トップに戻る

<< 前 次 >>

第十三話 「やってみせる」

単ページ   最大化   

「あ~クッソ!数多過ぎんだろなんだコイツらあっ!」
 暗がりで叫ぶ少年由音が、もう何十体目になるかもわからぬ餓鬼の頭を拳打で吹き飛ばしながらうんざりといった表情で空を仰ぐ。終わりの無い敵の増援に苦戦こそしないものの手間取っている由音を、夜空の三日月が嘲笑って見ているように思える。
 元々人通りの少ない地域なのか目撃者はいないが、いつまでもこんな街中で人外と戦闘していれば、いずれ誰か一般人が気付いてしまわないか。
 焦燥感に炙られる由音の心中は、しかしそれ以外にも焦りを見せる理由があった。
(この気色悪い化物、ここ以外にも出てやがる!どっから湧いてんだほんとにっ)
 建物、街路樹、街灯、電柱……月光に照らされるそれらから伸びる影から餓鬼は無数に発生している。守羽が言っていた親玉とやらが仕向けた手下共は、どうやら複数ヵ所で同時多発的に湧き出ているらしい。
 悪霊に取り憑かれ、その力を逆に利用して人外の性質を宿している由音の“憑依”。人ならざる性質を重ねた五感はここ以外の場所での餓鬼の発生を感じ取っていた。
 このままでは確実に被害者が出る。
「…しっかたねえ、まだ“憑依”が安定してないからやりたくなかったけど!」
 手足にしがみついてくる餓鬼を振り払い蹴飛ばし、由音は深く息を吐く。
 悪霊の力を、宿らせているこの身の深度を、
(引き上げるッ…!)
 暴走の危険性が高まる為にあまりやりたくなかった手だが、やむを得ない。
 自身の内側へと意識を傾け、ドス黒い汚泥のような力を掬い上げようとした、その時。
「………ん」
 唐突に消えて行く無数の気配。遠方で感じ取っていた餓鬼の数がどんどん減っていく。
(なんだ、…守羽?いや違う!誰だオイ!?)
 凄まじい速度で一騎当千ばりの殲滅を開始した何者かがいる。しかもその気配、一つではない。
 少しの間どうすべきか思案していた由音だったが、
「…ま、いっか!」
 深度上昇を中断し、周囲に再度湧き始めた餓鬼の駆逐に戻ることにした。
 餓鬼は敵→敵を倒してくれる何者か→良い奴。
 単純な由音は、単純にそう判断して餓鬼の殲滅を援護してくれる何者かの存在をあっさりと受け入れた。



(はあー…キリがないよ、どれだけ倒せばいいのやら)
 東雲由音が戦闘を再開したその地点から少しの距離を挟んで、その何者かは使い込まれたよれよれのスーツのネクタイを緩めながら深々と溜息を吐いた。周囲にはバラバラの肉片と化した何体もの餓鬼が山と積んである。
(やはり頭を叩かないと意味が無いか。とはいえここを離れるわけにもいかない…と)
 際限なく湧き出してくる餓鬼を放っておけば街の人間に危害が及ぶ。この場を離れ元凶を叩きには行けない。
 短く小さな舌打ちをして、着崩したスーツ姿の男は取り囲む餓鬼の駆逐に勤しむ。



