインと見事な騎馬戦を繰り広げていた。ただし、どちらが勝っているかまでは見えない。
 不意に、側面から圧力を感じた。新参の騎馬隊。歩兵の合間から飛び出してきたという形だった。すぐに弓矢で迎撃するも、散らせなかった。ぶつかる。
 貫かれた。身体の一部を抉り取られたかのような一撃。弓騎兵の隊列が乱れる。さらに騎馬隊が反転し、突っ込んできた。
 乱れた隊を、後ろに下げた。代わりに、私の隊が前に出る。弓矢を構えた。心気統一。久しぶりに、実戦で弓を引く。私はそう思った。
 射る。敵兵が馬上から消える。尚も射る。騎馬隊が、方向を変えた。抗しきれないと判断したのだろう。代わりに、歩兵が迫ってきている。構わず、射る。大盾ごと、歩兵を一度に三人吹き飛ばした。しかしそれでも、歩兵は迫ってくる。
 進路を変えて、疾駆した。敵の騎馬隊がぴったりと横についてくる。
 執拗だった。新参の将軍とは思えない程の執拗さである。しかも、弓騎兵の進路を騎馬隊と歩兵で潰してくる。包囲しようとしているのだ。それは分かっていたが、抜け出せない。抜け出そうとしている所まで読んで、新参は軍を動かしている。
 さらに周囲を見ると、エルマンがハルトレインと合流していた。アクト、シルベンもシーザーと合流しているが、先頭で暴れるハルトレインに苦しめられている。ハルトレインを止められる力を持った人間が、今のメッサーナには居ないのだ。
 私の弓で。そう思ったが、まずはこの新参をどうにかしなければならない。
「良い人材を掘り起こしたな、国は。メッサーナは指揮官不足で困っているというのに」
 私の動きを読みながら軍を動かした事は、賞賛に値する。だが、実戦経験が足りないのか、やり方が甘い。
 右手をあげてから、私は弓を引き絞った。一点集中射撃の合図である。矢の的を、ただ一点に絞り込む。歩兵の群れ。たった一つの脆い点が、そこにある。
 放った。刹那、無数の矢が、進路を遮る歩兵を盾ごと蹴散らした。一本の道。そこを駆け、新参の軍を抜き去る。その間、敵の騎馬隊は、ただ呆気に取られているだけだった。私の弓騎兵を、どこか甘く見ていたのだろう。
「相手がエルマンであったなら、こうはいかなかった」
 もう、新参の軍には目をくれなかった。
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 寝台の上に横たわり、天井を見つめていた。照明は、すぐ傍にあるロウソク一本だけである。
 なんとなく、自分はそろそろ死ぬのだろう、と思っていた。つまりは死期を悟るという事だが、特に悲観的な感情は無い。人は誰でも、いつかは死ぬものなのだ。
 後悔の無い人生を送ってきた、という思いはある。メッサーナで国を覆そうと決心し、実際に反乱を起こした。あの時の私は、まだ若かった。そして、私はメッサーナの統治者となり、首領となった。
 あれから、どれだけの年月が流れたのだろう。そして、どれだけの人が死んだというのか。反乱を起こした事によって、戦が起きた。その戦で多くの兵が命を散らし、名も無く死んでいった。この事だけは、頭に、心に刻み込んで生きてきた。多くの犠牲の上に、メッサーナは立っている。これだけは、絶対に忘れてはならない事なのだ。
 天命があった。私は、ずっとそう思っていた。私がメッサーナにやって来た時から、天命は私を支えてくれた。ヨハンという一代の天才と出会えたのも、天命だろう。ロアーヌやシグナス、バロンがメッサーナの同志となったのも、天命だった。
 しかし、私が生きている間に天下は定まりそうにない。そしてこれも、天命に違いなかった。
 以前から、強く自覚している事があった。私という男が、首領の器でないという事である。首領という立場に居るのも、天命だろうと思い定めようとはした。だが、これだけはどうしても受け入れる事が出来なかった。
 たまたま、私がメッサーナの統治者だった。だから、そのまま首領になった。私が首領である理由は、これだけに過ぎないのだ。他に首領であるべき人間は、いくらでも居る。ヨハンがそうだし、バロンもそうだろう。だが、二人とも首領になろうとはしなかった。
 組織の頂点に立つ男として、私はどう考えても適格ではなかった。抜きん出た才能もない。戦に出られるわけでもない。ただ、ほんの少しばかり人に好かれている。その程度の男なのだ。
 死を間際にして、この事を深く考えるようになった。メッサーナが歩んできた歴史と重ね合わせて、私は頂点に立つ男としての不甲斐なさを痛感したのだ。それと同時に、次の首領の事を考え始めるようになった。いや、首領ではなく頂点という方が正しいだろう。
