挿話「子どもの情景」
『ぼくの記憶』
ぼくらは、畦道を駆け回る。
ぼくは妹をつかまえようとする。
妹はキャッキャとまるで猿みたいに笑う。
やっと追い付いたぼくの手をすりぬけて、反対側へと逃げる。
ぼくは苦戦する。
日が傾きかけている。
やっと妹の手首をつかむ。
妹は笑うのをやめて、けほけほと小さく咳をする。
5時のチャイムが鳴り響くなか、ぼくは妹に聞く。
「そろそろ帰ろっか?」
「ザリガニ見つからなかったね」
妹が不満そうな声を出す。
「今度みんなと沢へ行ったときに見つければいいさ」
余韻を残して、チャイムが鳴り終わる。
色んなものが、夕焼け雲の下で、赤い色を帯びている。
ぼくも妹も、赤い世界に含まれている。
「おひさま沈んじゃうね」
妹が空をみあげて、言う。
「兄ちゃん知ってる?空はね、おひさまが沈む時だけはうたうのをやめるんだよ」
「まーた、いつものがはじまった」
妹はちょっと変わっていて、よく変なことを言うのだ。
「ほんとだもん、嘘じゃないもん。空はうたうんだよ」
「どんなふうに?」
妹はじっとぼくを見つめて、不思議そうな顔をして首を横にふった。
自分もその事実をはじめて知った、というように。
ぼくは吹き出した。
「いいから帰るぞ。よし、じゃあ家まできょうそうだ!」
「あっずるいよ、兄ちゃん!」
走り出したぼくを、少し頬をふくらまして追いかけてくる妹。
けれどその顔もすぐに笑顔になって、
僕らはふざけあい、猿みたいに笑いあいながら、
夕暮れのなか、坂道を駆け降りて行く。