      -----
 左腕が肘の辺りから切断されても、守羽はパニックを起こすことはしなかった。
 自身のやるべきことを正確に見据え、行動を起こした。
 口の中に溜めていた血を噴き出し、大鬼の両目に直撃させる。
「っ」
 いかに強靭な肉体を持っていようと、その猛威を振るうには相手を見て、動きを読んで、四肢を動かさねばならない。
 視界を封じることは、金剛力とやらで強化された人外を相手にしても充分に有効。
 さらに、
「おらああああああ!!」
 茨木童子の頭部周辺にぽつぽつと火花が散ったかと思えば、直後に炎が連続して爆ぜる。十、二十、機関銃の如く立て続けに轟音と爆炎が鬼の顔を覆い尽くした。
 効かないのはわかっている。肉体のダメージなど見込んでいない。
 だが、あれだけ間近で轟音を叩き込み続ければ、いずれ『揺れる』はずだ。
「小癪、なっ!」
 爆炎を抉り抜いて大鬼の致死打が放たれる。が、それは守羽の顔面すれすれを掠る。
 無論わざと外したわけではない。あれは確実に守羽の頭部を砕くつもりで放たれた一撃だ。
 だが、視界を封じ爆音の連続によって三半規管を揺さぶられた大鬼の、五感の内二つをも欠いた状態ではその命中精度もガタ落ちだった。
 もちろんこれとて長く続くものではない。五感自体は人間と同じ構造でも、その耐久度や立て直しの速さは人のそれを遥かに凌ぐ。
 僅かに得た時間で、守羽は眼前の化物へ通じる攻撃手段を意識の奥底から手繰り寄せる。
 ズキズキと、脳を直接針で刺されているかのような頭痛が酷くなる。
(早くケリつけねえと、もう保てねえぞ…!それに加えて、この術式はっ…)
 自身の本質を無意識化で拒絶している守羽の体に、これ以上特殊な力を使った負荷を掛ければ『僕』たる神門守羽の現出と維持も難しくなる。
 なるべくならこれ以上使うことなく終わらせたかったが、この鬼とやらはあまりにも強すぎる。手を抜いて勝てる相手では無い。
「“魔を穿つ。この身は邪に『臨』む『兵』!”」
 目に付着した血液を拭う前に、両手足総動員して猛攻を仕掛ける。その最中、守羽は自身に眠る本来の力の一片を言霊と共に引き出していく。
 ミシッ、と。
 脇腹に深く沈み込んだ鬼の右脚が内臓を圧迫、あるいは破壊していく。
「は、がっ…!」
「あまり調子に、乗らないで頂きたいですね」
 両目に入った血を不快極まりない様子で拭い払った茨木童子が、耳をトントンと叩きながらついでのように右脚を振り抜く。
 守羽の体が不自然に折れ曲がり、左腕の切断面から大量の血を引きながら吹き飛ぶ。
「あァ、ばはあっ!!…“討ち果だすっ、ごの身は退魔を担う、『闘』う『者』!!”」
 地面を抉り減り込みながらも両足で思い切り踏み込み衝撃に耐え留まる。脇腹から砕けた肋骨の破片が服を貫いて飛び出る。内臓がやられたせいか吐血もさらに増し、唱える文言すら濁った声色となるも、中断することだけはしない。
 この術を未完で終わらせてしまえば、本当に勝機は無くなってしまうから。
「“解ぎ、放つッ。『皆』にじで、『陣』を―――!」
「なんですか?その呪文は」
 ボゴォッ!!!
 またしても追い切れない速度で肉迫する茨木童子の拳が顔面に炸裂し、今度こそ守羽は受け身を取ることすら叶わず廃ビルの残骸である瓦礫の山に背中から突っ込む。ガラガラと大小様々の瓦礫が、守羽の突撃で空いた山の穴を埋めるように上から崩れていく。
「ごぼ、げ、っふぁ!!……“『陣』を……敷き、『列』、を…組め”」
 瓦礫に半身を埋めながらも、項垂れてぼたぼたと口から鼻から目から血を流し続ける守羽は文言の継続を止めない。
「まあ、何をしようが無駄ですがね。…それで?」
 瓦礫に埋もれたまま、片腕を失くしてうまく復帰できないでいる守羽へ|止《とど》めを刺しに行こうとした茨木童子は、苛立たしげに背後の無力な人間一人にゆっくり向き直る。
 そこには、どこからか拾ってきたのか捩れ千切れて先端が尖った細い鉄材を両手で握る少女がいた。
「一応言っておきますが、そんなものでこの私の前に立つのですか?異能持ちのお嬢さん」
「……」
 さっきの攻防の最中もすぐそこにいたのに、あまりにも壮絶な戦闘で身動き一つ取れなかった静音が鉄材を正眼に構えて真っ直ぐに鬼に視線を固定する。
 勝てるわけがない、相手はあれだけ決死の勢いで挑んだ守羽をあっけなく蹴飛ばしてしまった相手だ。自分など、指の一本で即死させられてしまうだろう。
 だけど、
(彼はまだ諦めていない)
 茨木童子の背後に見える守羽は瓦礫に四苦八苦しながらも隻腕の状態でもがいていた。もう外傷は一目で重傷だとわかるし、内側に至ってはもう時間の問題だろう。五分か、十分か。どの道そのくらいの余命だ。
 だからそれまで。それまでに大鬼を倒さねばならない。静音の“復元”はいかな重傷でも元通りにする力があるが、死者には通じないのだから。
 それに静音とて、ただ守羽が復帰するまでの時間稼ぎのつもりでこうして立っているわけではなかった。
(試したことは、ない。この考え方は間違いかもしれないし、だとすれば私は間違いなく殺される)
 これまで嫌ってきたが故に研究することをしてこなかった自らの異能。そのことを悔やみながらも、自然と気分は恐怖に溺れることも絶望に震えることもなかった。
 やってみせる。
 大鬼の余裕の表情を前に、久遠静音は一人の異能力者として初めて人外と真っ向から対峙する。
13

ソルト 先生に励ましのお便りを送ろう!!

〒みんなの感想を読む

<< 前 次 >>

トップに戻る