 メッサーナは、首領という枠で測れる存在ではなくなった。一つの国。それ程までに、メッサーナは大きくなったのだ。だから、首領ではなく、王を掲げるべきだった。つまり、国を興すのだ。
 私に子は二人居るが、二人とも凡庸である。今はヨハンの元で、政治を学ばせているが、頭抜ける事はないだろう。ただ、良い役人にはなる。二人とも、優しく立派な人格を持つ大人に成長してくれた。しかし、頂点となる器ではない。
 王として適格なのは、バロンだった。ヨハンと迷ったが、ヨハンは乱世の王には向いていない。治世でなら、かなりの力を発揮するだろう。ヨハンは、そういう男だ。
 バロンは名族の血を引いている。バロンの高祖父は、国の大将軍にもなったのだ。名族というのは、そのまま求心力に直結する。そして、バロン自身も相当な力を持っている。
 だが、あのバロンが王になる事を承諾するのか。メッサーナの頂点に立つ事を、引き受けてくれるのか。難しい問題だった。バロンにはその気がないだろう。そうなると、説得という事になるが、私に出来るのか。
 目を閉じた。すると、様々な記憶が脳裏に蘇る。メッサーナでの旗上げ、シグナスとロアーヌの死。そして、レンの成長。時代は動いているのだ。歴史は、時を刻んでいるのだ。
「ランス様、入ってもよろしいですか?」
 ヨハンの声だった。政務を終えたのだろう。最近、ヨハンはよく私に会いに来る。といっても、特に用事はなく、単に様子を見に来たという事が多い。もしかすると、私の死期が近い事を、ヨハンも感じているのかもしれない。
「あぁ、構わないぞ」
 そう返事して、私はゆっくりと上体を起こした。これだけの動作でも、最近はひどく疲れる。
「また、お痩せになりましたな」
「うむ。飯が喉を通らんのだ。まぁ、仕方ないな」
 言って、私は笑った。
「全く、ランス様の楽観ぶりには感服しますよ。普通なら、もっと落ち込むものです」
「後悔のない人生を歩んできた。最近、そう思う事が多い。さっきも、昔の事を思い出していたよ」
「反乱を起こして、数十年ですか。ロアーヌ将軍、シグナス将軍の二人は志半ばで逝ってしまいましたが」
「レンが居るではないか。あの子は、メッサーナを引っ張っていく人材になるのではないかな」
「私もそう思います。しかし、今は旅に出ているのですね」
「うむ。だが、そろそろ帰ってくる頃だろう。なんとなく、私はそう思うぞ」
「これは珍しい。ランス様が予見するとは。これは、本当に帰ってくるかもしれませんね」
 言って、ヨハンはニコリと笑った。次の首領。いや、王となるべき男。この事は、近い内にヨハンに話さなければならないだろう。ただ、話すべき時は今ではない。何となく、そんな気がする。
「レンは、旅の中で何を見つけたのかな。そして、どれだけ成長したのだろうか」
 早く、レンの顔が見たい。私は、そう思っていた。
 ハルトレインが止まらなかった。一万の騎馬隊で原野を縦横無尽に駆け回り、こちらを翻弄してくるのだ。時には突撃をかけて、陣を撃ち貫いてもくる。
 戦術眼が卓越している。私達に隙という隙はないはずだが、ハルトレインには何かが見えているらしい。もしくは、自らの武勇で隙を作り出している。何とか止めようと、私の弓騎兵隊でハルトレインの騎馬隊を追い回しているが、未だに対決には至っていない。
 こちらが勝負を仕掛けても、ハルトレインが乗ってこないのだ。ハルトレインは自惚れが強く、好戦的なはずだが、何故か私との勝負を避けている節がある。徹底的に私の弓騎兵を避けながら、他を叩いて回っているのだ。エルマンや新参も、そのハルトレインに呼応する形で軍を動かしている。
 僅かではあるが、劣勢になりつつあった。ハルトレインの攻めは狡猾で、まさに犠牲を最小限に抑えて相手に損害を与える、というのを地でやっている。エルマンや新参の協力があってこそのものであるというのは当たり前だが、それにしても、という思いが強い。
 あの若武者が、ここまでになるとは。ロアーヌに軽く捻られていたような子供が、今では戦の勝敗を左右する存在になっている。いや、戦の経験を積んで成長したのだ。
 小賢しい。このまま、あの男を放っておくのは危険だ。嫌が応にも、私と対峙させる。
 シーザーに向けて、旗を振らせた。共にハルトレインを止める。シーザーが抜ける事によって、エルマン、新参に対する攻撃力が著しく低下するが、やむを得ないだろう。私の弓騎兵だけでは、ハルトレインを捕まえる事が出来ない。
 シーザーがエルマンから離れて、原野を駆け始めた。それにハルトレインが即座に反応し、軍を前線から下げる。事態を察したのか。そのままシーザーと一定の距離を保つ形で、駆けている。そのハルトレインを、私の弓騎兵が追う。
 前線から離れきった。そう思った瞬間、ハルトレインがこちらに向けて駆けてきた。先頭。槍を構えている。やり合うつもりだ。目の前の騎馬隊から、闘志が立ち昇っている。
 いきなり、勝負に乗ってきた。その意味を考えたが、答えが出る前に私は弓を引き絞っていた。
 矢。放つ。しかし、放つ前に違和感があった。いつも見えるはずの何かが、見えていなかったのだ。当たらない。私はそう直感した。刹那、金属音。矢が弾き飛ばされていた。
 舌打ちと同時に、再び弓矢を構える。ハルトレインという名の的が、大きくなってくる。しかし、見えない。撃って良いのか。この感覚、どこかで感じた事がある。いや、迷うな。思うと同時に、矢を放った。
 しかし、ハルトレインは微動だにしなかった。矢は、ハルトレインの頬を掠めただけだったのだ。疾駆してくる。
「剣のロアーヌ。エイン平原」
 感覚を思い出した。この妙な感じは、エイン平原の時にロアーヌとやり合った時のものと同じものだ。一度、経験しているからなのか、あの当時よりも鮮明に当たらないという事が分かった。
 騎馬隊。目前に迫っていた。横にそれるか。いや、そう逡巡する暇もなかった。ぶつかる。思うと同時に、剣を抜き放っていた。
 馳せ違う。剣。手から抜け、虚空へと弾き飛ばされていた。ハルトレインの一撃。
「将軍っ」
 旗本の一人が声をあげる。振り返ると、ハルトレインが反転していた。もう一度、来る。だが、応戦しようにも、武器が無い。
 違う、私には弓矢がある。
 即座に弓矢を構えて、ありったけの気を込めた。同時に放つ。気合いの声をあげていた。
 地面に矢が突き立つ。瞬間、ハルトレインの馬が棹立ちになった。矢から陽炎があがっている。それを見止めると同時に、態勢を崩すハルトレインに向けて、二発連続で矢を放った。ほぼ同時に、金属音が二回。あの状態からでも、弾くというのか。
 さらに放つ。手綱を握るハルトレインが、首を横に倒して矢をかわす。
 ハルトレインが態勢を直した。来るか。刹那、喊声。シーザーの騎馬隊だった。ハルトレインの横っ腹を貫き、さらに反転している。もう一度、突撃をかけるつもりだ。
 それでも、ハルトレインは私から目を逸らさなかった。やはり、好戦的で自惚れは強い。さっき、あえて勝負に乗らなかったのは、エルマンや新参からシーザーを引き剥がすためだったのだろう。
 ハルトレインが、無言で睨みつけてくる。その時、私の心も燃えていた。目の前の若者が放つ闘気は、私の闘争本能を激しく刺激してくる。
「さすがに、レオンハルト大将軍の息子だな」
「父の名を出すな。私は親の七光りなどではない。私は父を超える。武神を超えるのだ。そして、覇王となる。鷹の目、よく覚えておけ。覇王、ハルトレインとは私の事だ」
 言って、ハルトレインがシーザーの方に向き直り、駆けていく。その背を私もすぐに追うも、ハルトレインはシーザーをいなすと同時に粉砕し、そのまま突き抜けた。真正面からぶつかるのではなく、いなしながらの攻撃。やられたシーザーは、まるで訳がわからなかっただろう。ハルトレインは、ほとんど犠牲も出していない。
 尚も追う。弓騎兵で弓矢を浴びせるが、大した損害を与える事が出来ない。私がハルトレインを追う形になっているからだ。今のハルトレインはあくまでシーザー狙いであり、私の方には見向きもしてこない。
 さらにシーザーも一度、粉砕されているために、隊列が乱れ切っていた。そこを追い打ちで食いちぎるように、ハルトレインが攻撃を仕掛ける。
 文字通り、止まらなかった。アクトの槍兵隊が居れば、さすがに止める事は出来るだろう。だが、アクトをこちらに回せばシルベンが潰される。
 そもそもで、ハルトレインの騎馬隊は、それほどまでに強力な軍だというのか。
 退く事を考えた方が良いのかもしれない。同時に伝令を飛ばして、援軍を要請するべきだ。エルマンがどこまでやる気なのかによるが、コモンまで攻め落とすつもりなら、援軍が必要になる。
 歯を食い縛っていた。
 私の弓矢で、ハルトレインを止める事が出来ていれば。
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